第5話 憤るジューコフ

 話は少々未来のことになる。スターリンの衝撃的な演説を受けて、ジューコフの心境にも変化が生じていた。


 ジューコフは強い憤りを覚えた。彼女は祖国のために戦ってきた。

 いや、より正確には万国のプロレタリアートの楽園を築くために戦ってきた。

 資本主義、帝国主義者やファシストどもと戦ってきた。



 しかし、人種差別や貴族制度、奴隷制度と戦うことはなかった。

 そんなものは知識としては知っていても、見聞したことはなかった。



 もちろん、これには訳がある。子どももゲームに参加している以上、旧世紀の悪習が教育に悪影響を与えることを、ゲーム業界が恐れていたからだ。

 VRゲームは、仮想現実の名の通り、現実とほぼ変わらない世界である。

 そこでの経験はあまりにもリアルすぎたため、たとえば暴力的なゲームをプレイした子どもが、粗暴な性格になる可能性があった。差別的な表現も同様である。



 ゆえに、VRゲームには様々な規制や暗黙のルールがあるのである。EWCも同じで、露骨な奴隷制度や種族差別、身分差別といった「教育に悪い」表現はNGだった。



 ジューコフは、姉妹の話を聞くにつれ、人種差別も貴族制度も奴隷制度も、その実態の醜悪さにめまいを覚えるほどだった。



 これでは、我々の敵だった帝国主義者やファシストの方がずっとマシだった。

 少なくとも彼らは、市民の支持が国家の運営に不可欠だと認識している。


 資本主義の方が貴族主義よりもまだ労働者や農民に優しかった。

 少なくとも資本主義は、生まれや出自に左右されない機会の平等を謳い文句にしている。



 ジューコフの憤りは止まらない。


(ビーストだからと差別され、平民だからと搾取され、あげく子どもを奴隷にしようとするなんて。信じられません! この世の悪を煮詰めたような世界ではないですか!)


 だからこそ、最高会議人民委員会議を受けたでのスターリンの演説が嬉しかった。

 この哀れな姉妹のような圧政と差別に苦しむ人々を救う。



 これこそ、共産主義の理念ではないか。

 共産主義の理想のために、400年間戦ってきたジューコフである。彼女にとって、この世界の悪しき秩序を破壊し、革命を輸出することは、何にも代えがたい崇高な使命だと思えたのだ。



 もともとは世界革命論には反対だったが、今はそんな自分を恥じている。奴隷を解放するためには、革命の輸出が必須なのだ。そう信じ込んでいた。

 400年間のイデオロギーをあっさり変えた柔軟性というか不自然さには気づいていない。手のひらくるくるである。



 要するに、スターリンのいったことは絶対。それだけである。これに気付いたスターリンは頭を悩ますことになるのだが、それは別の話。


 奴隷を解放する。哀れな姉妹を救う。だからこそ――。


「認めません」


 ショックを受けて悄然とした表情の顔のカーロッタに心を痛めながらも返答したのだった。

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