異世界・ウォーズ エピソード7/リズの覚醒
教会からの帰り道は、来た時と同じようにアレクが案内をしてくれることになった。
どう帰ればいいのか分からなかったし、方向音痴なもので、とても助かる。
空はすっかり夕焼け色になっていた。もうすぐ日が暮れるだろう。この世界でも空は茜色になって、それから真っ暗になるのだ。もとの世界と同じだ。ふっしぎー!
「その、ありがとな」
横を歩いていたアレクが、地面を見つめながらぼそっと言った。
「べ、べつにお前のためじゃないんだからなっ!」
「……はあ?」
だめだった。ツンデレ文化は普及していないらしい。
「ま、お前がいなかったら無くなってた金だし。日サロのおっさんにくれてやるよりも、よっぽど良い金の使い方ができたと思うよ」
や、ほんとに。
「……お兄さんさ、底抜けのばかか、めっちゃ金持ちなの?」
「どっちだと思う?」
「底抜けのばか」
「ひどくない?」
この子、頭の回転早いよ……口じゃ勝てないよ……。
どこからか鐘の音が聞こえる。それに、妙なリズムで奏でられるラッパの音色。焼き芋だろうか。あれは焼き芋を売る音なのだろうか。
すでに大通り近くまで戻って来ていて、人はずいぶんと増えていた。裏通りはあんなに寂れていたのに、少し行くだけでこんなに賑やかだ。
飯屋の屋台が立ち並び、湯気を上げている。あちこちでランタンや提灯のような灯りが並び、夜が近いというのにしっとりとした雰囲気は微塵もなかった。
「なあ、お金ってどうやったら稼げるんだ?」
街並みから視線を向けると、アレクのやけに真剣な顔があった。
「櫛を高く売りつけたらいいんじゃね?」
「……やっぱ、そういうのしかないよな」
ふざけて言ってみただけなのだが、アレクは肩を落とした。
「あー、ほら、自分にできることをやるしかないって、うん。お前、手先器用なんだからさ、それ活かそうぜ!」
我ながらくそみたいなアドバイスだな、と思った。
いや、いきなりそんなうまいこと答えられないって。
「……うん」
案の定、アレクは視線を落としたままだった。
「ねえねえお兄さん、寄っていかない?」
「おおっと?」
突然横から声をかけられた。頭に獣耳を生やし、やけに露出の多い服を着た女の子だった。
「ほら、こっちこっち、今ならお安いよー?」
指さす方は、裏路地へ続く道だった。腕を組んで歩く男と女の姿がいくつも見える。薄暗くて、ちょっと妖しげ雰囲気。明らかにそっち方面のエリアな気がした。
「ごめんねー、いま子ども連れだから」
「あ、そうなんだ! ごめんなさーい!」
「また今度ね」
「待ってるねー!」
なんて会話をして通り過ぎていく。うーん、水商売の女の子はノリが良いから会話がしやすい……。
妙なとこで関心をしていると、振り向いてさっきの女の子を見つめているアレクに気付く。
「こーら、お前には十年早いわ!」
「え、ち、ちがうよ!」
慌てて首を振って歩き出したが、妙に思いつめたその表情が、やけに気になった。
結局、宿屋の前まで送られて、アレクと別れた。途中でもういいと言ったのだが、最後まで送らないとシスターに怒られると言い張ったのだ。そこまで言われちゃ仕方あるまい……。
そして宿屋の前で、おれは立ちすくみ、深呼吸をする。
ふぃー……しゅごー……。
宿屋の一階は食堂になっていて、泊り客でなくても利用できるようになっている。夜は冒険者と飲んだくれの時間だ。さっきから何人もの客が食堂に入っていき、中からはどんちゃん騒ぎの声がする。
仕事終わりの打ち上げであり、今日も生き残ったことへの祝いであり、明日へ向けての活力を養う場なのだ。
おれはさながら忍者のように、そっと店内へ入った。
テーブルは早くも満席に近く、あっちゃこっちゃで飲み会が始まっていた。
何人もの店員が忙しく走り回っている。
その中に、おれはリズを見つけた。今日も元気にポニーテールを跳ねさせながら、笑顔でちょこちょこと走り回っている。きゅーと。
おれはそこら辺に空いていた席に座る。基本的に相席が普通なのだ。
リズが近くに来たあたりで手を上げた。
「すいませーん」
「はーい!」
おれの方をリズが見た。「あれ?」っという顔をしてから、あわあわと両手を慌てさせた。
「い、いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「ぶどうジュースと、今日のおすすめと、あとは君の笑顔を」
きりっ。
「ぶどうジュースと、今日のおすすめですね。笑顔はいま品切れなんです、ごめんなさい」
どうやらスマイルには在庫制限があったらしい……。
肩を落として見せると、辺りからヤジが飛んでくる。
「おうどうしたジロー! リズちゃんを怒らせたのかー!」「またしょーもないこと言ったんだろ!」「リズちゃーん! そんなバカ置いといてこっち来なよー!」わいわい。
リズはそんなヤジにわたわたと言い返してから、おれに向き直った。
「も、もう、ジローさんっ!」
「あれ、おれのせいなの?」
「当然ですっ。だいたい、なんでいつものとこじゃなくて、そこに座ってるんですかっ」
「ちょっとお買い物に行ってまして」
げっへっへ。
おれはポケットから櫛を取り出し、リズに差し出した。
「いや、あの、ほんと昨日はさーせんでした。自分、マジ反省したんで、うぃっす」
「なんですかその喋り方……」
「ヤンキー感出そうかと思って」
「意味わからないですけど、ちょっときもちわるいです」
ドン引きされた。
「でも、えっと……これ、頂いていいんですか?」
きょとんと櫛を見るリズ。べりーきゅーと。
「お詫びの証ってわけじゃないけど、どうぞ」
「いいんですか? えと、返しませんよ?」
「どうぞどうぞ」
おれが差し出すと、リズは両手を合わせるようにして広げて見せた。その手のひらにそっと置くと、リズはきゅっと櫛を握りしめ、にぱーっと笑った。いや、ほんと、にぱーだった。めっちゃ笑顔。
ありがとう詐欺師のおっさん、女性の機嫌を直すには櫛をプレゼントするのが一番だったんや!
「すっごくうれしいですっ。ありがとうございますっ! 男の人から贈り物をもらったの、お父さん以外で初めてですっ」
リズはにこにこと笑顔で頬を染めて、おれの首にぎゅっと抱き着いてきた。
周りから盛大に「ジロー死ね!」「くたばれ犯罪者!」「俺たちのリズちゃんから離れろスライム!」と、負け犬共の祝福が聞こえる。
おっほっほ、なんとでも言うがよい。
ふにふにとしてあったかいこの生き物はおれが貰っていくぜ。
ドヤ顔を決めていたら、耳元でリズにぼそりと囁かれる。
「あの、本当は昨日、嬉しくて泣いちゃったんです。お外に遊びに行く約束だなんて、ずっとしたこともなかったから……泣いちゃったの、恥ずかしくて。ごめんなさい」
え、なんだー! 良かったー! 怒らせたり悲しませたりしたわけじゃなかったんだ!
ふぅー!
「あの、泣いちゃったの、秘密にしてくださいね」
「……お、おう」
超近距離で気恥ずかしそうに笑みを浮かべるリズがプリティ過ぎて、おれは魔法少女に変身するかと思た。
「さ、お仕事に戻らなきゃっ! ジローさん、本当にありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げて、リズが戻っていく。あちこちからの冷やかしの声に、手を振ったり、怒って見せたりしている。
なんだあの可愛い生き物。持って帰りたい……。
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