其の伍
出店を一通り回ったので宮部家に荷物を取りに戻った。その時には美鬼も落ち着いていて静かに清楚な雰囲気を醸し出していた。荷物を持って玄関を出る時に宮部家総出で見送ってくれた。凜が茶封筒を持ちながら
「今日はありがとうね。はい、お疲れ様」
まずは瑠美に渡して
「ありがとうございます」
次に紗理奈に「お疲れ様」っと渡し
「ありがとうございます。うわぁ、初めてのバイト代だぁ。大事に使います!」
「ふふふ、頑張ったもんね。来年もお願いね」
「「はい」」
「喜んで」
紗理奈はまた涙を流しそうになったがここは我慢した。続いて麗も労いの言葉をくれた。
「練習から本番まで時間無かったし、神社の修復工事が終わるまでここで練習できなかったけど、動き完璧だったよ。また一緒にやろうね」
「「はい」」
はじめも
「二人のおかげで今年は楽しかったよ。ありがとう」
「旦那様! わっちは!? わっちのことは!?」
「美鬼ちゃんと、紗理奈ちゃんと瑠美ちゃんがいてくれて、楽しかったよ。ありがと」
そう言って美鬼の頭を撫でた。
「はうー!」
彼女に尻尾があれば喜びでフリフリしているだろうと思った。美鬼は「ゴホンッ」っ自分を落ち着かせて頬を掻きながら
「まぁ、わっちもおぬしらと楽しかった。またやろう」
二人と目を合わせて言ってくれなかったが、どうやら頬を少し赤らめているようだったので
「可愛くないやつだなぁ。恥ずかしいのぉ? こっち向いて言ってよぉ」
紗理奈の発言でやっと二人を見て
「うっさいボケ! もう何も言わんからな!」
美鬼は機嫌を損ねたわけではなく、嬉しそうにしていた。それを見ていた誰もが嬉しそうな顔になっていた。凜が
「じゃあ気を付けて帰ってね」
その言葉に瑠美が
「はい、お疲れ様でした」
続いて紗理奈が
「じゃあ、またね美鬼ちゃん。いつでも連絡してね」
「あぁー! はよう帰れ!」
手を振って玄関を出ると全員総出で見送ってくれた。階段を降りる時に振り返るとまだ見送ってくれていたので、手を振ってそれに答えた。階段を降りている途中で瑠美が
「京狐さんと何を話したの?」
「え? あぁ、そういえば何かね、黄金蝶が孵化するって言ってた」
「黄金蝶?」
「うん、このままだと黄金蝶が孵化するって。てか、どんな蝶々なのかな?」
「そんな名前の蝶はこの世に存在しないよ。あくまで私の知識の箪笥にはね」
「じゃあ、検索してみようかな?」
紗理奈はスマホで「黄金蝶」と検索したがヒットしたのは昔の小説のタイトルで他にはゲームなどに登場するなどがあっただけだった。
「検索しても出て来ないー。黄金蝶って何かなぁ?」
「情報が少なすぎるよ。蝶の妖怪変化も文献にはないよ。外国にならあるかもしれないけど――」
「それより瑠美ちゃん、次の土日どっちか、家遊びに行っても良い?」
「うーん、予定がなければね」
「えぇー、私より大切な予定があるの?」
「そんなこと聞かないでよ。意地悪だね」
「えへへへ」
この瞬間に紗理奈は蝶のような羽があるなら飛び立ちたい気分だった。そして、蝶のような口があれば瑠美の甘い蜜を吸い続けても良いとさえ思った。二人は階段を降り切ってバス停まで向かった。出店の撤収作業が行われていて、その間を二人は突き進んだ。
「予定がなかったらお菓子作りする?」
「うん! するする! 私に美味しくできるお菓子を教えておくれやすー!」
「大丈夫だよ。黒木さんは自分でできないと思い込んでるだけだよ。忘れないで。誰でも最初は失敗するし、次も、その次も失敗する。でもね、出来ないと諦めている人は、何時まで経っても成功できない。挑戦しない人に成功は手にできない。覚えておいてね」
「瑠美ちゃん本当に同い年?」
「私は箪笥の中に知識を閉まっているだけ。取り出してそれを口に出しているだけ。身体は勝手に動いてくれるだけなの。これは私じゃない」
そう言って瑠美は空を眺めた。紗理奈も釣られて一緒に見上げると輝きを出している星達を見た。
「今日もありがとう。黒木さん」
「何が?」
「私と一緒にいてくれて」
「当たり前だよ。親友だもん」
「そうね……」
瞼を閉じても瑠美が焼き付いて離れられないほど見つめた。赤い眼鏡に映っている夜空の星は綺麗だ。
「星はね、孤独なんだよ。あんなに近くに見えるのに、本当は何億光年も離れてる。それは気が遠くなるほど、光の速さでも辿り着くまでに何億年も掛かる」
「知ってるよ。今見えてる星でも、消滅してる星もあるんでしょ?」
「私達の身体はこんなに近いのに、心はどれくらいの距離が離れているのかな?」
瑠美を見ると言葉に詰まった時、秘密を話してくれない時の寂しそうな顔をしていた。その目には自分は映ってなどいない。そう思うと悲しかった。抱きしめようと手を伸ばしたが、思いとどまって声を出して名前を呼んだ。
彼女はゆっくりとこちらを見たので自分の心に潤いが戻って来た。そうして、彼女の右手を掴んでギュッと握りしめた。
「……何でもない。ありがと。お菓子何か作りたいのある?」
それから他愛もない話ばかりで普段の瑠美になってくれた。バス停に着くまでつないだ手を離さないように強く、強く握り続けた。汗ばんでくる手のぬくもりを一緒に感じてくれていると思うと嬉しかった。
バス停で「じゃあ、明日、学校で」っと言われて「うん。また明日」と答えて歩き出した。青黒い夜空を見上げなら家路に着いた。家に入ってドアを閉めた途端に家族総出で出迎えられた。
あきこは一目見て涙声で
「良く頑張ったわね」
と言われ、靖子は
「おれは明日死んでも良いよ」
と語り出し、佳代子は
「感動したわ。将来は女優とかアイドルとかになれるんじゃない」
と誇張された言葉をくれ、久美子は
「鳥肌立ったよ。私の知ってる親戚の娘じゃなかった。別人だったね」
と何を言いたいのか良く解らないことを言われ、えみこは
「紗理奈お姉ちゃん、お疲れ様。綺麗だったよ」
と言われやっとまともな言葉をくれ、さと美は
「お姉ちゃんが踊ってる時、泣いちゃった。すごく、良かったよ」
といつもよりしをらしく言われたので涙腺が崩壊して泣いてしまった。玄関先で泣いてしまったのであきこに抱き締めれて
「自慢の娘よ紗理奈。さぁ、中に入って」
「うん」
夕飯はお寿司を注文してみんなで食べた。出店で少し買い食いしていたが、寿司は別腹と頭に理解させてたらふく食べた。
食べ終えてから佳代子たちが明日から仕事や学校なので帰る準備をした。佳代子は近くのパーキングに停めていた車を持ってきて「次は正月に来ると思うから。じゃあ、またね姉さん」っと佳代子はあきこに言って帰った。
ほぼ一日中張りつめていた緊張感に包まれていたので、お風呂を上がってからすぐに部屋に直行した。ベッドに横になって成功した踊りとみんなで分かち合った感動に浸りながら就寝した。
夢の中でも麗を中心に大勢の見物人の前で美鬼と瑠美と踊っている夢を見た。朝目覚めれば、身体のあちこちが筋肉痛で動かすのが辛かった。
朝食を食べて家を出て、いつもの通学路を真っ直ぐ進み、瑠美の降りるバス停で彼女を待った。最初は偶然を装っていたが、今では当然のように一緒に登校している。継続は力になるとはこのことだろう。
バスが来て多くの生徒が降りる中にエンジェルはいた。紗理奈を見つけると微笑みかけながら
「おはよ黒木さん」
「ふふふ、おはよう瑠美ちゃん。今日も一段と可愛いねぇ」
「どうしたの? おじさんみたいだよ」
「えへへへ、何でもない」
学校までの道をいつもと変わりなく歩いた。道中で紗理奈の唇の動きと透き通るような瞳を見つめながら彼女の話を聞いていた。
「昨日のマンションの工事現場が土砂で埋もれたニュース見た?」
「ううん、見てないよ。それがどうしたの?」
「昨日の凜さんが受けていた依頼って、この土砂崩れと関係があると思うの」
紗理奈はこういう話にも耐性が出来てきた。瑠美がこのような突拍子の無い話をしてもにこやかに耳を傾け笑って話せることが容易になってきた。
「それでそれで? 詳しく話してみて」
「凜さんは山の神って言ってたでしょ? 京狐さんも山の神がお怒りだって言っていた。それに土曜日の雨は妖力で作られたモノだって美鬼ちゃんの話も合わせると土砂崩れは山の神の仕業だと思うの」
「なるほど、それで?」
「今日の放課後、空いてる?」
「瑠美ちゃんの為にいつも空けてあるよ」
「あの山の神についての資料がネットでは見つからなかったの。それで資料館があるらしいから、そこに放課後行かない?」
「良いよ。瑠美ちゃんが行くところなら海でも山でも何処へでもお供しましましょう」
「頼もしい言葉」
にっこりと笑った瑠美の笑顔を心のカメラに収めて、今日の放課後が楽しみになった。それから学校で普通に授業を受けて、お昼は一緒に食堂で食べた。午後の授業も問題なく終わり放課後になった。
瑠美がいつも乗るバス停で行き先を「七日町」ではなく「十四日町」のバスに乗って山の麓まで向かった。
バスが通り過ぎる景色は住宅街を抜けて田圃道になり、それがやがて町外れになってくると新しくできたショッピングモールと高速道路が見えた。
一度バスがここで停車すると大勢の人たちが降りて行ったのでバスに残っている人を見ると、残ったのは紗理奈と瑠美、その後方の席にいるお婆さんとおじさんの四人だけになった。紗理奈はドンドン近づく山を見て
「幼稚園の時に山登りで行ったなぁ。その時はお婆ちゃんが一緒に上ってくれたんだよねぇ。瑠美ちゃんも登ったことある?」
「私もあるよ。標高がそれほど高くないから地元の幼稚園で山登りをしていたね。でも、今では地域開発が進んで、新しいものが昔のものを壊して作られていくって思うと寂しいね」
山は緑生い茂り、まだ秋を感じさせるには遠かった。工事で山の地層が露わになっているところを見ると、人間の力がどれほどのモノなのだろうと感じさせた。ショッピングモールを過ぎてから誰もバスに乗り込んで来る人はいなかった。バスの目の前に山がどんどん近くになっていくと
「次は十四日町。十四日町です。お降りのお客様は――」
バス停は十四日町の駄菓子屋の前で停車した。バスを降りてから見渡すとシャッターで閉まっているお店ばかりで、人も歩いてはいなかった。
帰りのバス時間を確認する為に反対側のバス停で時刻を確認した。それから瑠美がスマホを出して資料館までの地図を確認して
「こっちだね。行こう」
っと紗理奈を先導して歩き出した。歩幅は大きくノリノリであることが十二分に伝わってくる。
十四日町は家々が古風で、どれも瓦屋根の家がほとんどで、家の敷地が広いものが多かった。家には必ず大きな蔵があり、地元であるにもかかわずユニークなその景観が目新しく思えた。
そして、間に入ってくるのは「マンション建設反対」「自然破壊を許すな」「天地様を救え」などと言った看板が目に入ってきた。紗理奈は瑠美に
「瑠美ちゃん、山の神様って天地様って言うの?」
「多分そうだと思う。天地祭って言う祭りが毎年秋に行われてるってネットで見たから」
「へぇー」
「ちなみにだけど、山の神様ってそこに住んでいた動物が神霊化したりすることがあるの。もしくは天狗だったりね」
「天地様はどっちなの?」
「それをこれから調べに行くのよ」
「あぁ、そっか。えへへへ」
しばらく歩いて公民館が見えてきた。公民館と言っても町の中心にあるこの間まで神前祭の練習をしていた中央公民館よりは小さいが、それなりに大きかった。
「瑠美ちゃん、もしかしてあそこ?」
「そうだね」
「十四日町公民館で良いの?」
「公民館に図書館と資料館が併設してるみたいだよ」
「へぇ」
資料館は一階の中に併設されていて、展示もそこまで多くなかったが、瑠美は興味深そうにそれらを見ていた。紗理奈は張り出されている年表を見ても理解できず
「瑠美ちゃん、何か解った? 私全然解んないんだけど」
「うんとね、昔ここら辺の田畑が日照り続きだった時に、雨乞いをしたら天地様が現れて雨を降らせたみたい。それで、雨乞いの儀式が天地祭となって今でも行われているってところかな?」
「あぁ、ここに書いてあるやつね。それでここに書いてある祠を立てたんだね」
「そうみたい。この祠って何処にあるのかな? この近くならバス時間まであるしまだ行けるかな?」
「もうその祠はねぇよ」
唐突に話しかけられて二人は驚いて声のする方を見た。優しそうなお爺さんがこちらに歩いてきた。瑠美は少し緊張した面持ちで
「あの、この祠はもうないんですか?」
「あぁ、壊されたよ。マンション建設の敷地だったから新しい祠を作ったんだよ」
「じゃあ、その新しい祠は何処ですか?」
「新しい祠は登山道の入り口近くだよ。天地様に興味があるのかい?」
「はい、何か御存知なんですか?」
「わしはこの資料館の館長をやってるんだよ。昔から天地様のことに関しちゃあ、わしより詳しい人間はいねぇよ」
「じゃあ、聞いても良いですか?」
「何だいお嬢ちゃん?」
「天地様のお姿っていうのは資料にはないんですか?」
「そうさなぁ、そういったものはないねぇ。ただ、昔から天地様は人に化けて里まで降りてきていたって話はあるね。ある時は腰の曲がった老人、またある時は畑を駆け回る子供だったってね」
「じゃあ、姿を自由に変化させられる力を持っていたんですね?」
「そうさなぁ、いつでも里の人間を見守ってくれていたんだよ。でも、今は……お怒りになさっていんだ」
お爺さんの顔が曇ったと思ったら、それは憎しみに満ちた顔へと一瞬で変わった。
「地域活性の為だとか言ってよぉ。ショッピングモールやマンションを作るだの勝手なことやりがってよぉ、しょうがねぇやつらばっかだ!」
露わになった怒りは止まることなく続いて
「ショッピングモールは町全体の為だからって言われて、納得はしたさぁ。でもよぉ、マンションを天地様の住んでる山を削って作るなんて馬鹿だ! だから、あんなことが起きんだよ」
「あんなことって何ですか?」
「わしはマンション反対運動に参加してんだけどよぉ、見たんだよ。何トンもある重機やトラックが宙に浮かんだのがな。そして、雨で工事現場を土砂が飲み込んだ。天地様の祟りだ! このままじゃ、里にいるわしらにも天地様のお怒りが飛んできちまうよ!」
二人はお爺さんの勢いに圧倒されてどう答えれば良いのか解らないでいると
「ごめんねぇ。こんな話しちゃって。あの新しい祠じゃあ、天地様にわしらの声は届かねぇ」
「あの、ありがとうございます。黒木さん、祠に行ってみよう」
「う、うん」
「気を付けていくんだよぉ」
二人は外に出て登山道の入り口を目指して歩き出した。登山道までの道は少し遠く十五分くらいかかった。その間に登山客を乗せたバスや車が登山を終えて帰っていくところだった。
登山道の入り口に辿り着くと「天地様の祠」と書いた真新しい看板があった。登山客の車やバスの駐車場に先ほど通り過ぎた車があるのが解った。
祠に辿り着くとそこには二人いて、一人は顔見知りの凜だった。もう一人は額に傷のある男性で凜に何かを訴えていた。
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