異世界でおれは楽がしたい。
風見鶏
第一章「ゴブリンアーク潜入作戦」
「報酬は望むものを出す。頼めないか」
「いやですよめんどくさいですもん」
俺がにべもなく断ると、目の前に座っていたおじさんが視線を落とした。組んだ両手が白くなるほど握りしめられていた。
「息子の命はもう長くない。いま、フィオナの花を採取できるのは、この街では君しかいないと聞いた。君だけが最後の望みなのだ」
おじさんがすっと目くばせをすると、脇に控えていたジェロームが懐から封筒を取り出した。本当の名前は知らないが、執事のような格好でおじさんに付き従っているので、そう呼んでみただけだ。
ジェロームから受け取った封筒を、おじさんが俺に差し出す。
宛名は俺。
裏返すと、ギルド印の金封蝋がされている。つまり重要書類であるということだ。封筒を開いて、中の手紙に目を通す。
差出人には副ギルドマスターの署名があった。
要約するとこうだ。
『目の前のおじさんは貴族で、ギルドにも資金を出してくれているパトロンだよ。重要な人だから、くれぐれも失礼のないように。めんどうくさいとか言ってないで、さっさとお願いきいてあげてね。よろしく。断ったら怒っちゃうからね』
つまりギルド命令というやつだった。
俺もギルドに所属して生活費を稼いでいる以上、ギルドからハブられるのは困る。
溜息をひとつして、手紙を元に戻した。
おじさんに向き直る。
真剣な瞳だった。口元はきつく結ばれ、額にはじっとりと汗をかいている。当然だ。息子の命がかかっているらしんだから。そんな重大な依頼を、できれば受けたくないのが本音だった。責任なんて持てやしないのだ。
しかし、ギルドの命令を断るわけにもいかない。
「全力は尽くしますけど、間に合わなくても恨まないでくださいね」
異世界でおれは楽がしたい。
がんばったおかげで、次の日の昼には依頼を達成した。フィオナの花を取ってくるだけならそんなもんだ。10回くらいドラゴンやら巨狼やら大蛇やらに絡まれたが、意外と何とかなるもんである。
おじさんと執事は驚愕と感涙の表情で何度も礼を言って去っていった。よほど息子の命が大事らしい。当たり前か。
一仕事を終えてから一週間も過ぎた頃。俺はいつもの宿屋でくつろいでいた。
具体的に言うと、食堂の端っこに勝手に持ちこんだ長椅子の上に寝転んでいる。胸の上につまみのチーズと干し肉と生ハムを持りつけた皿を置き、ぶどうジュースを飲みながら本を読んでいる。
酒が良いのはもちろんなのだが、この世界の酒造技術はひどいもんで、えぐみがすごいしゴミは浮いているし、アルコール度数もチューハイレベルなものばかりだ。ぶどうジュースでも飲んでいる方がうまいのだ。
こうして宿屋の長椅子でごろごろして、たまに仕事をする。俺の日常はずっとこんな感じだ。
異世界に召喚された頃は勇者だなんだと騒がれたものだが、逃げ出して随分と経つ。最初は身を隠すため、目立たないためと理由をつけてこうしていたのだが、今ではそれがすっかり習慣になってしまっていた。
もともとがダメ人間だと、異世界でチートを得ようがどうしようが、やることはたいして変わらないのだった。
「よお、ジロー。聞いたぜ、ドラム伯爵の跡取りの命を助けたんだって?」
野太い声に本から顔をあげると、まあ2mを越えようかってくらいの巨体がそこにあった。
しかも顔はいかつい虎だ。タイガーマスクならまだしも、本物の虎顔なのだから、子供も泣き出しそうだ。
「そんなこともあったかな」
チーズを生ハムで巻き取って口の中に放り込みながら言うと、タイガーマスクことラヴェルは大笑いした。
「さすが【不動】のジローだ。貴族さまとコネができたってのに、まったくいつもと変わらねえな」
ラヴェルはそこらから獣人用のでかい椅子を引っ張ってきて、俺の近くに腰を下ろした。テーブルまで引きずって、居座る気満々だった。
「おいジロー、しかしよ、あのドラム家だ。今回ばかりは浮かれちまうだろ?」
「なにが?」
「かーっ! これだから世間知らずってのは!」
訊き返すと、ラヴェルは頭を抱えて天井を見上げた。
「ドラム家はただの貴族じゃねえんだよ。今回の報酬を聞いて、どれだけの冒険者が生唾を飲んだと思ってやがる。もしかしたらなんて可能性に賭けて、どんだけのバカたちが死んだことか!」
「冒険者なんてバカしかいないだろ」
「まあな。と、おーい、リズちゃんよ!」
あっさり言って、ラヴェルは駆け回っていた小柄な店員に呼びかけた。
「はーい!」
テーブルの間を縫うようにしてやってきたのは、150㎝も無いような身長の女の子だ。茶色の髪をポニーテールにして、それが走り回るたびにぽんぽんと跳ねている。
「あ、ラヴェルさん! こんばんは」
「おう、注文良いか」
「はい! 今日はお肉料理がおすすめですよー!」
にこにこと笑顔を浮かべている。
身長に比例して顔立ちも幼く、その年齢は中学生くらいだろうと思う。リズはこの宿屋の一人娘で、こうして店をよく手伝っているのだった。
ラヴェルはその体格に見合うほどにどっさりと料理と酒を注文した。
「先に酒だけ持ってきてくれるか」
「はい、わかりました!」
笑顔で元気良くうなずく。その可愛らしさが客に人気で、リズ目当てに通うやつらも多いのだ。
リズは去り際に俺に目線を送り、かすかに口元を緩めて見せた。
「で、ドラム伯爵家の何が有名なんだ?」
去っていくリズの背中をにょほんと眺めていたラヴェルに訊く。
「そりゃお前」
ラヴェルが振り返ってにやりと笑った。鋭い牙が連なるその口は、威嚇しているとしか思えない。
「従者だよ。それも、最高の従者だ」
「従者ぁ?」
本を腹の上に伏せ、手を頭の後ろで組んだ。
「あのジェロームみたいな?」
「そのジェロームが誰かは知らねえが、ドラム家は代々優秀な従者を輩出してきた家系なんだよ。執事はもちろん、近衛にメイドに秘書に、ってな。代々、王族のそば付きはドラム家の人間が務めるくらいだ」
「そりゃすごい」
「ドラム家の従者を雇うために、銀山を手放した商人もいるくらいだ。半端なもんじゃねえぜ」
政治やら商売やら、有能な人間がいくらでも欲しい状況ならたまらなく魅力的に映るのだろう。
「でも冒険者には手に余るよな、そんなに優秀でも」
何をしてもらうのだろう。資産管理? 武器防具の手入れ? 無駄すぎる。
「……お前、今回の報酬、聞いてないのか?」
「ああ、聞いてないけど。その従者をひとり雇えるとか、そんなんじゃないの?」
言うと、ラヴェルは深々と首を振った。
ちょうどそのタイミングでリズが特大ジョッキのエールを持ってきた。
ラヴェルは一息に半分ほどを飲み干し、俺に向けて笑った。
「ただの従者じゃねえよ。冒険者専用の【ドール】さ」
がやがやと、店内の喧騒がやけに大きく聞こえた。
「ドールってなに?」
「知らねえのかよ!?」
思わせぶりな感じで言われたのでちょっとためらったのだが、知らないものは知らないのだ。
「あー、つまりだな、冒険者ってのは命かけの仕事だ。それも大半は男だ」
「そうだな」
「クエストによっちゃ、ひと月やふた月も街に帰れねえこともあるし、遺跡やらに籠りっぱなしなんてこともある」
「らしいな」
「つまり、溜まる」
「何が」
「性欲だ」
「わかる」
俺はしみじみと頷いた。
「普通は娼館やら、街娼を相手にするわけだが、遺跡の中にまで呼ぶなんてことはもちろんできねえ」
「そらそうだ」
「それを可能にするのが、【ドール】なんだよ。基本的には奴隷がその役をする。命かけの場所に付いて来る娼婦なんていねえからな」
「なるほど」
つまり性処理専用の奴隷を連れまわすという話のようだ。
わざわざドールって呼ぶ必要なくない?
「お前、いま、ドールって呼び分ける必要ないとか思ったんだろうが、基本的に奴隷は遺跡に行きたがらねえ。盾にされることは分かってるからな。奴隷法でも無理やり連れてくことは禁止されてる」
「あ、そなの。まあそうだよな」
「つまり、遺跡でもどこでもついていくし、性処理も許諾してるやつのことを、ドールと呼んでるわけだ。これがどんだけ貴重なことか分かったか」
「わかる」
チーズをかじりながら答えた。
「そのドールを、あのドラム家が提供するって言ってんだ。王族にすら求められるような一族が育成したドールなんぞを、俺ら冒険者が手に入れる機会なんて千年に一回もありゃしねえぞ、マジで」
「なるほどなあ」
つまり、超しつけが良くてどこにでも連れていける性奴隷がもらえるらしい。マジで?
俺は起こしていた体をクッションに埋め、本を開いた。
「あれ? おいジロー、そこは最高に喜ぶところだぞ? 男にとっての夢が叶うんだぞ? 分かってるか?」
「そう言われてもなあ……全然、想像つかないわ」
性奴隷って、ちょっとひくわ。この世界の文化ひくわー。
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