少女達の祈り
誕生日プレゼント
パパの帰りを待っていた瑠美だったが、次第に意識が遠のいて行った。そんな彼女は一所懸命に部活の練習をした証である日焼けで肌は黒く、ショートカットの黒髪は日光による攻撃を受けて少しばかり茶色になっていた。
しかし、今日はどうしてもパパの帰りを待っていたいと強く思っていた。だって、今日は大切な日なのだから。真理は瑠美を抱き寄せて膝枕に寝かせた。
「瑠美、もう九時半だから寝なさい。パパ今日は遅いわよ」
「ううん……まだぁ……待って……る……」
瞼に圧し掛かる抗うことのできない重力に似た重さに、視界は暗闇に覆われそうになりながらも、今日はどうしてもパパにお帰りなさいを言いたいのだ。だって今日は――
ガチャッガチャッという玄関のオートロックが外れた音を聞いた瑠美は、真理の膝から飛び起きて、テーブルに用意しておいた綺麗な包装がされた小さな箱を手に持って玄関へ駆け足で向かった。
リビングの扉を開ければ、すぐ左手の玄関に靴を脱いでいる途中のパパの後ろ姿がそこにあり、すぐこちらに顔を向けてくれた。
「ただいま瑠美」
「お帰りなさいパパ! お誕生日おめでとう!」
満面の笑顔と小さな両手に乗せた小さなプレゼントを瑠美の目線に合わせてしゃがみ、パパも満面の笑顔で受け取った。
「ありがとう瑠美。これは何かなぁ?」
「あのね、開けてからのお楽しみだよ!」
二日ぶりに帰ってきたパパの顔に疲労の影は見えなかったが、少しばかりやつれた声になっているのは瑠美でも解った。真理が開けっ放しだったリビングの扉から歩いて来た。その顔は安堵の表情で、とても嬉しそうだった。
「お帰りなさい、あなた。お誕生日おめでとう」
「ただいま。そして、ありがとう」
「夕食食べるわよね?」
「あぁ、腹ペコだよ。でも、先に瑠美のプレゼントを開けても良いかな?」
真理はパパと瑠美の顔を見て、二人がお互いにプレゼントを楽しみにしているのを笑顔の表情で読み取った。
瑠美はパパがどんな反応をするのか楽しみにしていて、パパは瑠美はプレゼントに何を選んでくれたのか楽しみなのだと。
「良いわよ。じゃあ、こっちに来て開けて」
瑠美はニコニコしながらリビングに入ってソファーにダイブした。パパも彼女を追いかけて大きな身体をソファーに預けた。
真理もソファーに座ってパパを挟んだ。二人はプレゼントを開けるパパの表情を綻んだ表情で見ていた。
「さぁ、何かなぁ?」
パパは不慣れな手つきで包装されたプレゼントを綺麗に剥がしていたが、途中でビリッと破けてしまい、瑠美に苦笑した顔を見せた。
「へへへ、良いよパパ、そんなことより早くプレゼントを開けて!」
「あぁ、解ったよ」
ようやく現れた白い箱を丁寧に開ければ、木製の台に付いたクリスタルガラスの中に精密巧緻のライオンが入っていた。
「おぉー! 綺麗だな。ありがとう瑠美」
「パパ、台の横のボタンを押してみて」
パパは瑠美に言われ台の横のボタンを押した。耳に残る心を和ませる優しい音色が聞こえ始め、パパはそこで初めてプレゼントがオルゴールなのだと解った。そして、瞳に薄っすらと涙を浮かべて瑠美を見た。
「ありがとう瑠美」
パパの反応を見て瑠美はプレゼントにこのオルゴールを選んで良かったと安堵した。
「大切にしてね。パパ、大切なことだからもう一度――お誕生日おめでとう」
「ありがとう――」
真理も目に涙を浮かべていたが、それが久しぶりに帰宅したパパを思ってのことなのか、プレゼントをもらって涙を浮かべたパパからもらい泣きしてしまったのか解らなかった。
安堵した瑠美は再び眠気に襲われ、瞼の重さを感じ始めた。もう少しパパと話していたい気持ちはあったが、そこは自制した。
「パパ、ごめんね。明日も部活の朝練があるから、もう寝るね」
「あぁ、そうか。部活頑張ってるな」
「う、うん。レギュラーになりたいもん」
瑠美は明日の部活のことを考えて物悲しい気持ちになってしまったが、そこを悟らせないように努めたが、パパと真理は以前から理解していた。真理は微笑みながら
「今日は遅くまで起きていたから起きられる?」
っと言ってくれたが、本当に聞きたいことは知っている。それでも、聞いて来ないのは一度自分で決めたことを瑠美が変えるはずがないと解っている。だから、何も言わない。何故なら、パパに似て頑固なのは良いことだと思っていた。
「多分……起きられる……ごめんママ、起こしてくれる?」
「解ったわ。五時半にリビングにいなかったら部屋に行くからね」
「ありがとうママ! パパ、ママ、おやすみなさい」
「「おやすみ瑠美」」
二人の声を聞いて瑠美はソファーから立ち上がった。リビングの扉を開けた所でパパが声を掛けた。
「瑠美、プレゼントありがとう」
「へへへ、うん。私からも、喜んでくれてありがとう」
そう言って瑠美はリビングから出て階段を通り過ぎ、引き戸を開け自室へと入った。広いフローリングの部屋は宇宙の中に幾つもの星が描かれた壁紙で、電気を消した状態で星が光るようになっていた。
電気を付けることなく歩き慣れた道筋でベッドまで直行した。二日ぶりにようやくパパに会えて嬉しかった。何よりも誕生日の当日にプレゼントを渡せて嬉しかった。
目を瞑って迎える新しい朝に待っている不安を打ち消すように、何も考えることなく眠りに就きたかったが、走馬灯が突然瑠美に襲い掛かった。
ボールをフォワードにパスしようした所でディフェンダーの二人に囲まれ……一人はわざとタックルをして身体をよろけさせ一人はスライディングした。
それで今日も青あざが出来てしまった。右足は転んだ時に擦り剥いてしまい、お風呂に入った時は涙が出るほど痛かった。擦り傷は今もズキズキと痛む。でも、でも……
それよりも痛かったのは、チームメイトからの嫌悪されている視線と自分にも聞こえるように口にする陰口だった。それが、頭の中で残響し始めた。
――何で小林ってサッカー部なの? 運動音痴のくせに――
――ホントむかつくんだよね。どんなに練習しても無駄な努力なのまだ解んないの? ――
――あの目つきがマジ嫌い――
――陰キャは漫画でも読んでろって――
――ハハハハハハハハハハハ――
瑠美は悔しさから溢れ出る涙と思い出される部活、学校での走馬灯が滝のように流れ出て眠れなくなってしまった。
暫くして泣き疲れそのまま寝てしまった瑠美だったが、パパから買ってもらった姿見に、三つの目をした何かが、口が裂けるほどの笑みを浮かべながら彼女を見つめていた――。
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