ゴブリンアーク潜入作戦1
基本的に、おれの一日は食堂の長椅子の上で終わる。
でかいクッションを背もたれにして本を読み、リズが運んできてくれる飯を食べる。飽きたら寝る。夜になったら部屋に戻り、ベッドの上でまた寝る。つまり一日の半分は寝ている。
ああ素晴らしきクソニート生活。しかしそれも仕方ない。この世界には娯楽が少ないのだ。
ただ、ときおり、それが変化することもある。
おれがギルドへ行くこともあるし、あるいは向こうからくることもある。それはクエストと呼ばれる仕事だ。
おれの現在の肩書は冒険者であり、冒険者の仕事は冒険をすることである。おれは真面目にやっていないけど。
とにかく冒険者という以上、それに関する仕事をしなければいけない日もある。生活費のためには仕方のないことだろう。
仕方はないのだが、それとやる気があるかどうかは別の話だった。
「ジロー、おいジロー。聞いているのか」
「え? ごめん、ちょうど耳が痒くなって」
「両耳いっぺんにか」
「まあ、うん」
「まずはその指を抜け。聞こえていないふりもするな」
「へい」
仕方なく、おれは両耳に突っ込んでいた人差し指を引き抜いた。
「いいかジロー、いまがどういう状況かお前は分かっているのか?」
続けるようにして呆れた声で言われて、おれは辺りを見回した。
木造の部屋である。ちょっとした広さのここは、ギルドの会議室だった。中心に置かれた楕円形の机にはおれを含めて六名ほどが座っている。おれの対面にいるのが、今まさに声をかけてきた、エルフの女だった。
一通り確認してから、俺はエルフの女ことリシュルに顔を向けた。
「薬草を採取していた母娘が襲われた。母親は負傷、命に別状はない。しかし子供は連れ去られた。犯人はゴブリン。ギルドの偵察によって森の奥にゴブリン・アークが建設されていることが分かった。これが昨日までの話。おれたちは早急にゴブリン・アークに潜入し、誘拐された子供を助けることを目標としている、だろ?」
言い切ると、室内にしんとした空気が流れた。
「……相変わらず、よく回る舌だ」
リシュルがおれに見せつけるようにため息をついた。腕を組んでいるため、強調するように胸が押し上げられている。リシュルはスレンダーが基本のエルフ族の中で、珍しく豊満な胸をしているのだ。
会議室の上座、黒板を前に立っていた壮年のおっさんがごほん、と咳をした。
「耳に指を突っ込んでいた彼もしっかりと状況を理解していることが分かったところで、話を続けさせてもらおう」
オールバックの白髪に、頬から鼻にかけての二本の爪傷が特徴的なおっさんは、確かグレアムとかいったはずだ。会議の初めにそう名乗っていた気がする。
「知っての通り、ゴブリン・アークとはゴブリンの巣の一種を呼称するものだ。ゴブリンキングを中心とした場合はゴブリン・キャッスル、ゴブリンジェネラルの場合はゴブリン・チャリオットというように。そしてアークの場合は」
「ゴブリン・ビショップですわね」
俺の隣に座っていた金髪の女性が合いの手を入れた。えらく豪華な服装だ。セレブ感ある。
「その通り、ゴブリンの中でも少ない神官職のものだ。アークの発見報告は少ないが、そのほとんどで行われていたことがある」
グレアムが言った。
「子供を攫い――生贄とする行為だ」
「はっ、何の神に祈るんだか」
リシュルの隣に座っている、赤短髪の青年が吐き捨てた。
「ゴブリンは知能の低い種族ですが、ビショップやジェネラルといった階位を経ると信仰心と呼ぶべきものを持つことが確認されています。彼らが敬い、願い、祈るのはただひとつ、母、ですよ」
「母?」
青年のさらに隣に座っていたお姉さんが鈴を鳴らすような小声で言った。リシュルの問い返しには視線も向けず、瞼を閉じたままだ。
「ゴブリンの祖、この世のゴブリンの生みの親とも呼ばれている存在です。本当に存在しているのか、私たちにとっての神話のようなものなのかは分かりかねますが」
「興味深い話だが、いまは置いておこう」
グレアムが話を区切った。
「ギルドにある情報を漁ったが、子供が誘拐されてから生贄とされるまでは、多少の猶予があるということが分かった」
「猶予というのは?」
俺の隣にいる金髪ゴージャスが言った。
「平均して二日から三日だ」
グレアムが答える。
「子供が攫われたのが昨日の朝のことだ。すでに一日と半が過ぎつつある。時間的余裕はあまりない」
グレアムは周囲を見回した。
「だからこそ、君たちに集まってもらった。現在、この街で集められる、最高の人材だ」
「最高の人材、ねえ」
赤短髪が意味ありげに俺を見る。
「なあ、グレアムさんよ。あんたが指揮を執るのは分かる。【白鬼】とまで呼ばれたあんたに従うのは嫌じゃねえ。【銀弓】やら【怪腕】が揃ってるのも光栄だ。だが、最近ちょっと名を上げただけのガキがいることには、疑問だぜ?」
分かりやすい挑発だった。同い年くらいの青年にガキ呼ばわりされる辺りがイラつくポイント高しだが、おれはこんなことで怒るような早漏ではない。なにより、さっきからとれそうでとれない耳クソが気になって仕方ないのだ。ううん。
耳に小指をつっこんでいるおれもイラつくポイントが高かったようで、赤短髪の額にぴきりと血管が浮かぶのが分かった。
「しょうもない喧嘩を吹っ掛けるな【炎爆】よ。わしからすればお前も十分ガキだわい」
渋い声。
思わず目を向けると、さっきから腕を組んだままだんまりだった男が、片目だけで赤短髪を見ていた。もじゃもじゃの髭に、小柄な体躯、しかし服の下にははち切れそうなほどの筋肉がつまっているのが分かる。ドワーフの種族だろうと予想はできるが、その迫力は満点だった。
ドワーフに睨まれ、しかし赤短髪は引かずに身を乗り出した。
「だけどよ、急にこの街にやってきて、半年も経たねえうちに二つ名をもらってよ、そんな奴を仲間にして信用できるかよ!」
「お前がどう言おうが、そこの男が二つ名に相応しい実力を持っているとギルドが認めておるのだ。この場に呼ばれていることが何よりの証だろう。それに、つい先日もドラム家の依頼を完遂したというじゃないか。ん? お前はどうだったんだ【炎爆】。報酬にうつつを抜かして、施療院に運び込まれたのは誰だった?」
「うぐっ」
ドワーフのおっさんに言いくるめられ、赤短髪はむっつりと黙り込んだ。
やーいやーい。あ、耳クソとれた。でかっ。
「改めて言うことでもないが、ここにいる六名をギルドは高く評価していることに間違いはない」
グレアムはひとりひとりを顔を確かめるように見ていく。おれとも目が合い、その瞳の真剣さに、息を飲む。
「ゴブリン・アークを破壊するために、ギルドは大規模な討伐任務を予定している。多くの冒険者が集められるだろう。しかし、それを待っていては子供の命はない。私たちは、先行してゴブリン・アークに乗り込み、子供を助け出すことを目的としている」
おれは腕を組み、背もたれに身を預けた。
「言わずもがなではあるが、ゴブリン・アークの中には数百は下らぬゴブリンが巣くっている。容易い任務ではない。だが、ここに揃った我々ならばできると、ギルドは判断した。そして私もそう思っている」
グレアムの言葉に、会議場の空気が変わるのを感じる。
ばらばらだった色が、ひとつに染まっていく。グレアムという男が放つ言葉に合わせて、意思が統一されていく。
なんだこの人、化け物かよ。人の上に立つべき人間というのを、おれは初めて見ているのかもしれない。
「これから作戦を伝える。忌憚なく意見を聞かせてくれ」
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