第二十六頁 覚醒
周りが真っ暗な世界に立っていたポロンの目にはぼんやりと光に包まれた女性が映っていた。
『祝炎の子よ。貴殿の勇気を示しなさい』
『どういうことだ?』
『示した勇気こそ貴殿の覚悟であり試練の資格そのもの』
ポロンの疑問に答えは無い。
……いや答えたのかもしれないがポロンには理解できない。
『それがあればレルを救えるのか?』
『然り。今回は試練に挑戦する資格として貴殿の命を徴収します』
『分かった』
ここでやらなければレルを救えない。
命を天秤にかけられても此処で引く気は一切無かった。
『では盟約に従い、始めましょう。貴殿の第一の試練を』
「……うっ」
目覚めたポロンが辺りを見回すとそこは王都ではなかった。
「何なんだよ……これ……?」
上体を起こしたポロンの目に映ったのは燃え盛る炎だった。
先ほどソフィが倒した悪魔のような雰囲気を持つ異形の生物達が逃げ惑う人間を手掴みし、掴んだ人間を炎の中に投下した。
炎の中から悲鳴が聞こえてくる。
ポロンは怪物の行っていることを理解した。
人を薪代わりにして燃やしているのだ。
なぜ火を
空へと上る無限の黒煙は青く染まるはずの空を黒く塗りつぶしている。
怪物から逃げ続ける人々は自身が助かるために周りを蹴散らしていった。
極限状態によって現れる生存欲求に従う人類は獣に退化していた。
蹴散らされた人々は勿論、蹴散らした人も最終的には別の怪物に捕まり、その身を炎に焼かれ灰となる。
怒号や悲鳴、様々な音がこの景色をより鮮明に、かつ絶望的に彩っていく。
この光景は地獄と呼ぶに相応しかった。
「あっ……あぁ……」
人の死を目の当たりにしたことが無いポロンにとって当然のことながらこの景色は刺激が強すぎた。
腰が抜けてしまい、更に顔が涙でクシャクシャになっているために逃げることも出来なければ声を上手く発することも出来なかった。
そんなポロンに一体の怪物がギロリとその眼を彼に向けた。
次はお前だ、と言わんばかりに巨大な手がポロンに近づいてくる。
ポロンは死を覚悟しその目を閉じた。
瞼の裏で映像が流れる。
一周回って落ち着きを取り戻したポロンは、これが走馬灯かと他人事のように考えていた。
彼自身、忘れていたはずの両親の失踪。
親父に拾われ荷運びの職員として過ごした日々。
自身の憧れを追い求めるために決心したあの日。
短いながらも楽しかった王都への旅路。
レルとの建国祭。
ソフィを担いで走った王都への道。
そして目の前で倒れているレル――。
――俺はレルを助けるんじゃなかったのか……?
ポロンは忘れていた自身の目的を思い出した。
今、彼がやるべきことは全力を尽くすこと。
生き残り、あの怪物を倒すことが彼女を救うと信じて。
ポロンが再び目を開けると怪物の手が彼を掴むべく握りかけていた。
走馬灯だったからか時間は経っていないようだった。
目的を明確にし、覚悟を決めたポロンの両足は震えているもののしっかりと大地を踏みしめていた。
ついさっきまで腰を抜かしていたが幸いにも彼の腰は正常に動いてくれた。
彼は跳躍し魔の手から逃れることに成功する。
涙を拭い、怪物を見据える。
『勇気を示し祝炎の子よ』
再び女性の声がポロンの耳に届く。
ポロンは怪物を警戒しながら声に耳を傾ける。
『貴殿は我が求めし資格を示しました』
どうやら、怪物は襲ってこないらしい。
いや、動いているのはポロンだけ、時間が止まっているようであった。
警戒を少し緩め、言葉の続きを待った。
『盟約に従い、この力を授けます。この力を用い、目の前の脅威を退けなさい』
そこで声が途切れた。
ポロンは右手を掲げる。
無意識のうちに彼は発動していた。
地獄を救う太陽の炎〈
「……いくぞ。化け物共!」
ポロンは地を蹴った。
「グギャアアアァァァァァ!!!」
まさかポロンが攻勢に出ると思っていなかった化け物はその拳を地に打ち付けた。
直感的に危険だと感じたポロンは一旦、距離をとる。
直後、怪物の正面に土の塊で作られた戦斧が地面から現れる。
あのまま突っ込んでいたら衝突していただろう。
最悪、そのまま戦斧を斬りつけられていたかもしれない。
ポロンはその戦斧に〈光冠〉を放った。
その行為に意味があるかどうかは彼には分からない。
ただ彼の本能はこれで良いと確信していた。
その確信を裏付けるように炎が戦斧を包み込み、次第に斧は崩れ落ち土に還る。
更に炎が未だ足りないと怪物をも包みこみ、ものの数秒で灰と化した。
「すげえ……」
そう、ただ〈光冠〉を放っただけである。それがもたらした結果にポロンは驚いた。
『その炎は全ての現象を超越する魔法です』
「……現象の超越?」
『いずれ分かる時が来ます』
「あと資格って何だよ」
そもそもポロンは何故あのタイミングで試練攻略と認められたのか理解していない。
『陽が生みし奇跡を操る為の鍵です』
「どういうことだよ」
『時間がありません。その炎を開放しその世界を救いなさい。さすれば試練は終わり、望む未来へと運命は定まるでしょう』
再び声が途切れる。
「……あーもう分かったよ! やってやるよ! いつか説明してもらうからな!」
叫びが相手に届くことは無い。
今はレルを救うためにサクッと終わらせよう。
慢心してヘマを犯さないように注意だけは怠らなかった。
「うっ……」
試練を終え、目を覚ましたポロンは上体を起こす。
「ポロン! 目覚めたか!」
「ごめんソフィ、レルは?」
「侵食の進行を何とか遅らせておるが依然危険なままじゃ」
「分かった。後は俺に任せてくれ」
「……手に入れたのか?」
状況から答えは分かっていたがそれでも問わずにはいられなかった。
「ああ」
何を? と訊き返さず、しっかりと頷いてみせたポロンを見てソフィの腹は決まった。
「よし! 任せた!」
ソフィに任せられたポロンは〈光冠〉を放つ。
レルを包んでいた黒い魔力は黄金の炎によって燃えていく。
「……これは驚いた魔力を燃やしておる」
神格は信仰によって得られる魔力によって維持される。
魔力が無くなってしまえば神格は維持できず消滅する。
これであれば体を乗っ取るという二次災害を考える必要は無い。
更に言えば魔力を燃やす炎のため人体が焼ける心配も無い。
「全ての現象を超越する魔法らしい」
「なるほどのう」
二人はレルを見守り続けた。
こうしてクーデターは終わりを向かえ、長い長い一日は終わりを告げた。
一部始終を見続けた上空のフードの男は気味の悪い笑みを浮かべる。
「フハハッ! まさか神格を消し去るとは……ポロンか。これはとんだイレギュラーが現れたな」
フードの男は悩む仕草をする。
だがそれもわずかな時間であった。
「まあいい。此方は貴重なデータが手に入った。目的は達成できたというわけだ。次を楽しみにしてるぜ? 管理者さん?」
フードの男は背後に出現した黒い穴を通って姿を消した。
三日後の朝。
「……んっ」
「おはよう」
椅子に座って本を読んでいたポロンは目覚めたレルに微笑んだ。
「ポロン? ここは?」
「宿屋だよ。気分はどうだ?」
「大丈夫だと思う」
「そうか。ご飯は食べれそう?」
「うん。お腹ペコペコ」
「そりゃあ丸々二日も寝たらお腹も空くか」
「……私、そんなに寝てたの?」
「ああ、かく言う俺も丸一日寝てた。ソフィに『寝すぎじゃ!』って怒られたよ」
ポロンはソフィが用意していたお腹に優しい食事を渡す。
「ありがと。だったら私はもっと怒られるね」
「それは無いと思う」
「えっ?」
「世の中、『差別じゃない、区別だ!』っていう言葉があってだな」
因みにポロンが言いたいのは女性に甘く男性に厳しいという世の理不尽についてだ。
「はは……、そう言えばソフィは?」
一応、正確に理解したレルは苦笑いしつつ、この場にいないソフィについて訊いた。
「ソフィならお城に向かってる。何でも王様と話すことがあるんだってよ」
「へえ……」
直後、ガチャリとドアの開く音が響いた。
「ただいま。おお、お目覚めのようじゃの、レル」
「おはよう、ソフィ」
「おはよう」
ポロンは内心でやはりかと思った。(レルに対して怒らないことである)
「早速で悪いんじゃが城に行くぞ」
「行って来たんじゃないのかよ」
「そうなんじゃが、お主らにも来てほしいようじゃ」
「俺は構わないけど……」
ポロンはレルの方を向く。
レルの体を心配しての行動だった。
「私は大丈夫。でもご飯だけは食べさせて?」
「ゆっくり食べなさい」
「どうせなら少し早い昼食にしようぜ」
「ふむ、それもアリじゃの」
三日前とは一転、穏やかな一日が始まろうとしていた。
物語はここで一度、幕を下ろす。
彼らの冒険は始まったばかりだが、この旅記を記した彼女はこう言う。
「いつかまた、続きを記せたらのう」
未来を見つめる彼女の表情は柔らかいものだった。
死なない司書の長い旅記 【了】
個人的事情で無期限の休載に突入します。2章の途中まで進行していましたがこの頁以降は下書き状態にします。
「死なない司書の長い旅記」を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
死なない司書の長い旅記 深谷 春瑠 @haruru8142
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