帰ってきたが
リシュルを連れて街に戻ったおれたちは、なかなかに忙しかった。
ゴブリン・アークからの救助成功だけでなく、【門】やら【百屍鬼】の裏切りやら、報告することは多い。ほとんどは指揮官であるおっさんの仕事のはずだった。しかし、実際に【百屍鬼】と剣を交えたのはおれであるため、ギルドの調査に長く拘束されるはめになったのだ。
ギルドの聞き取り調査用の小部屋から解放されたのは、すでに夜も明けようかという時間だった。さすがに眠い。
「ご苦労だったな【不動】」
部屋を出たところで声をかけられた。おっさんが壁際にもたれて立っている。
「おう、お疲れおっさん」
「おっさんじゃない。グレアムだ」
「おれはジローだ」
「名前の方が良いか? 二つ名持ちはそれで呼ぶのが通例なんだが」
「名前にしてくれ。中二を思い出してつらい」
「チューニ? よく分からんが、そうしよう」
おっさんが促すようにして歩き出したので、俺も仕方なく付いていく。
「施療院に行ってきたが、【銀弓】は問題ないようだ。今は眠っている」
「そいつは良かった」
「お前のおかげだ。俺からも礼を言いたい。おかげで仲間を失わずに済んだ」
「【百屍鬼】とかいう姉ちゃんはいなくなったけどな」
軽口のように言うと、空気が少しピリッとした。
「ギルドが調査中だが、あまり期待はできないだろう。【百屍鬼】はほぼ素性不明の冒険者だった」
「冒険者なんてどいつもこいつも素性不明じゃねえの?」
「まあな」
通路を歩く。夜更けと早朝の間だというのに、何度も人とすれ違う。バタバタと忙しない。
「ただ、【門】と【鬼陣】を使ったのであれば、【百屍鬼】はただの冒険者ではないということだ」
グレアムが前を向いたまま言った。
「というと?」
「魔術だよ。魔を呼び出すという技は、魔境大戦で悪魔の得意とした術だ。それを研究し実行できるとなれば、それは邪教徒しかいない」
「邪教徒か」
「ああ、邪教徒だ」
お互いに頷き合うが、もちろんおれはイマイチ分かっていない。なにやら深刻なことだけは分かるけど。
「邪教徒の存在は国家的な規模で問題視されつつある。ゴブリン・アークよりも重要な問題が降ってわいたんだ。ギルドも大慌てさ」
「ふぅん」
「お前もそんな気のない返事をいつまでしていられるかな」
からかうように言うので、思わずグレアムの顔を見る。
「【鬼陣】を使ったとなれば、【百屍鬼】は邪教の中でも高位神官ということになる。お前はそいつに目を付けられたんだ。普通なら震えて布団の中に潜り込むか、聖教会で祈りでも捧げるところだぞ」
そう言われても、そもそも邪教徒のあたりからピンと来ていないのだから仕方ない。
おれは何も言わずに肩をすくめて見せた。
グレアムはどう勘違いしたのか、「頼りになる男だ」なんて言って笑った。
「俺は引き続き、ゴブリン・アーク戦の指揮を執ることになっている。お前も来てくれると、楽ができるんだが」
通路の分かれ道で立ち止まり、グレアムに言われる。
おれはもちろん首を振った。
「疲れたから遠慮するわ。ゴブリン怖いし」
「百鬼夜行を一人で殲滅しておいてよく言う」
「おれは楽がしたいんだ」
お互いに笑いあって、別れる。疲れを微塵も見せずに歩いていくグレアムの背を見送った。
なんてタフなのだろう。昨日あれだけやったのに、まだ指揮を執るとか。化け物かよ。
チートだなんだと調子に乗れたものでもないな、と、おれはため息をついた。凄いやつはたくさんいるもんだ。
おれはさっさと帰って眠りたいところだったが、もうひとつ気になることが残っていた。
/
施療院はいつでも人がいる場所の筆頭だろう。
入院患者や医師、看護師がいつもいる。寂しいときはここに来るといいな、なんて思った。
壁も床も白を基調としていて、ホールの中心には小さな噴水がある。あちこちに見知らぬ植物が植えられ、真っ青な花が咲いていたりする。
早くも起きだして散歩をしている老人や獣人さんとすれ違いながら、ようやく目的の病室を見つけた。
木製のドアをノックする。予想に反して返事があった。
「なんだ、起きてたのか」
入室して声をかける。リシュルはベッドの上で上半身を起こしていた。銀色の髪がゆったりと胸の前に流されている。病室にいるというだけで、どこか儚げな雰囲気を纏えるのだからすごいものだった。
「わざわざ見舞いに来てくれたのか?」
「もち」
ベッドのそばに置いてあった丸椅子に腰かける。
「で、具合はどうよ」
「大したことはないさ。かすり傷ばかりだ」
リシュルが穏やかに言った。その穏やかさが、少し気にかかった。
少し、間があく。
「……ジロー、今回は本当に助かった。おかげで命拾いしたよ。お前がいなければ死よりもひどい目にあっていただろうから」
「いいって。気にすんな」
「いや、気にする。邪教徒に捕らわれた者がどんな末路をたどるか、よく知っているんだ」
その瞳は何かを思い出すような、遠くを見るような、そんな瞳だった。少なくとも、気軽に触れられるようなものではなかった。
「まあ、ほら、助かったことを喜べよ」
おれはおどけたように言って、空気を変えようとした。
少なくとも、リシュルにはそんな取り返しのつかない過去に押しつぶされそうな顔をしていてほしくはなかった。
「……そうだな」
と、リシュルはかすかに笑みを浮かべた。
「だが、あまり助かったと喜べる状況でもないらしい」
「……どゆこと?」
リシュルは左手を胸の中心にあてた。
「【百屍鬼】に刻まれたこの呪印は、簡単には解呪できないようだ」
「吸魔印とかいってたな。どういう呪いなんだ?」
素直に聞くと、リシュルは肩をすくめた。
「読んで字のごとくというやつだ。この呪印を刻まれると、魔力を吸われ続けてしまう」
「へえ……大変なの?」
「大変なのって」
リシュルが呆れた顔をする。しかしおれは魔力なんて持ってねえんだこのやろう。
吸われて困るものかよく分からないのだ。
「誰しも魔力を持つものだが、エルフ族はとくに魔力が重要だ。体を動かすにも、感覚を研ぎ澄ますにも、体内の魔力を動かしている。私は精霊魔法が使えないからな、そちらに影響はないが」
「となると、その変な呪いがある間は本気を出せないって感じ?」
「……まあ、そんな感じだ。いまいち体に力が入らない。早く解呪しないと、冒険者も引退だな」
笑って見せるリシュルの顔には、どこか諦めの色があった。
「あー、それ、治療法とかはないのか?」
「……邪教徒の呪いはまだ研究が確立していないんだ。解呪は難しいと思う。医者は王都の方に問い合わせてみるとは言ってくれたけど」
なんだそりゃ。どうにもなんねえじゃん。
とは思ったものの、明らかに落ち込んでいるリシュルを前に、そんなことを言うほど無神経でもない。おれは気が使える男なのだ。
「冒険者を引退したらおれの世話を見てくれ。美人の嫁さんを持つのが夢だったんだ」
「……お前はまたなにを言ってるんだ」
じとっとした顔で睨まれてしまった。
「……場を和ませようと思って」
「冗談が下手すぎるだろう」
「よく言われる」
「まったく、仕方のないやつだ」
そう言って笑うリシュルの顔は、さっきよりも穏やかだった。
やったぜ!
「ま、しばらくそこで寝てな。ぱぱっとあの白黒ねーちゃんを見つけて引っ張ってくるわ。かけたやつなら解除できるっしょ!」
「……なんというか、お前は本当に不思議なやつだな」
「なんで?」
「いや、何でもない」
ちょっとー、そういうのめっちゃ気になるんですけどー。ねえねえー。
リシュルのほっぺたをツンツンしてたら怒られた。
うざかったらしい。ちぇっ。
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