第16話 僕と契約して政治将校になってよ

 ルーシヴィアとて分かっていた。偉い人に直談判することの危険性を。それこそ奴隷時代は、主人に話しかけることすら鞭を打たれる理由になったのだから。


 それでも、戦いたかった。あの演説共産党宣言を聞いてからずっと胸の内に熱い炎が渦巻いている。

 勝算もあった。ソ連の人たちはトップである書記長をとても恐れているようだったし、リディア曰くとても恐ろしい人物らしい。

 

 眉一つひそめることなく敵を殲滅し、まるでゲームでもしているかのように戦争を指導する。書記長にとっては、戦争は芸術ゲームに過ぎないと言っていた。

 100万人の死は統計上の死に過ぎないと豪語していたらしいから、確かに恐ろしい人物だ。


 なぜか、リディアは恍惚とした表情だったが。


 それでも、スターリンは本当はもっと親しみやすい優しい人物だと思ったのだ。昔よくしてくれた近所のおじさんのように、ねだればある程度融通をきかせてくれそうだという打算もある。



「結論から言おう。君たちを赤色陸軍に入れるわけにはいかない。少年兵制度はないからね」



 いまだに食べなれない贅沢なお菓子――今日はチョコレートケーキという素晴らしい一品だった――を談話室でつつきながら、真剣な顔でスターリンが言った。

 なお、ひげにチョコレートがついていたのをカーロッタが指摘しそうになったので、ルーシヴィアが足を踏んづけて慌てて止めた。



 そう。あまり広くない談話室には大勢が詰めかけている。会談前に駆け付けたジューコフから怒りの波動を感じたときは本当に申し訳なく思ったし、多かれ少なかれソ連の幹部たちがルーシヴィアの直談判を快く思っていないのも感じていた。


 だめだったか、と諦めが胸中に走った隙を縫うかのように「だが」と言葉が続く。



「政治将校としてなら迎え入れる用意がある」


 

 その瞬間周囲がどよめいた。周囲の顔を伺うと皆驚愕の表情を浮かべている。想定外の事態らしい。政治将校とはいったい何なのだろうか。

 将校というのだから、偉いのだろうか。

 不安に思いながら説明を待った。



「政治将校というのはだね――」


 彼の説明によると、政治将校とは革命初期に一時だけ存在していた制度らしい。まだ兵士の質が低く、士気を鼓舞したり、党の理念を浸透させるために用いられたそうだ。 


 やがて軍が体裁を成してくると、指揮権の二分など悪影響が出始めたため廃止された経緯がある。

 それを復活させよう。そういうことらしい。


 ルーシヴィアはやがて出来るであろう現地革命軍の教育を任されるのだろうと正確に理解した。隣のカーロッタは勉強はいやだなあと残念な理解をした。

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