第二十四頁 風と共に
「そんなっ……!?」
流石のシロでも表情が絶望に染まっていく。
「では私はこれで」
呪文が正常に作動したのを確認しカルスの最後を見届けた商人は黒い穴を通ってこの場から消える。
その動きにすらシロは気づけなかった。
(……どうなってるの?)
少しは落ち着いたのかレルは震える声でシロに問う。
(……分かりません。唯一つ言えるのは先ほど倒した龍とは比べ物にならない敵です)
(嘘っ……!?)
(私にはどうすることもできません……今は逃げます)
(……王様はどうするの?)
(……)
黙りこむシロ。
(まさか見捨てるの!?)
魔法を使って彼を救ったのだから見捨てたいわけではない。
しかし現状は自身の生死が危うい状況なのだ。
レルを説得するにも時間が無い。
最終手段で無視をするかと本気で検討したとき、二人に近づいてくる男が居た。
「君! 此処は危ないぞ!」
(おお、いいところにケリオスさんが)
(ケリオスさん?)
(近衛兵団の序列一位ですよ)
シロは走ってケリオスと合流する。
「ケリオスさん。私はソフィの使いです。お願いしたいことがあるのですが……」
レルとケリオスは初対面である。
混乱を生まないためソフィの使いと名乗った。
「お願いとは?」
「あそこに王様を安静にしているのですがあの怪物から逃げるために担いでいただけませんか?」
「了解した。ここは危険だ。急いで逃げよう」
即答したケリオスを案内し王様を担いでもらったシロはケリオスと逃げ始める。
融合して間もないためかまだ動く気配が無い。
今なら逃げれると全力で走った。
その直後。
「Gyaaaa!!」
悪魔が龍とは違う咆哮を上げた。
シロは内心でもう少し待ってくれと念じた。
こうなってしまったら全員生き残るのは難しい。
ギロリと此方に目を向ける悪魔。
(シロさん、私のことは考えなくていいからね)
(良いのですか?)
(王様はここで死んじゃだめだよ)
(……)
不服はあったが今は手段を選んでいられない。
「ケリオスさん! 先に逃げてください!」
「君は?」
「私が時間を稼ぎます」
「……そういうことなら私も残る」
「なっ!?」
「王とて民を見殺しにはしないはずだ」
腹をくくったとは違う表情を見せるケリオスは剣を抜き構える。
「……分かりました。援護は任せてください」
「ああ……そういえば名前を聞いていなかったな」
シロはレルに交代する。
「私の名前はレルヴィール・アルタレカです」
ケリオスは雰囲気が変わったことに驚いたが、つい最近同じようなことを見た覚えがあるのでスルーした。
「知られているようだが名乗っておこう。私はケリオス・ノートだ。頼んだぞレルヴィール嬢!」
ケリオスは悪魔に向かって駆け出す。
彼は薄々気づいていた。
目の前の敵は人を捨てた領域の者でしか勝てないと。
その人物が駆けつけることでしか生き延びる道は無いと。
「Gugyaaaa!!」
悪魔がゆっくりと近づいてくる。
人間を核としているからか、龍の時とは違って身体能力は常識外ではないようだ。
ケリオスは自身の剣で無防備な悪魔を斬った。
バキンッ!!
「何っ!?」
ケリオスが驚くのも無理はない。
斬った側であるケリオスの剣が折れたのだ。
相手が反撃、防御の意思を持って攻撃をしたのならば十分にありえる話だが悪魔はただ歩いていただけである。
刃を失った剣をケリオスは〈魔刃〉(文字通り魔力でできた刃である)で擬似的に復活させようとする。
(何故……?)
ケリオスの魔法は発動しなかった。
何度使っても霧散してしまう魔法に違和感を覚える。
(こいつの干渉が働いているのか?)
ケリオスは魔法に詳しくない、何が起こっているのかさっぱりだが眼前の悪魔が何かをしたと考えた。
その考えは妥当で正しい。
しかし、同じく魔法が使えなかったシロにとっては「何かをした」では済まされなかった。
状況から暫定的な答えを導き出したシロは戦慄を覚えた。
(まさか……神格が顕現していると言うのですか!?)
神格による空間の支配が魔法の発動を阻害する。
魔法を打ち消す手段はあるが全て個々に対するものだ。
範囲的に打ち消していることから、そうとしか考えられなかった。
神は人に信仰されて初めて存在できる。
生ある者、名を残した者も(後者は死後でも可)信仰されれば神として後世に語り継がれる。
この制度はどの神話でも通じることだ。
しかし、この悪魔に神格が宿るとはどういうことなのか。
ここでも鍵になるのは魔力である。
一般的に信仰を受ける神の例を挙げよう。
過去に述べたとおり、人間は常に微量ながら魔力を放出している。
人間が信仰心を発露することで(主に祈りを捧げること)魔力に特定の属性が付与される。
その魔力の蓄積が神格を生み出し維持しているのである。
『死して語れぬ遺志の代弁者となり森羅の定めを絶て』
カルスの唱えた呪文は物語っていたのだ。
「死して語れぬ遺志」とは戦死者と龍から溢れ出す魔力のこと。
「代弁者となり」で魔力に属性を付与させカルスが神格を得る。
「森羅の定めを絶て」は世界を壊せ、であろう。
これがシロの考え付いた内容だ。
(ここまで無駄を省いた綺麗な呪文にもかかわらず何故、定めを絶てなのでしょう)
そう、神格を得る条件が少なくとも生を持つ者か名を残す者という制約がある以上、定めを「絶て」ではなく「絶つ」というものでなければならない。
これでは神格を得る者と定めを絶つ者が別の存在となり矛盾が生まれる。
(融合したときに転生した……いや、これでは神格の引継ぎができないですね)
援護のできないシロには考えることしかできない。
もしかしたらこの呪文を考察することで光が見えるかもしれない。
そう信じて考察を続ける。
実はシロの考えは少し外れていた。
神格を得ていたのはカルスではない。
旧帝国皇帝だ。
そもそも王にあたる人物は神聖視されると言う性質上、神になりうる可能性は高い。
しかし王が神になることはありえない。
なぜなら王という単語には一位という意味を持っているからだ。(王と皇は意味が違うのだが、ここでは同じものとして扱っている)
言い換えれば人族の王は人族の一位である。
すなわち王は人間でなければならないのだ。
神が神族の国を統べるという状況でない限り、神が王たり得ることはない。(例外として人間宣言前の天皇が挙げられるが実質的統治者は幕府や内閣のように人間だ)
ならば旧帝国皇帝が神格を得るというのは矛盾が生まれてしまう。
当然だ。今までの話は全て生前が前提である。
死後、後天的に神格を得るのであれば矛盾は生まれない。
人間が統治していたという事実が残っているためだ。
皇帝が神格を得るという矛盾が解消した所で過程を説明しよう。
「死して語れぬ遺志」はシロの推測どおり死者たちの魔力。
「代弁者となり」によって魔力に皇帝の属性を与え、皇帝に神格をもたらす。
神格を手に入れた皇帝は死の概念が無くなり、化身(この場合カルス)を介して世界に対する干渉権を得る。
「森羅の定めを絶て」は皇帝が悪魔に神格を譲り渡したのである。
まとめると膨大な魔力を使って神格を創り皇帝を経由して悪魔が神格を得たということだ。
回りくどくしたことにも理由がある。
カルスは神格を得る条件を満たしていなかったのだ。
彼は皇帝のことを神のように思っていた。
神になる以上、信仰される存在でなければならない。
信仰する人間には資格が無いのだ。
故に一度、皇帝に神格を付与し眷属に神格を与えるという工程が必要だったのである。
しかもカルスを核としているため悪魔には皇帝の眷属の資格が引き継がれる。
資格を引き継いだ悪魔に神格を与えることが可能になる。
こうして現在の状況となった。
考え続けるシロには情報が無い。
ここまで考察を深くすることができない。
謎は深まる一方だった。
当然のことながら時間は無限ではない。
シロは考察を諦めた。
(神格を持っていることが分かっただけでも良しとしましょう)
シロがケリオスの様子を確認すると彼は武器の無い中、必死に避け続けていた。
二本足で立っているならば重心を無視することはできない。
ケリオスは悪魔の重心を操り続けた。
(コイツの重心を支配し続ければ動きを予測できるはず……)
操ることはさして難しいものではなかった。
相手がカルスであれば無理であったが目の前の悪魔はどうやら知性を備えていないらしい。
時間なら稼げると考えた。
実際に赤子扱いできているのがその証拠だろう。
だが体力と集中力は無限ではない。
専守防衛を貫いているケリオスに綻びが現れる。
(しまった……!)
ただでさえカルス相手に多大な体力と集中力を削っていたのだ。
足が縺れてバランスを崩す。
如何に知性が無いとは言えこの隙を見逃してくれる相手ではない。
悪魔の左腕がケリオスを薙いだ。
「グハッ……」
(ケリオスさんっ!?)
レルの意識が叫ぶ。
シロの額には脂汗が流れていた。
城壁まで飛ばされたケリオスの意識は無かった。
ぐったりした様子を見て興味が失せたのか悪魔は追撃をせずにシロの方を向いた。
ゆっくりと歩みを進める悪魔を止められる者はもう居ない。
魔法が使えない現状、ただの人間に成り下がったシロとレルは抵抗すらできない。
シロの正面で歩みを止めた悪魔が右腕を振り上げる。
今度こそ終わったと目を閉じる刹那。
「うわあああああああぁぁぁぁぁ!!」
何かが悪魔を弾き飛ばした。
二つの影は風と共に現れた。
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