其の肆
雨は雷まで伴って明日が本当に晴れるのか不安になってくるほどだった。雷の音を聞いてニコはリビングから出て行こうとしていた。自力でドアを開けられないのでさと美が開けてあげた。猫又と言っても雷が怖いのだろう。
夕食をみんなで食べている時に佳代子からは
「雨でもやるんでしょ? 頑張ってね」
と言われ、久美子からは
「雨だったら私行かない」
と言われ、えみこからは
「何が何でも行くからね」
と言われた。靖子は
「大丈夫だよ、紗理奈は晴れ女なんだから」
と根拠のないことを言われ、あきこは
「頑張りなさい」
と可もなく不可もなく当然のことを言われ、さと美は
「美鬼さんと瑠美さんの踊り見たいなぁ」
っと自分のことには一切触れてくれなかった。それからそれぞれがお風呂に入って「おやすみ」と言って部屋に向かった。
時計の針は十一時半を指していたが、部屋で鏡を見ながら練習していた。明日の朝に練習がなかった場合は本番しかないので安心して睡眠などできなかったからだ。
その時、ドアをガリガリしている音が聞こえたのでドアを開けた。ドアの隙間からニコが入って来て「ミャァー」っと鳴いたので
「どうしたのニコ?」
ニコはベッドにジャンプしてペロペロと毛繕いで顔を舐めながら
「おねえさま、あいつがあいたいってきてるにゃ」
「あいつって誰?」
「よんでもよいかにゃ?」
「えっと、別に良いけど……誰?」
「あいつにゃ。おい! きてよいにゃ」
次の瞬間に雷鳴が響き渡り、何度も経験している寒気と共に鳥肌が立った。そして、太鼓の音が聞こえると窓をすり抜けて車輪を付けた炎に乗った火車が現れた。
「どうもどうも、ご無沙汰しております」
「きゃ!」
紗理奈はかなり驚いたが火車は特に動じることなくにこやかに笑っていた。
「この間は大変な失態を犯して、皆様には多大なるご迷惑をおかけしました」
「あ……いえ、どうも……ご丁寧に」
「申し遅れましたが、わたくし火車の轟です。以後お見知りおきを」
「は、はぁ。ニコ、何でこいつ、ここに来たの?」
「おねえさまにようじがあるってにゃ」
「用事?」
火車は炎から降りて床に脚を付けた。炎は窓をすり抜けて外に出て行った。さすがに普通の猫のサイズなので怖くはないが二足歩行しているので不気味で奇妙なのは変わらない。だが、見る人によっては雷鼓を持って虎柄の褌をしている少しリアルな人形くらいには見えるかも知れない。昔ヤンキーの格好した猫が売れたのだから売れるかも。
「いやいや、先日の事の顛末をキヌガワ様に報告したところ、あなたからお話を聞きたいとのことでしたので」
「あの、すいません、と、轟、さん?」
「呼びやすくトドで構いませんよ。キヌガワ様からはそう呼ばれておりますので」
「えっと、じゃあ、トド、あの、そのキヌガワ様って誰ですか?」
「キヌガワ様はこの町を管轄しております地獄の管理人という言いますか、獄卒です。わたくしの直属の上司で、とっても怖いお方です。こちらに名刺をお預かりしていますので、どうぞ」
「はぁ」
轟は右手に炎がボワッと燃えると名刺が現れ紗理奈に頭を下げながら手渡した。紗理奈は屈んでそれを両手で「ど、どうも」っと受け取った。
名刺には赤い字で「地獄第一監査官 鬼怒川 崇」と「番号 肆 玖 壱拾八」と書かれていた。。全く話が解らないので後で瑠美に聞いてみることにしよう。
「鬼怒川様はわたくしがいない間にも、業務を行いつつ探してくださっていたのです。時には仕事の鬼ですが、時には部下を思ってくれる優しい兄鬼です。そこが女性から人気でしてね。羨ましい限りですよ」
捲し立てるように話しているのでせっかちなのかと思った。それに、あの操られていた時の形相とライオンのように吼えていた声を思い返すと、今話しいる口調と萌えキャラのような姿形のギャップが激しすぎる。
「はぁ、それで、トド、用事って何ですか?」
「はい、実はですね。今この町で起きている事件についての事情を聞きたいとのことでしたので、ご同行願えますか?」
「はぁ……え!? ちょっと待って! 何処に行くの!?」
「地獄ですよ」
「いやいやいやいやいやいや! 行くわけないでしょそんなとこ! 死んでも地獄なんかに行きたくありません!」
「はあ、困りましたねぇ。しかし、鬼怒川様より任意同行を命じられましたので、強制はできませんからねぇ。すみませんが、ニコさん、紗理奈さんを説得して頂けませんか?」
ニコは首を傾げて「はにゃしがわかんにゃい」っと答えただけだった。轟はがっくりと首を落として
「まぁ、仕方ないですねぇ。もしお話をする気になったらで構いません。名刺に書かれおります地獄電話にお掛けください。わたくしがお迎えに参ります」
「はぁ」
「鬼怒川様が危惧していらっしゃるのは、わたくしを操るほどの妖力を持った妖怪変化が誰で、他にも事件を起こしているのではとお考えなのです」
「最近この町で起きてる事件のこと?」
「そうです。どうやら地獄にもその影響が出ているのです。この間は捕縛していたクモが逃亡したり、百を超す妖怪変化がこの町から地獄に来たのですから」
「ちょっと待って。百を超す妖怪変化が地獄に落ちたってこと?」
「はい、そうですよ」
「それって、どういうこと? その妖怪変化は殺されたの?」
「まぁ端的に言えばそうですね。正確には成仏させられたということでしょうね。恐らくは退魔師の所業ではないかと思われますが、何かと数も多いので鬼怒川様はどういうことなのかと火車や犬に命じて調査を続けております」
紗理奈はふと美鬼とはじめを思い浮かべた。轟は目が上に向いている紗理奈を見て
「もしかして、心当たりがおありですか?」
「え? いや……解んないなぁ」
「そうですか……まぁ長居するのも悪いのでお暇します。では夜分に失礼いたしました。またお会いしましょう」
そう言って炎がまた窓をすり抜けてそれに乗って「では」っと言って部屋を後にした。矢継ぎ早に話されたので会話の内容をあまり理解していなかったが、夢ではないことは確かで、鬼怒川の名刺を持っている。
地獄電話とはここに書いてある番号で良いのだろうが、掛ける日が来るとは思わないので机に閉まった。
轟のせいでドッと疲れてしまったのでもう寝ることにした。ニコは「さとみちゃんのところでねるにゃ。おねえさま、おやすみにゃさい」っと言ったので部屋から出してあげた。
このことは美鬼とかはじめにも言うべきことなのか解らなかったが、とりあえず瑠美は絶対に話そうと思った。昨日は変な夢を見てしまったので、嫌な気分で起きたくないと思った。それから電気を消して眠って見た夢は、瑠美の家で二人っきりでお菓子作りをしていた最高の夢だった。
雨は深夜になって弱まって次第に止んでいた。明け方から太陽が冷え切った町を暖かさと呼ぶにはあまりにも暑すぎる熱線を帯びて現れた。
八時前には麗から連絡があり午前中の練習が十時から始めるとのことだった。瑠美と連絡を取り合って九時半に集合することになった。
集合場所となったバス停には十五分前に着いて瑠美を待っていた。ほぼ時間通りに瑠美が来て水木神社に向かった。その途中で昨日の夜の出来事を話し始めた。
「――それでね、鬼怒川って人が事情聴きたいから地獄に来てくれって言われて断ったの」
瑠美は顎に手を当てて
「地獄監査官って補佐官かな?」
「何それ?」
「閻魔大王の側近だよ。その鬼怒川って人はこの町の管轄って言ってるくらいだから、偉い人なんだと思うよ。警察で言ったら、管理官みたいな立場じゃないかな?」
「そうなんだ。どうすれば良いと思う?」
「私はそのまま気にしないでも良いと思うよ。何されるか解ったもんじゃないしね」
そんな話をしている途中で水木神社の近くになってくると道路を通行止めにして出店の準備が行われていた。歩いていて紗理奈はふと
「何かお祭りに来るなんて久しぶりだなぁ」
「私もだよ。小学生の時以来かも」
「踊りが終わってからもやってるのかな?」
「大丈夫じゃない? 通行止めの看板は七時までだったよ」
「本番が終わって三時間も余裕があるんだね」
「行くなら、先輩と美鬼ちゃんも誘ってみんなで行きましょう」
「う、うん」
二人っきりにはしてくれないのだと思ったが、それでも夏の思い出になるのだから良いと思った。
「祭りに花火があれば最高だよね」
「神前祭は花火ないからね。でも来週もお祭りがあるんでしょ?」
「そうそう。京狐さんと初めて会った場所の河川敷でね。その日は花火が上がるよ」
「じゃあ、それもみんなで行こうね」
「うん。あ! 私今年は海に行ってなかったら、みんなでプールでも行かない? 海はもうクラゲが出てるから嫌だし」
「みんなの予定が合えばね」
「うん」
何だか夏休みよりも夏を満喫しているような気がしてきた。暑くてあまり外に出ずに、一人ゴロゴロとクーラーのある部屋で寝ていただけの自堕落な生活だった。
友達とカラオケとかウィンドウショッピングに行ったが海には行かなかったし、祭りにも面倒だと思って行ってない。生まれてきてこんなに充実した濃い夏を経験していると思うと嬉しくなってきた。
それでも、、心のどこかで恐怖は確実に残っている。時折それはふいに、膨張して身体を震えさせる。体験した全てが現実であることが信じられないが、いつでも死はすぐ傍にあることを実感させられた。
午前中の練習は二回通しで行われ、後は午後の三時から始まる本番を残すだけとなった。お昼は宮部家の広い宴会用の部屋で神前祭に参加する十七人が食事をした。その料理を作ったのは凜と美鬼で、特に美鬼はお玉を持ちながら腕組みして
「宮部家以外の者がわっちの料理を食することができるのを生涯忘れる出ないぞ!」
相変わらず態度は相当デカかったが、それに相応する舌を打つ美味しい料理だった。ほうれん草のお浸し(わっちが作った)と肉じゃが、芋煮汁(わっちが作った)、真っ白なお米(わっちが炊いた)で頂いた。
お腹がいっぱいになり軽く運動もしていたので少し眠くなってきたが、今日は美鬼の機嫌が良いのか、彼女はずっと笑って瑠美と紗理奈と話していた。
「旦那様との夏の思い出がこれでまた一つ増えるのぉ」
「お祭りって初めて?」
瑠美の質問に美鬼は
「母上が行かせてくれんかった。じゃけぇぶち楽しみだ」
「そういえば先輩は? 今日はまだ見てないけど?」
紗理奈の質問に美鬼は少し不機嫌そうな顔になったが
「お義母様に頼まれ事ばされたけん、今ん外出しよー」
色んな方言が出てくるので良く解らないが瑠美は納得していたので、紗理奈も首を縦に振った。本番の時間が近付くにつれて心臓の鼓動が速くなって、足には震えが来ていた。
麗に化粧をしてもらって、金色の龍を象った頭飾りを付けて鏡を見ると本当に自分がきちんと巫女の姿になっていることを再確認した。瑠美は鏡を見ることなく「どうかな」っと聞いてきたので「尊死」と答えたら首を傾げられた。その横で美鬼は「きゃははは」と笑い転げていたので少し傷ついた。
午後になって天気が少し崩れてくれないかと願っても、結局気温は三十度を超えた猛暑となってしまった。
時間が迫ってくると舞台袖から集まった大勢の人を見て愕然とし、緊張で胃袋から昼に食べた物が逆流してくるのかと思った。しかもかなり前の方に黒木家一同が陣取っていた。
その緊張が瑠美に伝染したのか顔が強張っていた。それを素知らぬ顔で見ていた美鬼だったが、どうやら思うことがある様で
「おめたちどうすた? こえーのけ?」
何処の方言かは解らないが瑠美は何となく意味は解ったので
「ママが来てくれるから、緊張しちゃって」
美鬼は瑠美の隣に座って肩に手を置いた。
「ならもっと胸を張れ。神に捧げる踊りかも知れんが、自分が捧げたい者に踊ってやってはどうだ? 無垢な祈りほど神に受け入れらるものだぞ」
「そうかもね。でも、私を受け入れてくれるかな?」
「ここに来てくれたということは、受け入れるも何も、見守っていたいのだろうよ。それが母であり、愛だとわっちは思う。神にしても同じこと」
瑠美は肩に置かれた美鬼の手を握って
「ありがとう美鬼ちゃん。頑張るよ」
それを見た紗理奈は
「美鬼ちゃん! 私にも何か良いこと言って!」
「うっさいボケ!」
「ふにゃぁー」
緊張感が漂っていた空気が変わって、今はみんな笑顔になっていた。糸がほぐれて柔らくなって軽くなった気がした。そこに正装に着替えて別人のようになった麗がやって来て
「じゃあ、行こうか」
「「はい」」
それからはじめも舞台袖にやって来て美鬼が飛び跳ねて喜んで
「旦那様見ていてください! わっちの妖艶な踊りを!」
「妖艶……えっと、ずっと見てるから、頑張ってね」
はじめは美鬼の頭を撫でて彼女の「はうー!」を聞いて安心したように舞台袖から出て行った。時間になり前奏が流れ出すと見物人たちのザワザワした声が静まり返った。
「参る」
麗の掛け声とともに舞台に上がって行った。ゆっくりと前奏に合わせて歩き、位置に着いた。一旦演奏が止まり、誰も声を出さず外の鳥や虫たちの鳴き声も聞こえなくなった。
本当に神が舞い降りたような静寂の中、尺八の音色から太鼓が続き、ついに神前祭の踊りが始まった。
麗は無名に見立てた縄を巻き付けた神木刀で華麗に舞っていた。その隣で美鬼がその動きに合わせて髪を振り乱していた。
その後ろで紗理奈と瑠美はぴったり息の合った踊りを見せていた。祈りと捧げるような繊細な手の動きと指先に至るまで誰かに乗り移られたかのような完璧さだった。
終盤になって後ろの二人に美鬼が合流して三人が連動した踊りを見せた。麗は何かを切り突けるように舞いを続けた。
演奏が太鼓だけになって麗だけが舞いを続け、三人は流れる動きで拝むような姿勢になり麗を見つめた。一連の動きに魅了された人達は感嘆の息を漏らしつつ、込み上げてくる熱情を抑えていた。
ドンドンドンッドドンッ!
全ての舞いが終わって麗が一礼すると拍手が巻き起こった。拍手に導かれるように紗理奈達も立ち上がって一礼すると、拍手はさらに大きくなって舞台を振動させるほどであった。
舞台袖に麗が歩いて行くとその後に三人も続いて舞台を降りた。舞台袖に戻ると尋常ではない冷や汗と動いたことによる発汗した汗がまじりあった顔をタオルで拭いた。
麗は「ふぅー」っと声を漏らしてキリっとした雰囲気から柔らかな表情になった。それは瑠美も紗理奈も同じだったが、少し違うのは達成感から目に込み上げてくる涙を抑える事ができず泣いてしまった。それを見た美鬼が二人をまとめて包み込んで
「良くやりんした。お疲れ様」
その言葉で紗理奈は余計に号泣してしまった。麗は笑顔で
「紗理奈ちゃん、よく頑張ったもんね。瑠美ちゃんもありがとう。美鬼ちゃんも素晴らしかったよ。水木神社の伝統は今年もみんなのおかげで守ることができたよ」
「うわぁーん」
「黒木さん、泣き過ぎ」
瑠美は泣きながらも自分のタオルで紗理奈の涙を拭いてあげた。紗理奈は嬉しくてタオルに顔を埋めた。美鬼は怪訝な顔になったが、瑠美は微笑んで紗理奈の頭を撫でた。
巫女装束から着替えて、化粧を落として自いつもの分のメイクにきっちり仕上げた。スマホを見るとあきこから《別人みたいになっていて、何て言ったら良いのか解らないくらい良かった! お疲れ様》っと連絡が入っていた。
返信に瑠美たちと出店を回ってから帰ることを送信して、みんなの待つ居間に向かった。居間にはすでに着替えの終わっていた瑠美がいて、、美鬼もはじめの隣に寄り添って座っていた。
「お待たせ! じゃあ行きますか?」
「うん、早く行こう」
そう言った瑠美が今まで一番嬉しそうにしていると思った。はじめも「行こうか」と立ち上がると美鬼も「行きましょう旦那様」と言って立ち上がった。
「美鬼ちゃんは良いなぁ。夏って感じの服装で。唐突に思いつかなければ、私も浴衣持ってくれば良かった」
本心は瑠美の浴衣を見たかっただけなのだが、それは心の裏の扉を開けた箱の中に閉まった。紗理奈の感情を瑠美は微塵も感じてはいないだろうが。
出店を回り始めると美鬼がはしゃぎまくって「旦那様、これが食べたいでありんす!」とリンゴ飴をせびり「旦那様、わっちも餓鬼共とやりたいでありんすぇ」と金魚掬いに興じていた。そんな美鬼だが黙っていれば周りの人が振り向く程の美人なのだが、一言喋ると残念な目で見られてしまっていた。
はじめは嫌な顔一つせずに美鬼のやりたいようにやらせていた。金魚掬いは残念ながら一匹も掬い上げることができなかったが、それでも射的では自分ではやらず、はじめに催促してお菓子を取ってもらっていた。
「一生大事にしんす」
「いや、美鬼ちゃん、ちゃんと食べてね」
っといった具合だった。四人で回る出店は楽しくて、時間が過ぎるのを忘れてしまうほどだった。広島風お好み焼きを四人で食べている時にまた美鬼がはじめに「あーん」を強要していた。
通りの先で通行止めの看板が見えてきたのでそろそろ出店がなくなるのだと思っていたら、美鬼がクンクンっと鼻をピクつかせて
「旦那様! あの駄女狐がおりんす!」
「まぁ祭りで稼ぎたいんだろうね。それに力を手に入れたのに別に悪さしてないし放っておいても――」
「行きましょう!」
ぐいぐいとはじめを引っ張りながら美鬼が進んで行ったので、それに紗理奈と瑠美も続いた。京狐は「占い」っと簡潔な看板を立てて、いつもの格好とテーブルの上には水晶を置いていて出店の間に店を構えていた。
いつ見ても美女なのは違いないし、その魅惑の虜になってしまう人がいてもおかしくないと思ったが、誰も近寄って来ていなかった。そして、この間重ねた柔らかい唇に目がいってしまい感触を思い返して恥ずかしくなった。
「この駄女狐! 何しとんじゃゴラァ!」
「あぁ鬼さん、こんばんは。どないしたん? 怖い顔して? 憤慨?」
「旦那様の家のひざ元で何のうのうと稼いどんじゃわれ!?」
「許可はもろてんけど、問題ある?」
京狐はそう言って紙をペラペラと見せびらかしてきたので、美鬼は鋭い八重歯を剥き出しにして今にも飛び掛かりそうだった。はじめが「どうどう」っと押さえているから良いものの他の通行人たちの視線が痛かった。
「そんなもんお前葉っぱでいくらでも作れるやろ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれる? 携帯代高いさかい稼がんとあかんのやで」
「うっさいボケ! この間のこと聞いたぞテメー! 生娘と接ぷふぅ――」
美鬼が全て言い切る前に紗理奈が口を抑え込んだ。京狐とキスしたなんてことを瑠美に知って欲しくなかったからである。しかし、美鬼が紗理奈の手を噛んで
「痛あぁぁー!」
紗理奈は左手に付いた美鬼の歯型をふぅーふぅーしてながら
「酷いよ美鬼ちゃん」
「甘噛みじゃけー心配いらん」
「ほんまに楽しそうやなあ。羨望」
京狐は肘をつきながら笑みを溢して一連のやり取りを傍観していた。人の気も知らないで呑気なものだと思った。
「それより鬼さん良いこと教えたるさかい。聞きたい?」
「あぁ? 何じゃあ、一体?」
「山の神がお怒りやで気ぃつけぇや。警告」
「はぁ? 山の神って誰じゃ?」
「追加料金は一万円やで」
「って金取るんかい!」
「ウチも商売やからね。最初の良いことは五千円でえぇよ」
「ぼったくりやないかーい! わっちは教えてくれと一言も言っとらんわ!」
「そうなる? まぁえぇわ。ほな商売の邪魔やさかい、そこどいてくれる?」
「ぶっ殺すぞ!」
「美鬼ちゃん落ち着いて、行こう」
はじめが宥めて美鬼を引きずりながら歩いて行った。それに瑠美もついて歩き出したので紗理奈も歩き始めようすると急に足が硬直して動かなくなった。
そして、引力に引っ張れるように京狐とまたキスできそうな距離まで顔を見合わせた。またキスされるのかと思って胸が高鳴ってきたが、京狐は右側だけの口角を上げて
「お嬢ちゃんにはもっと大切なこと教えたるね。良う聞きいや」
「え、あの、何ですか?」
「このままやと黄金蝶が孵化すんで」
「え?」
「黄金蝶が孵化すんで。これを覚えておき。ほな、さいなら」
身体の硬直がなくなり自由になった。そこに瑠美が「黒木さん、早く」っと呼ばれたので急いでみんなに合流しようと足早に京狐の店を後にした。
その途端に京狐の周りに人が集まり出し行列ができた。先ほどまで抑えていた妖力を解放した京狐は、引き寄せられた人々に両手の平を見せ
「さぁ、順番に何でも見たるよぉ。恋愛、仕事、博打運、ついでにいつ始まり、いつ死ぬのかを」
そう言って水晶に両手を置いた。人々は魅了され目が眩んでいたが、水晶に映っていたのは黄金の羽を羽ばたかせる蝶だった。
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