第18話 急報

 トルマチェフを紹介され、なし崩し的に政治将校となる未来が約束された次の日。

 緊張しながらカーロッタ姉妹は、彼女を待っていた。



「改めて、風紀委員長国家保安コミッサール総監のトルマチェフよ。アカデミーを経ずに実戦に立とうというのですから、地獄のトレーニングを課します。覚悟しなさいね!」


「望むところです!」


「私も精一杯がんばります!」


「はい、良い返事ね。政治将校になるからには、党の成り立ちとイデオロギーについて理解しなければならないわ。そうして得た知識を、この世界に伝播していくのが、あなたたち姉妹の使命よ」


 お下げをぶわりと逆立てさせてトルマチェフはすごむが、姉妹はまっすぐとその目を見返して返事をした。

 これは拾い物かもしれないと、トルマチェフはスターリンの慧眼に心服するのだった。



 その日から、濃密な教育が始まった。当初、カーロッタは勉強に根を上げないか心配されたものの、持ち前の根性と、トルマチェフの教育手腕によって、めきめきと成長した。

 ルーシヴィアは言うまでもない。トルマチェフをして舌を巻くほどの成長ぶりだった。



 いまでは資本論をある程度解するようにまでなっている。———ちなみに、スターリンはあまり理解していない。

 なお、風紀委員という呼び名は俗称で、スターリンが冗談半分で呼んだのが定着したらしい。





「楽しみだね、お姉ちゃん」


「私は昨日眠れなかったよ」



 その日、姉妹はソ連国内を案内されることになっていた。

 実は、姉妹はソ連に来て以来クレムリン宮殿から外に出たことはない。これは、ベリヤが防諜に気を使ったからだ。万一、魔法の素養のあるルーシヴィアが、未知の魔法によって外部に情報を漏らすのを嫌ったからである。

 


 なので、宮殿の外に出るのはある程度教育が終わってからとなっていた。これには、スターリンも同意している。EWC時代も、錬金で作成した新たなNPCは、適正に見合った教育を経てから実戦に配置されていたからだ。



 そのはずだった。厳しい顔をしたトルマチェフが入室してくるまでは。



「偵察に出ていたブジョンヌイから緊急の連絡を受けたの。貴方たちのいた奴隷商はアルノーという名前で合ってる?」


「その通りです」



 忌まわしい名前を言われて顔をしかめながらカーロッタは答えた。そしてその後に、続く言葉に驚愕した。



「アルノーの奴隷すべてが辺境伯により処刑されるようね」


 

 息をのんだ。



「安心しなさい。まだ時間はあるわ。すでに作戦は策定されているけれど、現地民のあなたたちの協力が欲しいわ。STAFKA司令部に来てくれる?」



「はい!」



 この頼もしいソ連ならきっとなんとかしてくれるはず。そう自分に言い聞かせながら姉妹はトルマチェフについていくのだった。

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