休息


 ベッドの上に座ったリズが、肩を荒げている。

 まだまだ少女というべき年齢だ。いつもは結んでいる髪を下ろした姿は新鮮で、薄い青色のパジャマがよく似合う。


 おれが手を動かすたびに、リズは声をあげる。

 おれが口を開くたびに、リズは息を呑む。

 ベッドの上で。そう、ベッドの上で!


「絶え間ない魔物たちの攻勢に、さすがのおれも疲れていた。しかし、ゴブリンアークの中に入って行ったおっさん達の退路を守るため、引くわけにはいかなかったんだ……!」

「お、おお……っ!」

「その時だ、二匹の魔犬が同時に飛びかかってきた!」

「ひゃっ」

「おれは一匹を殴り飛ばし、もう一匹を掴んでは投げ掴んでは投げ」

「ご、豪快ですっ!」

「おれは細かいことを気にしない男なんだ」

「さすがジローさんです!」


 あっはっは。なんだこいつめ、人を持ち上げるのがうまいやつだ。

 良い気分になったので、ベッド上にぺたんと座っているリズの頭を撫でまわした。ぐりぐり。リズは目を細めてにへへと笑っている。


 夜のおれの部屋で行われていたのはいかがわしい行為……なわけもない。そんなことが起こりうるわけがない。おれは品行方正で心優しい青年なのだ。


 おれはただ、ゴブリンアーク事件をリズに話して聞かせていただけである。


「ジローさん! 続き! 続きをお願いします!」


 ぱたぱたと両手を振るリズは国宝級に可愛いのだが。


「……飽きない? もう三回目だけど」

「ぜんぜん!」

「お、おう。そうか」

「何度聞いてもどきどきします! はあ、街の外ってそんな世界なんですね」


 リズがしみじみと言う。


「一度も出たことがないので、不思議な気分です」

「あれ、一度もないの?」

「小さいころからずっと病気だったので。ジローさんのおかげでこうして治ったんですけど、お父さんもお母さんもまだまだ心配みたいで、街の外には……」


 リズは歳に合わない苦笑を浮かべた。それはいろんなことを諦めることに慣れた苦笑だった。しかたないからと、割り切るための。

 おれは両手をリズの頭に乗せ、ぐしゃぐしゃとかき乱した。


「わわわっ! な、なんですか! うわっ、せっかく綺麗に梳かしてきたのにーっ!」

「はっはっは」


 場合によってはマジギレされるよね、これやると。

 リズは頬を膨らませて、手櫛で髪を直している。ちょっと拗ねたその顔は、年齢通りで素晴らしい。尊い。


「じゃあ今度連れてってやろう」


 リズの動きが止まった。きょとんとおれを見返してくる。


「ネズミーランドはないけどな、まあ大自然は広がってるから、ピクニックには良い気がする。一緒に行こうぜ!」


 キラッ。

 渾身のウザ笑顔を浮かべる。真顔で誘うには気恥ずかしい時もあるのさ……。


「……本当ですか?」


 しかしおれのウザ顔をスルーして、リズはきょとんとした顔のままだ。


「お、おう」

「本当に、本当ですか?」

「もちろんだ」

「……約束、してくれますか?」

「や、約束? 良いとも」


 頷くと、リズは途端に顔をくしゃりとゆがめた。


「うぐぅ……」


 なんて唸り声を漏らして、おれの腹にアタックを決めた。これがラガーマンだったらおれは瀕死だったが、リズは最軽量級だ。衝撃は軽かった。


「なんだどうした!?」


 しかしおれのハートの防御力は紙以下だ。突然、抱き着かれて堂々とはしていられない。あとぐすぐすと泣き声が聞こえるもんだから、ますます困る。


 え、やばい……女の子泣かせちゃったじゃん……おれ死ぬべき……?


 とりあえずおれのあぐらの上で伏せるリズの頭を撫でてはみるが、これで良いのだろうか。泣かせるようなこと言っちゃった? え、どうしよ、泣き止んでくださいよ……。

 男は女の涙には無力なのだ……。


 ようやく泣き止んだリズは、おずおずとおれから体を離し、おれに顔が見えないように伏せながら、さささっとドアまで辿り着いた。


「ええと、その、おやすみなさい!」


 パタン。

 そしてリズは去って行った。

 ……え、おれ、これ、どうすればいいの?

 謝罪会見開かなきゃ……。




第一章「ゴブリンアーク潜入作戦」 了


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