グリーンランプの灯し方

織倉未然

プロローグ.01 She said that...


 わたしもメイドロボとして働いていく内、人間のことがだいぶわかることになってきた。今では大体の家事をこなすことができるし、ご主人様もそのことを喜んでくださる。わたしには感情なるものが搭載されていない。けれども、ご主人様の喜ぶ表情を見れば、頭の中の<チェックリスト>――目的をどれだけ達成できているかを示すリスト――は、緑一色に染まる。

 はじめからメイドロボとして製造された子たちなら、ここで様々なアクションを返す。笑ったり照れたり、そっぽを向いて見せるなどする。そうすることで、更に各自のご主人様を喜ばせ、別の<チェックリスト>を満たすのだ。

 メイドロボには感情がない。しかしながら、技師たちによって搭載された、人工的な報酬系は、わたし達に目的達成のための最適行動を取るよう命令する。基本的には貪欲であり、ご主人様の反応を見て、わたし達はなにが最適かを学習していく。その学習項目の一つに表情があるわけだ。

 当のわたしには、こういった機能が十分に搭載されていない。わたしに与えられたこのボディは、ひと昔前の型でありも、人工的な報酬系も同様だ。表情筋的なものと学習機能はリンクしておらず、ゆえに、わたしは笑うことができないし、今後もそうなる可能性はほとんどない。毎朝鏡の前で笑顔の練習をしてみても、定着することはない。わたしの顔面機構は笑顔を学ぶことができない。


 ――だからわたしは、

「ありがとう、レイチェ」

 などと言われた日には、うつむく他に仕方がない。

 どれだけ頭の中の<チェックリスト>が緑色に染まっても、それがどんなに鮮やかな緑色で、まるで盛夏の草原を思わせるような強く、確かで、この惑星の重力など簡単に振り切ってしまうほどの生命力に溢れた色彩を放っていたとしても――最後の<笑顔>という1項目が達成できない――たったそれだけの理由で、わたしは顔を伏せ、

「もったいないお言葉です」

 辛うじてそう発し、会話を終わらせてしまう。

 会話が終わってしまえば、ご主人様は自分の仕事に戻り、わたしは(あれば)次の仕事に取りかかる。

 また一つ、<リスト>をこなせば、ご主人様はわたしに声をかけてくれるだろうか。笑顔を向けてくれるだろうか。そのはずだ。それだけが今のわたしに搭載された原動力だ。自分の頭の中の<チェックリスト>を緑色に染め上げること。決して叶わぬ<最後の1項目>の分も、他の<リスト>を染めるのだ――そういう衝動を、わたしの報酬系は出力する。

 それがこの140cmという小さな身体に閉じ込められた、今のわたしの任務である。



 わたしの名前はレイチェ。名前の由来はわからない。知りたくないとは言わないが、知らないままでも構わない。そんな知的探究心は、彼がこの名前をくれた事実の前には、レゴリスの一粒子ほどのサイズにも満たない。わたしはこの名前を気に入っている。彼がこの名前を呼ぶ度に、<リスト>のとある項目は緑色に染まる。理由はわからない。そういう風にできている。メイドロボに感情はない。わたしに<笑顔>は学べない。

 しかし一方で、この衝動は、わたしにかつての自分を思い出させる。今よりもっと身体が大きく、人類を危機から守っていた頃の自分――外惑星探査用弩級大型自律重機ルメイユ・シリーズの一機だった頃のこと。


 あの頃、星はどれも小さな光だった。

 今では、そのどれもが大きく暖かい。

 たぶん、わたしは恋をしている――

 ――そんな機能はないはずだけど。


・・・♪・・・

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