第17話 トルマチェフ国家保安コミッサール総監
ベリヤは内心で安堵の吐息をついた。
(姉妹の処遇に異を唱えずに正解でした)
ベリヤの本心としては、姉妹をKGBに入局させスパイとしたかったのだが、反対意見を述べる前に思いとどまってよかった。
ベリヤは小心者だ。
ベリヤは臆病者だ。
ベリヤは狂信者だ。
つまるところ、スターリンの不興を買うことを極度に恐れている。
スターリンの話によると、ルーシヴィアたちを手厚く遇するようにと言っているのだから、命の危険のある軍に入れることなど考えもしていなかった。
今まで辛い思いをしてきたのだから、平穏を手に入れて欲しいと願っていたのである。
ためらいなく人民を使い捨ての駒としてきたスターリンらしくない采配であり、自分たちと異なる特別扱いを遇している姉妹に嫉妬を覚えなくもない。それでも、表には出さない。スターリンに嫌われたくない。
まあ、転移後なぜか丸くなった感じのするスターリンである。ベリヤにも優しい言葉をかけてもらったことで、彼女は最近機嫌がよかった。
(ああ、でも以前の冷酷な書記長もあれはあれでよかったわあ)
ベリヤは変質者だった。
そこにきての、ルーシヴィアの直談判。
当初こそベリヤを含めた首脳陣は激怒していたが、上機嫌のスターリンを見て手のひらをくるりと返していた。
今では、笑顔で姉妹を激励している。
特に、ジューコフは満面の笑みだ。
てっきり怒られるかと思いきや、姉妹の教育成果に褒められたのだ。
スターリンはルーシヴィアたちにソ連を褒めちぎられたのがよほど嬉しかったらしい。
ベリヤは歯噛みした。スターリンは、おそらく赤軍入りしたのちジューコフに教育を任せるつもりなのだろう。しかし、元帥のジューコフが直接彼女たちを連れまわすことはできない。それに気づいていないはずだ。
そして、ジューコフにそれを任せることのできる人脈がないことも知っていた。
ゆえに、自らのシンパを充てるように進言しよう――そう思っていたのだ。
だが、話は妙な方向へと向かっていた。
★
ジューコフは安堵の吐息をついた。
「よかったですね、二人とも。私も嬉しく思います」
――よかった、私の責任問題にならくて。
ちらりとベリヤを見ると、同じく安堵していた。惜しかった、と思う。
ベリヤの性格ならあの場でルーシヴィアを糾弾したはずだ。だが、スターリンの支持を得られぬと悟って黙っていたのだろう。どうせなら、口を挟んで失敗すればよかったのにと思う。
まあなんにせよ、可愛い後輩ができたのだ。それを喜ぼう。
「ありがとうございます。ジューコフさん」
「コラ、これからは同志と階級とつけないとね」
「あ、はい! すみません。えーと……」
「ありがとうございます。同志ヴァシレフスキー上級大将。同志ジューコフ元帥、これから、よろしくおねがいします」
「よろしい、同志ルーシヴィア。同志カーロッタはもう少しお勉強もしないとね」
嬉しそうに笑うルーシヴィアたちとヴァシレフスキーをみて、にこやかにジューコフは笑みを浮かべるのだった。
しかし、彼女が当初危惧していた通り、教育を誰に任せるかという問題もある。実はアカデミーに入れるという選択肢もあったのだが、それ以上に赤軍で戦いたいという志が強いようだったので、彼女は困っていたのだ。
このままではベリヤ閥に担当を任せることになるかもしれない。
どうすればよいかと頭を巡らせていたのだが――。
「私がトルマチェフ国家保安コミッサール総監です。立派な政治委員となれるよう、私が教育してさしあげます! べ、別にあなたのために来たわけじゃないんだからね!」
スターリンが呼び寄せた
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