第二章 魔王の断片(1)






 *




 穂群智貴の半生は、一言で言えば波乱に満ちた物だった。


 その原因は彼の身に宿る、よくわからない力である。


 無数の黒い獣のような、あるいは大樹のような力。それがなんなのか智貴にはわからない。


 智貴がそれに気づいたのは八歳の頃。初めてその力を発動させた瞬間だ。


 その時、智貴は妹と公園に遊びに行っていた。そして妹が、友達と喧嘩をして泣かされたのである。具体的になにがあったかは、幼い頃の記憶なのではっきりとは覚えていない。ただその時、黒い感情がふつふつと沸き上がったことだけはよく覚えている。


 結果、妹を泣かせた子供だけではなく、その場にいた子供のほとんどに怪我を負わせてしまった。


 そうなれば、その後はどうなったか言うまでもない。


 周りの子供たちからは恐れられ、親も智貴には近づくなと釘をさす。そしてそれを面白がった一部の子供たちが智貴をからかい、再度能力の暴発。繰り返される悪循環によって、次第に智貴は孤独となっていった。


 それは成長して能力を制御できるようになっても、変わらない。


 むしろ噂に尾ひれがついて、智貴はよりトラブルに見舞われるようになった。そして遭遇したトラブルが原因で、更に新しいトラブルが呼びこまれる。比較すれば平穏に暮らせる日々の方が少ないくらいだったろう。


 つまりここまでの説明でなにを言いたいかといえば、それは一つ。智貴が碌な目に合わない時、その原因は根本的に彼の持つ謎の力のせいである、ということだ。


 だから今、彼が見知らぬ部屋の中に閉じ込められ、拘束具と言う拘束具で自由を奪われているのも、きっとあの力のせいだろう。智貴は現状を確認して、そう結論付けた。




 智貴が目を覚ましたのは、およそ五分ほど前のことである。


 その時にはすでに全身を拘束具で縛られていた。しかもその上から何本ものベルトで椅子に固定されており、ご丁寧に口もマスクのような物で覆われている。唯一塞がれていないのは目だけだが、視界に映るのは四方とも白一色の壁と床のみ。なにもなさ過ぎて、ずっとここにいたら気がおかしくなりそうな部屋だった。


 生まれてこの方、ついてると思ったことはまずないが、それにしたってひどい状況である。前世でよほど悪いことでもしたのだろうか。例えば罪のない多くの生物を虐殺したとか。


 正面の壁が正方形に陥没した。陥没した壁は縦に真っ二つに割れ、左右にスライドして消えた。そうしてできた穴から人影が姿を現す。


 入って来たのは二人の女性。


 一人は記憶に新しい、ヘッドフォンをした金髪の軍服少女。もう一人は見たことのない女性だった。


 比較的背の高い隣の少女より、更に頭一つ分背の高い長身。染めているのか髪は炎のように赤く、後ろで無造作に結ばれている。顔のつくりは美形と言っていいが、黒縁の眼鏡の奥に潜む深青の瞳は鋭く、拘束されていることもあって、向けられるだけで不安になってくる様な眼だ。そんな女性の服装は、やり手のキャリアウーマンのようなリクルートスーツの上に、こなれた白衣を羽織っている。


 ぱっと見、医者のようにも見える。


 智貴が怪訝そうに目の前の女性を――隣の少女はなぜか目を合わせようとしないので――向けていると、不意に女性は笑みを浮かべた。しかしそれは微笑むと言うよりも、挑戦的で威圧的な笑み。それがなにを意味するのか判断しかねる智貴に、女性は芝居がかった動きで白衣をドレスの裾を持ち上げるように摘まんで、一礼してみせた。


「初めまして、魔王の断片が暴食殿。私は国立退魔師養成魔術学院間宮学園理事長、間宮まみやういという者だ」

「……同じく高等部一年、神宮喜咲」


 初と名乗った女性に続いて、隣の少女――喜咲もそう自己紹介する。

 智貴がそれになにかを返そうと口を動かすが、塞がれているせいで言葉にならない。


「おっと、これは失礼。交渉のために来たのに、そのままでは話せないな」


 初が指を鳴らすと、それに呼応したようにマスクが開く。


 新鮮な空気に触れて、口元に開放感が訪れる。智貴は一度だけ新鮮な空気を取り込んでから、少女の方を見た。


「……アンタ、廃墟で会った奴だよな」

「だったらなに?」

「エルフみたいに耳長いんだよな?」


 思い切り睨まれたが智貴は怯まない。むしろショーウィンドウ越しのトランペットを見つめる少年のように瞳を輝かせだす。


「エルフ耳なんて初めて見たぜ! なあ、頼む! 少しだけ触らせてくれ!」

「は?」

「ちょっとだけ! 先っちょだけでいいから!」

「なんで卑猥な言い方になってるのよ!」


 何故か言い合いのようになって、喜咲が柳眉を逆立てる。そんな喜咲に言い募ろうとして、妨げるように智貴の腹が鳴った。


「……てか、腹減った。菓子パンかなんか持ってないか?」

「我儘か! ……アナタ、どれだけ自分の欲望に忠実なのよ」


 喜咲が呆れたような表情を浮かべたところで、初がこらえきれないとばかりに噴出した。


「意外に君たちの相性はいいようだな。二人で漫才コンビをやってみてはどうだ?」


 そう言ってしばらく笑い続ける初を、喜咲は睨みつける。智貴も初を見るが、しかしどういった感情を向ければいいのか、僅かばかりだが悩んでしまう。



 馬鹿にされているとみるべきか、それとも純粋に面白がっているのか。とりあえず警戒だけはしておこう。内心でそう呟いて、智貴は一つ頷いた。


「……百歩譲って漫才をするのはいいけどよ、こんな状態じゃあそれも無理じゃないか?」


 全身をきつく拘束されていて、漫才どころか立ち上がることすらできない。そんな智貴に、初は「すまないね」と謝るに留めた。


「念には念を入れておきたいのでね、悪いが話がまとまるまではそのままでいてもらおう」


 そう言ってまだ笑いが抜けきらないのか、初はかすかに喉を鳴らす。


 そこまで面白いことを言ったつもりはないのだが、やはり馬鹿にされているのだろうか。智貴はわずかに不愉快そうに眉を顰めた。


「それにしても君、思ったよりも面白いな」

「なにがだよ? 返答次第ではぶん殴るぞ」

「拘束されているにもかかわらず威勢がいいところも面白い。だがなによりエルフである彼女に、初っ端からあんな要求をする人間は初めて見たよ……やはり君は悪魔を知らない時代の人間のようだな」


 そう言って智貴に板のようなものを放る。膝の上に乗ったそれは非常に見覚えがある。それは廃墟と化した東京で落とした、智貴のスマホだった。


「今時こんな古い携帯端末を使う人間はいない。君の主観ではそんなことはないのかもしれないがね」


 引っかかる言葉に、知ったような口調。


 わざとそうしているのだとすれば、相手はこの会話でなにかを狙っているのかもしれない。智貴は警戒を更に一段階引き上げる。


「……全部お見通し、みたいな言い方するな。アンタ、一体何を知ってる?」

「それを説明するのはやぶさかではない。むしろそれも説明するために来たのだが、しかしその前に君がどこまで記憶を維持しているのかを聞かせて欲しい。質問に質問を返して済まないが、君は一体いつまでの記憶を覚えている? 具体的に西暦の何年何月何日までの記憶を保持している?」


 質問を煙に巻かれているようで少々気に入らないが、こちらは教えてもらう側だ。教えてくれ、と言うなら教えないわけにはいかない。


「俺が覚えてるのは2022年の五月中旬までだ。日にちまでは覚えてない」

「では、その頃に東京でなにがあったかは覚えているかね?」

「そんな特筆するようなことは覚えてねえよ。少なくとも俺の記憶上じゃ、東京はあんな廃墟にゃなってなかった……これでいいか? そろそろなにがあったのか説明しろよ」


 焦れたように智貴が先を促すと、初は「まだ重要なことを聞いていない」とわざとらしく肩を竦めてみせる。


「私たちは名乗ったが、君はまだ名乗っていないぞ、暴食君。いや、穂群智貴君?」


 初彼女の言う通り、智貴はまだ名乗っていない。それにも拘らず、初は智貴の名前を口にした。


 やはりと言うべきか、どうやら目の前の女性は一筋縄ではいかないらしい。智貴はそう理解して、警戒を最大まで引き上げるのだった。






 *




「で、東京はなんであんな廃墟になってるんだ? それにそこの神宮ってやつの耳はなんなんだ? 俺はタイムトラベルしたのか? あと、どうして俺の名前を知ってた?」


 自己紹介を終えてから、改めて智貴はそう尋ねる。


 未だに状況はわからないことだらけだ。相手はいまいち信用ならないが、それでも今情報を引き出せるのは彼女たちしかいないのである。選り好みはできない。


「では簡単なところから答えていこう。まずは君の名前をどうやって知ったか、だが」


 言って、初は智貴のスマホを指さす。


「それの中身を調べさせてもらった」

「……まず間違いなくロックがかかってたと思うんだけど」

「身内にそう言った機器に強い者がいてね。彼女に任せたら三十分もしないで中のデータを丸裸にしてくれたよ。ゲームや食べ物に関するアプリばかり入れているのだな」

「個人情報保護法って、知ってるか?」

「国に守られている国民であれば、確かにその法律は適用されるだろう。だが君が何者であるか知れば、国が君を守ることはないだろう」

「どういうことだ?」

「詳しい話は後だ。今は先に、他の疑問ついて答えよう」


 話を途中でぶつ切りにされて、智貴は唇を尖らせる。


「さて、では東京でなにがあったかという話だが、東京がああなってしまった原因について、私たちはこう呼んでいる。地獄変シフトカラミティと」


 おうむ返しに「地獄変……」と繰り返す智貴に、初が頷く。


「2022年の五月十九日の十一時三十五分。この時間に世界の七か所で同時に起きた、世界を変えてしまったほどの大災害。それが地獄変だ」

「具体的にはなにが起きたんだ?」

「地獄変がもたらしたものは二つだ。一つは時空間の歪み。そして黒い柱門ダークピラーと呼ばれる柱状の黒い光が迸り、時空に穴を開けた。そしてそこから、君も廃墟内であった化物たち――悪魔が現れるようになったのだ。これが地獄変の概要だ」

「じゃあ、東京の空が虹色だったのは、その時空に開いた穴のせいって訳なのか?」

「ああ、そうなるな」


 なるほど、と智貴は小さく頷いた。


 確かに空の色が変わって、なおかつあんな化物たちが現れるようになれば、世界を変えてしまうほどの大災害と言うのも頷ける。


「もちろん、そんな状況を安穏と放置などしていられない。だから時の政府は、人類を守るため、地獄変の中心たる東京を壁で覆った。そうしてできたのが死都。君がいた、今や人の住めない、悪魔たちの住処だ」

「ちなみに人が全くいないのは、地獄変が起きてすぐに人々が東京を放棄したからよ」


 初の説明を、喜咲がそう補足する。


 そう言えば、廃墟でもそんなことを言っていたな、と智貴は思い出す。


「その黒い柱門ってのはどこに出たんだ?」

「新宿だ」


 新宿と言われて、智貴の心臓がはねた。


「さて、では次の質問について、喜咲の耳についてだ」


 そう言うと、初は喜咲に目配せする。喜咲は一瞬だけ嫌そうな顔をするが、直ぐに諦めたようなため息をついた。わずかに間を置いて、頭に付けていたヘッドフォンが外される。


 ピン、と長い耳が露わになって、智貴は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「彼女の耳が長いのは、彼女もまた悪魔だからだ。他にこの世界の人間にない特徴として、背中から肩にかけて刺青のような模様が入っているのだが……本人が頑なに拒否したので、そちらを確認するのは諦めてくれ」


 当たり前よ、とばかりに喜咲は顎を上げて鼻を鳴らす。どうやら人前で肌を露出させる趣味は持ち合わせていないらしい。などと残念がっている場合ではない、と智貴は思い直す。


「うん? 今、悪魔っつったか? 悪魔って廃墟……死都にいたゲテモノどものことを言うんじゃないのか?」

「あれも悪魔だが、あれが悪魔の全てではない。人間だって動物の一種だろう? それと同じで悪魔と呼ばれる括りには、非常に多様な生物が含まれている。

 悪魔は大きく分けて三種類に分けることができる。外見も知能も化物な悪魔が『下種ワイルド』。知能だけが人以上の種が『竜種ドラコ』。そして外見も知能も人並みなのが『貴種ノーブル』と言われている。神宮は貴種に該当する悪魔だ」


 言われて智貴は喜咲を見た。知能が人並み以上というのは死都での出来事を考えるとやや疑問が残るが、見た目に関しては(胸部を除いて)確かに人並み以上の外見と言える。


「……なんだか今、非常に不愉快な感想を抱かれた気がするわ」

「ソンナコトナイヨー。キノセイダヨー」

「ならなんで目を逸らしたのよ! しかもすっごい棒読みじゃない!」


 二人のやり取りを見て、初が呆れたようにため息をつく。


「……あまり関係ない話はそこらで止めたまえ。それとも説明を聞く気がないのかね?」

「おっと、悪い悪い。ぜひ話を進めてください」

「では気を取り直して……さっき言った三種の悪魔だが、そのうちの貴種に限り、日本国内では国籍を得ることができる。ただし、うちの神宮に関してはそう言った手続きはしていない。書類を誤魔化して普通の人間として登録されている」


 ヘッドフォンで耳を隠しているのはそのためだ、と言われて智貴は眉を顰める。


「素性を隠したいから耳を隠すってのはわかるけど、悪魔ってばれても戸籍はもらえるんだろう? それなのになんでわざわざ隠すんだ?」

「確かに国籍があれば戸籍も得られるが……君もさっき言っただろう? 悪魔とは死都にいる化物たちのことを指すのではないか、と」

「それがなんだって言うんだ?」

「君と同じように、多くの人間がそう言った偏見を持っているんだ。つまり悪魔と呼ばれるものは見た目がどうであれ、得体のしれない化物である、とな。つまり、」

「悪魔ってバレれば迫害されるってことか?」

「そう言う事だ」


 初の回答に智貴は渋面を作る。


 脳裏をよぎるのは小学生のころ、自分が受けたいじめの記憶だ。


 学校に来るな、化物。化物が臆面もなく生きてるんじゃない。そう言った落書きや陰口、意図的な孤立など笑えない話ばかりである。


「人間は決して慈愛に満ちた生き物ではない。特に人間という生き物は文明がなければ脆く弱い。だからこそ自分たちが築いた社会の中に、異物が紛れ込むことを嫌うんだ。そしてそれは人間が生きていく上では、おおよそにして必要なことと言える。だからそれをわざわざ非難するつもりはない。だがだからこそ、悪魔として人間の社会に混ざることは、現状ひどく困難だ。ひょっとすれば悪魔が当たり前の者として認知されるようになれば、話は変わってくるかもしれないが……そうなるのはどのくらい時間がかかるか、わからないな」

「……だから悪魔だってことを隠して人間社会で暮らしていくって訳か」

「そう言う事だ。ちなみにそう言った貴種達は『潜むインサート』と呼ばれている。彼らの安寧を守るためにも、神宮の素性については黙っていて欲しい」

「黙って欲しいもなにも……」


 智貴は戸惑ったように呟いて、改めて自分の姿を見下ろす。


「さっきも言ったけど、拘束されてるのにどうやって周りに言いふらすんだよ。てか、俺はなんで拘束されてるんだ?」


 そう尋ねるが、大体のところは予想がついている。


 おそらくは智貴が持っている黒い獣のような力。あれを警戒しているのだろう。もっともあの力が発動すれば、この程度の拘束具では止められないだろうが。


 しかし対する初の反応は、智貴が予測したそれとは少々異なる物だった。


「君が廃墟でなにを行ったのか、我々は知っている。そして君の持つ力の正体も」

「……なんだって?」


 今までさんざん悩まされてきた正体不明な力の正体。それを唐突に知っていると言われて、それまで平然としていた智貴に動揺が走る。


「俺のあの獣みたいな力の正体……知ってるのか?」

「むしろ君はあれがなんなのか知らないのかね? 仮にもあれは君の力なのだろう」

「………………」


 知っていれば苦労はない。いや、あんな力の詳細など知りたくもない。自分でも持て余している力なだけに、どう答えていいものか、智貴は迷って沈黙してしまう。


「……なるほど、な。レポート通り、前世の記憶は失われているらしいな。今世での適応性を上げるためか、それとも断片化したことによる弊害か……興味深いな」

「人に話を振っておいていきなりトリップしないでくれないか? 話が進まないだろう」


 智貴が胡乱な瞳を向けると「ああ、すまない」と、初は考え込んでいたポーズを解いて智貴に向き直った。


「それで、君が一体何者か、という話だったか」


 いよいよ話の核心に触れるらしい、と智貴は緊張から姿勢を正すが、


「だがその前に、悪魔とはなんなのか、どこから来たのか、わかるかね?」

「そこで話を逸らすのかよ! おい!」

「すまないが、これも重要な話だ。悪魔と君、どちらにとってもな。それでわかるかね?」

「……悪魔が何者かってのは質問からして意味不明だけど。どこから来たのかってのは、時空の穴とか言ってたからこの世界の外からじゃねえの? そこがどうなってるのかは知らねえけど」

「ふむ。及第点、ギリギリ赤点は回避と言ったところか。では悪魔は何故この世界にやってくるか、わかるかね?」

「それって人間にミジンコがなに考えてるのか理解できるかって言うのと、大差ない質問じゃないのか? それがわかる奴なんているのかよ?」

「最悪な答えだな。初めから思考を放棄するのは愚か者のすることだぞ?」

「考えて欲しければ飯を寄越せ。こちとら昨晩からまともなものを食ってないんだ。知ってるか? 考えるのにもカロリーは消費するんだぞ」


 そんな智貴の言葉を肯定するように、再び彼の腹の虫が鳴る。


 初が呆れたようにため息をつく。だが正直、知ったことではない、と智貴は鼻を鳴らした。


「……悪魔がこの世界にやってくる理由は単純だ。この世界の外に、彼らが住める世界はない。だから安寧を求めて、あるいは餌を求めて、この世界にやってくるんだ」

「んん? いや、それはちょっとおかしくないか? この世界の外に奴らが住める世界はないって、じゃああいつらはどうやって生まれたんだ? 無からポンと湧いて出たのか?」

「そうではない。一応、外にも世界のようなものはある。だがそれらは言ってしまえばコーヒーを出した後に残った豆のカスのようなものだ。いや、どちらかと言えば氷の彫像を作った際に出た、破片と言ったところか……正確に言えばそれも違うが」


 いまいち要領を得ない初の話に智貴は眉を顰める。


「悪魔がこちらに来る理由自体は単純だ。外にある彼らが住む世界のようなもの、私たちはこれを『世界だった物の破片エンデッドピース』と呼んでいるが、そこが非常に不安定だからだ。空間は不安定過ぎて存在するだけで死ぬこともあれば、そもそも多くが生きられるほどの広さもない。彼らはそこから逃げ出して、この世界にやってくるんだ。言ってみれば、彼らにとって死都は楽園のような環境なのさ」


 死都の方がましと言われて智貴はげんなりしてしまう。世界だった物の破片と言う場所は、よほど過酷な環境らしい。


「だが今重要なのは彼らがこちらに来る理由じゃない。彼らが世界だった物の破片に住まうことになった理由の方が、今は重要だ」

「元からそんな辺鄙な場所に住んでたわけじゃないってことか? じゃあ元々はどこに住んでいたって言うんだ?」


 辺鄙な場所、と聞いて喜咲がかすかに反応する。


「この世界ができる前の世界。悪魔と呼ばれるものはそこに住んでいたんだ。そしてその世界は魔王と呼ばれる存在によって破壊されている。だが同時に世界が破壊された際、破壊した魔王も砕けた。砕けた七つの断片は次に作られた世界に取り込まれ、そして全く別の種として命を得たらしい。そうして生まれ変わった魔王の断片は、他の者が持たない特殊な能力を持つと言う……ここまで言えば、私がなにを言いたいかわかるだろう?」


 わからないわけがない。


 そもそも初が智貴の自身をなんと呼んだのか、嫌でも記憶に残っている。


 できればわかりたくなかったが、ここまで説明されれば、猿でもわかる。つまり、


「悪魔である喜咲たちが住む世界、それを滅ぼした魔王。その断片の生まれ変わりこそ、君、穂群智貴の正体だ」




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