其の拾壱
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
天地は完全に自我を失っていて話が通じないことは明白だった。瑠美と紗理奈の元に敦が駆け寄って来た。
「二人共大丈夫かい?」
「えぇ、何ともありません」
そう言った瑠美の左膝が擦り剝けているのを紗理奈は見て
「瑠美ちゃん怪我してるよ!」
「これくらい良いのよ。それより今は……」
瑠美は立ち上がって美鬼と天地を見た。二人は睨み合って立っていたが、天地が仕掛け刀を構えると、翼を広げて美鬼に突進していった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
刀と金棒がぶつかり鈍い金属音が響いた。重なった瞬間に火花が散ったが、次の瞬間には人の目で追えない速さで火花が線香花火のように狂ったように咲いていた。
「瑠美ちゃん! 紗理奈ちゃん! 村上さん!」
名前を呼ばれた三人が振り向くと凜がこちらに駆け寄っていた。
「三人共大丈夫? もう! 瑠美ちゃん! あとでちゃんと説明してね!」
「解ってます」
「美鬼ちゃん! 天地様の操りを解ける?」
凜の声に天地と応戦している美鬼が
「お義母様! こいつは! わっちの力では解けるもんじゃありんせん! それに!」
金棒で天地を仕掛け刀ごと薙ぎ払って
「このままだと! 殺すしかないでありんす!」
「それは駄目よ! そんなことをしてしまったらバランスが崩れてしまうわ!」
「解って! おりますが! 手加減するのがやっとです!」
「どうすれば……」
紗理奈はその話を聞いて
「あ! さっき三つ目を見ました! あそこに!」
四人は紗理奈の指差した方を見たが、そこには動物と妖怪変化達がいるものの三つ目の妖怪変化はいなかった。
「あれ? さっきまで、あそこに……」
「逃げたのね」
凜は周囲を見渡すが三つ目の妖怪変化を見つけることができなかった。天地は仕掛け刀の刃をはばきから剣先のふくらまで左手でなぞった。
なぞった部分から炎が猛々しく燃え上がった。そして、それを振り下ろすと炎は燃え上がりながら地を這って美鬼へと向かって行った。
「ハッ馬鹿か!」
美鬼は金棒の先端を叩きつけて地面を割って炎を止めた。次の瞬間には美鬼の目の前に仕掛け刀を振り下ろそうとする天地がいた。
「なっ!」
振り下ろされた刃が美鬼の顔を直撃した。
「嫌ぁぁぁぁ! 美鬼ちゃん!」
紗理奈の叫びに倒れていた天狗達がむくっと起き上がった。彼らは「何だ?」っと言って辺りを見渡していた。
時を同じくして天地の振り下ろした刃は美鬼の顔面で止まっていて動かないようだった。そして、ジャリジャリとした音が聞こえた。
「ははは! ははへはひんふ(無駄でありんす)」
美鬼は笑いながら刃を歯で受け止めて、天地は刀を引き抜こうとするが皇后力があり微動だにしない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ドゴンっという聞いたこともない音と共に天地の身体が金棒で吹き飛ばされた。地面に何度もぶつかりながら転びまわって、巨木に激突してようやく止まった。
美鬼は加えた仕掛け刀を吐き捨てて
「さぁ来んしゃい大天狗。遊んでやるっちゃ」
天地は叫びながら合掌するとその周りで風が回り始め小さな台風となって、やがて幾つにも分裂していった。それは円になるように広がっていき、ここに全ての者を囲み込むと台風が消えた。
小さな台風が消えた後には何人もの天地がいて、全員が錫杖の仕掛け刀を握っていた。そして、美鬼が吐き捨てた仕掛け刀が引き寄せられるように天地の手元に戻って、全員の見分けがつかなくなった。
「面白いやなかい」
天地達は時計回りに走って徐々に間合いを詰めて行く。動物や妖怪変化達は近づいて来る天地達から逃げるように真ん中に集まっていく。瑠美が青葉達に向かって叫んだ。
「青葉君! 天地様が三つ目に操られてる! あなた達なら術を解けるんじゃないの!」
「え!? 僕らに?」
「美鬼ちゃんには術を解けないの! 何とかして!」
そして紅葉が
「出来るかも知れないけど、どれが本物の天地様かなんて……」
白葉達三人も「解らないよ」「出来っこない」「どうしよう」などと口にし始めたが、青葉が
「僕らにしかできない! 僕らなら本物の天地様が解る!」
それに対して紅葉が
「そんなの解るわけがないだろう!」
「いや、僕らなら見分ける事ができるよ。だって、僕らの天地様は一人なんだから」
青葉は紅葉達に歯茎まで見えるほどの笑顔を見せた。そして
「僕らが天地様を守るんだよ。さぁ! やろう!」
それを聞いた紅葉は拳を強く握って
「あああ! 解った! やるぞお前ら!」
天狗達は輪になって合掌して何かを唱え始めた。日本語なのは解るのだが、羅列された言葉を理解することはできなかった。
「天上天地力福光来――」
唱える彼らの周りを淡い虹色の蛍の光のような小さな光が無数に飛び回っていた。それを見ていた凜が
「凄いわ。いつの時代の解除の儀なのかしら?」
っと口にした。唱えている中で青葉が
「集中すれば、きっと僕らの気持ちが天地様に届く! 行くよ!」
「「「「おう!」」」」
無数の光が天狗達の頭上に集まって一つになった。天地達は周囲を走りながら回って仕掛け刀を構えた。美鬼も同時に金棒をバッターボックスに立ったバッターのように構えた。
「いつでも来いや! 誰も傷つけさせんぞゴラァ!」
天地達は徐々に詰め寄っていき刀を構えた。次の瞬間に動物、妖怪変化達に飛び掛かったが、美鬼は瞬間のような速さで残像を残しながら移動し、天地達を次々と蹴散らしていった。金棒で攻撃された天地は全て砂となって地面に落ちって風に舞っていった。
「クッ! 全部偽物かい!」
数は減ったがそれでも、まだ無数の天地達が走り回りながら攻撃を仕掛けようとしていた。その頃、ようやく光の玉が集まって一つとなった。
「行くぞみんな!」
「「「「「「はあー!」」」」」」
天狗たちの思いが込められ光の玉が、導かれるように走っている天地達に向かって行った。天狗達は目を閉じて唱え続け、青葉が
「そこだ!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
光の玉が天地達の一人に当たると他の天地達は砂となって崩れてしまった。
「やった?」
「操りは解けた?」
っと天狗達は口にした。祈るように見つめていると天地は立ち上がった。それを見て「天地様」っと言って近づこうとしたが、天地は「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と叫んだ。
それを聞いた天狗達は立ち止まったが、天地は翼を広げて天狗達に向かって刀を振り下ろそうとした。
「させるかぁ!」
美鬼が金棒で仕掛け刀を受け止め
「もう一発撃てるか?」
天狗達は逃げようと散らばっていた。美鬼は突っ立ている天狗達に
「聞いておるのか! もう一回やれんのか?」
青葉が
「は、はい! みんな!」
「「「「おう」」」」
そうして再び合掌して唱え始めた。それを見た美鬼はニヤリと笑った。
「じゃあ、ちょっと痛いぞ大天狗」
っと言って天地の仕掛け刀を振り払って顔面に金棒を食らわせた。その衝撃で天地は吹き飛ばされたが、瞬時に美鬼は後ろに回り込み両脇から手を通して抑え込んだ。
天地は暴れるが美鬼の力が強く、身動きが取れないようだった。天狗達の周りに再び
無数の光が集まり出して、一つに集まっていく。
「はよせんか天狗共!」
「待っててください! 今度こそ! 今度こそ!」
先ほどよりも大きな虹色の光の玉が出来上がった。
「お願いです! 天地様! 元に戻って!」
光の玉が天地目掛けて駆けて行った。直撃する寸前で美鬼は天地を光の玉に向かって投げた。天地は叫びながら光の玉にぶつかった。そうして光の玉を受けた天地はその場に倒れ込んでしまった。
そこに天狗達が「天地様」っと言って駆け寄って行った。それに釣られて動物と妖怪変化達も天地の元に集まって行った。美鬼は構えていた金棒を髪飾りに戻して髪に付けた。
「天地様、しっかりしてください! 天地様!」
天狗達に身体を揺らされた天地はゆっくりと目を開けた。
「お前達……」
「天地様!」
天地が目を開けた先には天狗達の他にも動物と妖怪変化達が目に涙を溜めながら自分を見つめていた。
「お前達――」
「良かった天地様――」
天地が目を覚ましたことでみんな暗く澱んでいた表情からアサガオの花が開いたような笑顔に変わった。それを見た天地は
「ふふふ、大天狗とあろう者が、まさか操られるとはな。あははは――」
天地はゆっくりと立ち上がって集まった者達を見渡して
「私はお前達を守り続ける者であろうとしていたが、私もまた、守られる者であったか。ありがとう」
そう言うと天狗達は泣きじゃくりながら天地に抱き着いた。
「あの鬼が天地様を抑えてくれたからです」
「そうか。そうか」
美鬼は静かに紗理奈達の所に近づいて
「大丈夫だったか?」
それに紗理奈が
「うん、ありがとう美鬼ちゃん」
「お前を助けたつもりはありんせん」
っと口を風船のように膨らませて怒っているようだった。紗理奈は首を傾げ、敦は美鬼を見て額にある二本の角を凝視していた。
「お、鬼娘!?」
「なんじゃこやつ?」
「あぁ、この人はね――」
紗理奈が敦のことを説明しようとした時に、瑠美が天地達の元に歩き出した。
「瑠美ちゃん?」
紗理奈が呼びかけたが返事もせずに天地達の所にそそくさと歩いて行った。そして
「天地様、教えて欲しいことがあるんです」
「何だ?」
「パレードの、いえ、権藤夫婦の夜行のことです。それに天地様は参加したのですか?」
「いや、私達にも参加して欲しいと申し出があったが断った。私は黄金蝶を――」
「では、参加した者をご存じではないのですか?」
「いや、あの夜、私達は夜行を見に行ったのだ。参加者の顔ぶれなら忘れたくても忘れられん。こちらに敵意を剥き出して襲ってきたからな」
「その中に、権藤夫婦の息子ではない。三つ目、鏡の中にいる三つ目がいなかったですか?」
「うーん、どうだったか? お前達、その三つ目を見た者はおらんか?」
瑠美は天狗たちを見て、思い返しいていた白葉が
「ああ! 天地様、あのビルのガラスに映った奴じゃないですか?」
黄葉も
「あいつ三つ目だった?」
黒葉も
「あぁ、願いを叶えるって言ってたよね?」
それを聞いた瑠美の目の色が変わり、黒葉を掴み身体を揺らした。
「やっぱり奴はいたの!? 奴はこの町に帰ってきたのね!? どうなの!? まだこの町にいるの!? ねぇ!」
「え!? え!?」
紅葉が青葉に向かって
「青葉、お前そいつに夜行の後に会ったって言ってなかったけ?」
「そうだっけ?」
「ほら! この間だよ。赤い手鏡を拾っただろ? そこに――」
「それは何処にあるの!? 青葉君! 何処なの!? 奴はまだその手鏡にいるの!?」
「えっと……もう……いないよ……町に行くって言って……」
「……解ったわ。ありがとう」
「待て、娘よ。そやつがどうしたのだ?」
天地の質問に素っ気なく答えた。
「いることが解ったんで、もう大丈夫です。青葉君、紅葉君、誰でも良いから私を帰してくれない? 私、急いで帰らないといけないの」
それを聞いた紅葉が
「じゃあ、僕が送るよ」
「お願い」
それが聞こえた紗理奈が
「瑠美ちゃん、待って私達も行くよ」
「うん」
そうして天地が青葉達に向かって
「では、お前達、彼らを送ってくれ」
「はい、天地様!」
「鬼の娘よ」
天地に呼ばれた美鬼が振り向き
「んあ? 何じゃ天狗?」
「すまなかったな」
「ふん」
「だが、どうして助けるのだ? 鬼は他の者にはそのようなことはしないはずだ」
「わっちは……人である旦那様と約束したでありんす。自分だけじゃなく、他の者も大事にせぇと言われたのじゃ」
「そうか。良き夫がいるのだな。ありがとう」
「ふん!」
美鬼は素っ気ない態度でその場を後にした。動物と妖怪変化達が彼女に一礼したのを紗理奈達は見たが、彼女は一度も振り返って見ることはなかった。
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