私ができること
迷子
繋いだ手を離さないようにしていたのに、いつの間にかそこに母はいなかった。左腕に抱きしめているぬいぐるみはちゃんいるのに。傍に居て欲しかったのに、いつの間にか母はいなかった。抱きしめているぬいぐるみは傍から離れないのに。
何処に行ってしまったのかと必死で周りを探したが、どうしても見つけることができない。そして、ここが何処なのか、いつの間にか見たこともない場所にいることに気が付いた。
「ママ? ママ? 何処なのママ? ここは何処?」
周りにいる人達は自分には目もくれず、ただ通り過ぎていくだけで手を差し伸べてなどくれなかった。ぶつかってくる人もいたが、誰も何も声を掛けてはくれなかった。
次第に涙が込み上げて来て涙を流しそうになったが、どうにか楽しいことを考えて堪える事ができた。それでも一度目に溜まった涙は少ないが目から零れてしまった。
「ママ……ママ……あっ!」
また誰かがぶつかって来て抱きしめていたぬいぐるみを地面に落としてしまった。拾い上げようとしたが、通り過ぎる人にぬいぐるみは蹴られて拾い上げることができない。
「すみません、ごめんなさい」
そう言いながら必死でぬいぐるみを追いかけた。そうしてようやくぬいぐるみを掴んだと思ったら、今度はぬいぐるみを掴んでいた手を巻き込んで踏まれてしまった。
「痛いっ!」
また涙が込み上げて来て、我慢しようと思ったが、今度ばかりはどうしても抑えることが出来なくて声を上げて泣いてしまった。それでも、誰も自分を気に掛けてくれる人など誰一人としていなかった。
顔の見えない群衆は、右に左に往来しながら赤で立ち止まって、青になって進んで行った。ぬいぐるみの踏まれたところを撫でてあげた。
「痛いの、痛いの、飛んでけー」
自分も踏まれてしまった手が痛かった。でも、この子も痛いはずだ。自分よりも痛い思いをしている。何度も蹴られてしまったのだから。
母の姿を探すがどうしてもここにはいない。そう思った。建物の壁に寄り掛かっていたが、また母を探すために歩き出した。
「ママ? ママ?」
誰も自分のことを気に止めてくれる人などおらず、目すら合わせてくれない。迷子になったのは母なのだろうか? それとも自分なのか?
でも、ほんの少し前まで一緒にいたのだ。ずっと、手を繋いでいたはずなのに。それなのに、いつの間にかそこに母はそこにいなかった。
「おいでお嬢ちゃん。こっちだよ」
そう声を掛けられた。声はこもっていて知っている人ではないと思った。振り向いてそこに立っていたのは、群衆に紛れ込めていない、全身が髪で覆われた化物だった。少女の悲鳴は周囲に響き渡ったが、誰も彼女を助けようとはしなかった。
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