閑話 奴隷商人の顛末②

「すべてもらい受ける」


「は? 今なんと……」



 ルブレスタ辺境伯の居城。その謁見の間で、アルノーの間抜けな声が響いた。護衛騎士に睨みつけられ、震え上がるがそれどころではない。



「繰り返すが、貴様の奴隷をすべてもらい受ける」


「おおお、お待ちください。いくらなんだもご無体な……」


「貴様あ! 辺境伯様に楯突くつもりか!」


「め、めっそうもございません。しかし、私共にも生活がありまして、あのえっと」



 護衛騎士に凄まれてしどろもどろになるが、アルノーとしては引き下がるわけにはいかなかった。いくらなんでもすべての商品を供出しろとは理不尽である。



「理由を聞きたいか? 罪人だからだ。私の所有物を逃した貴様の罪は大きいが、畜生ごときに逃げられた私の面子をいかんとする。貴様の首か?」



 ひえっ、と情けない声をアルノーは上げる。想像以上に辺境伯の怒りは大きいようだった。これが貴族のプライドというやつかと身が震える。が、その様子を見た辺境伯は一転して優しい声音で問いかけた。



「罪は償わなければならない。しかし、貴様が罪を贖わぬというのなら、代わりが必要であろう、ん?」



 ここまでおぜん立てされれば、アルノーとて察せられた。覚悟を決めるしかなかった。



「なるほど。獣人どもの連帯責任ということですな。畏まりました。罪人は引き渡さねばなりません」



「物わかりの良い商人でよかったぞ。布告をしたのち、すべての奴隷を罪人として処刑する。家畜にふさわしい舞台を用意しよう」



「……これで逃げようとする奴隷はいなくなりましょうな。いやしかしなんと果断な」



「ははは、そのような顔をするな。なに、渡せというても、只でとは言わぬ。貴様の目利きは確かなのは、確認済みだ。今回は運がなかったようだが、次の奴隷狩りを担当せよ。それで判断しよう」


「ははっ」


 

 典型的な飴と鞭——アルノーの頭脳は高速で算段を付ける。辺境伯の奴隷狩りは有名である。そして、その実入りの良さも有名であった。それを一任され、成果次第では立身の道も開けるのである。

 このあたりが落としどころなのかもしれなかった。



「ただ、次の狩場のあたりに最近妙な影があるらしい。少数の騎馬兵のようだが、流れの夜盗かもしれぬ。気をつけよ」



 そういいつつも、辺境伯はさして心配はしていなかった。頻繁に出没する騎馬兵が、広域にわたって出没している。報告からするとまるで偵察行為のようであり、多少の訓練を受けた野党であろうと判断していた。

 いつもよりも、多めの護衛を派遣し、あわよくば野盗も刈り取る心算である。



 その後、念入りに準備をしたアルノーたちは、意気揚々と進発し————誰一人帰ってこなかったのだった。

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