閑話 奴隷商人の顛末①

「おのれ、カーロッタにルーシヴィアめ。奴隷の分際で私の顔に泥を塗りおって!」



 恩を仇で返すとは所詮は畜生風情か。



 領都ルシュタージュ——帝国では単に北方辺境都市と呼ばれることが多い——の奴隷商人アルノーは、憤慨していた。

 手塩にかけて育てた獣人奴隷に逃げられたからだ。

 コストをかけた商品の損失だけでも大損害だが、それ以上に問題だったのが、その商品がすでに予約済みだったことである。そして、その出荷を直前に控えての事件であった。



「会頭、ルブレスタ辺境伯から詰問の使者が来ておられます」


「くそが!」



 顔を青ざめさせた部下からの知らせに、思わず悪態をついてしまう。

 

 

 ——それもこれもあいつらのせいだ。

 


 奴隷狩りからカーロッタとルーシヴィア商品を仕入れたのが5年前。労働奴隷にも性奴隷にも使うことのできない子供を、捨て値で買った。


 

 アルノーには人を見る目に自信がある。この眼力でもって、なりあがってきたのだから、その自負は大きいものである。ある種のスキルだと本人は思っていたが、鑑定をしたことはない。情報漏れを恐れたからだ。

 そうして、安い奴隷を目利きでもって買いたたき、教育を施して高値で売りさばく商売によって、成功を収めてきた。



 その中でも、カーロッタたちは目玉商品として、大商いをする予定だった。そして食いついたのが、なんと辺境伯という大物である。御用商人の話まで出たのだから、アルノーの喜びようは周囲が引くほどだったという。

 だからこそ、アレの脱走は青天の霹靂だった。



「身の程を知らぬ家畜どもめ。生きていれば、その罪を体に覚えさせたものを」


 

 できれば生きたまま捕えたかったが、あの不毛地帯に逃亡してからずいぶん経つ。もはや生きてはおるまい。もちろん、周辺の村落にも手のものを向かわせてあるから、死亡は確実と思われた。



「会頭、いかがなさいましょうか」



 部下の再びの問いかけに夢想を頭から取り払う。今は、辺境伯への対応が急務である。すでに商品は紛失した。目玉商品こそなくなったが、ほかにも商品はある。

 賠償として商品が何人分必要になるかはわからないが、交渉するしか活路はなかった。

 しかし、使者に会うと、そのまま辺境伯の居城へ釈明するように申し付けられる。



「準備の余地すら許されぬとは。辺境伯はそれほどお怒りか。いや、それほどのやり手ということか」


「私の口からは答えかねます」



 使者は何も答えない。断頭台に行く面持ちでアルノーは城へ赴くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る