第二十三頁 悪魔降臨
(う……ん)
真っ暗な世界でレルが意識を取り戻す。
全身の感覚が無く寂しい世界だった。
(目覚めましたか!)
聞いたことのある声が響く。
この声はそう、シロの声だ。
ならばこの世界は死の世界ではないのだと確信する。
(龍は……?)
誰何が先決だったのかもしれないが彼女の記憶は〈
気になってしまうのも仕方の無いことだろう。
(ガフスト王が倒しました)
(良かった……シロさんは今、何をしているの?)
(申し訳ありませんが今から神経共有を再開するので自分の目で確認してください)
(分かった)
神経を全て遮断されているらしい。
どうりで全身に感覚がないわけだ。
(くれぐれも取り乱さないでくださいね)
どういうこと? と訊く暇も無くレルの主体精神が視界を取り戻す。
(えっ!?)
レルはその光景に驚くがシロの「取り乱すな」という言葉のおかげで落ち着きを取り戻した。
彼女の目に映ったのは魔法を使っている自身の腕と全身に火傷を負ったガフストであった。
(現在、重症を負った王に高位治癒魔法を行使しています。集中力を使うので緊急時以外話しかけないでください)
(はっはい!)
説明を省いてまで自身の目で確認しろ、取り乱すな、というおかしな指示はこの為だったのかと理解する。
レルが目覚める前に何とか一命は取り留めたものの、このままでは間違いなく後遺症が残るだろう。
そうならないためにシロが全集中力、全知識を稼動させて治療する。
何とか目処が立ちそうであった。
「カカカ! いいねいいねいいねえ!!」
「くっ……」
ケリオスとカルスの一騎打ちはカルスが優勢であった。
すぐに決着をつけたいケリオスと時間稼ぎを目的とするカルス。
このスタンスの違いが彼らの戦いに影響を与えていた。
つい先ほど、すぐに終わらせると啖呵を切ったケリオスは受けに回ってしまっている。
「もっと俺を楽しませろォ!」
狂気の中に見える笑みがカルスの気味の悪さを強調する。
剣を交えていると龍の咆哮が聞こえてきた。
(早くコイツを何とかしないと王が……)
咆哮を聞いて更に焦りが強くなる。
そもそもこの二人の実力はかなり拮抗している。
実力差があって初めて時間調整が出来るのだ。
無理をして放つ攻撃は全て見切られ、そこから生まれる焦りがケリオスに無理を強要する。
完全に悪循環に陥っていた。
対するカルスは有利状況にもかかわらず表情を曇らせる。
「……あーりゃ。これは不味いな」
彼は距離を取って咆哮が上がった方を向いて呟いた。
「そうですね」
ケリオスでもカルスでもない第三者がそれに答えた。
「何だ貴様はっ!」
ケリオスが急に現れた男に問う。
「彼らに力を貸した、しがない商人ですよ」
フードを被った得体の知れない男が情報量の少ない自己紹介をする。
カルスに似た、しかし全く別の異質な笑み。
ケリオスは背筋が寒くなった。
恐怖を知っている彼はこの感覚が恐怖ではないと断言できる。
しかし、どうしても言葉で表現することができなかった。
「ショーニン、お前がここに居るってことはそういうことだと考えていいんだな?」
「ええ、兵は全滅。先ほどの咆哮は断末魔です」
「……ここまでか」
カルスは名残惜しそうに上空を見上げる。
そこには死者を悼む意味が含まれていたとケリオスは気づいた。
「どういうことだ?」
しかし次の行動を予測するには情報が足りなさ過ぎた。
「お前との遊びは終わりってことだ」
カルスは商人の方を向く。
「良いんですか?」
「ああ、そういう予定だろ? 覚悟はできてる」
「では向かいなさい」
カルスの目の前に黒い穴が現れる。
「待て!」
何処かへ向かおうとするカルスを止めようと動き出すがもう遅い。
「楽しかったぜ」
さっきまで殺し合っていたケリオスに最高の笑顔を残し、カルスは穴を潜り抜けた。
ケリオスが周囲を確認すると商人までも姿を消していた。
「……一体何が起こると言うのだ?」
不穏な予感がしたケリオスは急いで王の元へと走り出した。
「……ふう」
袖で汗を拭うシロは指示通り黙り続けているレルに身体の支配権を返した。
(終わりました)
(お疲れ様です! えっと王様はどういう状況なんですか?)
(後遺症が残らないよう手を尽くしました。あまりにも酷い火傷でしたので痕だけはどうすることもできませんでしたが、これまで通り生活できるでしょう)
本来、高位治癒魔法を施したとしても生死をさまよう程、危険だったはずなのだ。
人間の神経を再構築するというレベルの高すぎる治療ができたのは現在の状況のお蔭である。
レルとシロが一つの身体に共存している為、無神経の内に動かしている筋肉や器官をレルに任せ自身は文字通り全神経を治療に尽くすことができた。(例え意識を失っていても心臓などは動き続けるように無意識領域をレルに任せても問題なかった)
しかもすぐに治療を開始できたため難度も幾らか抑えられている。
本当に運に恵まれていた。
(これで終わりでしょうか……?)
ようやく一息つけたシロにレルが問う。
今はまだ戦の最中なのだ。
不安なのは仕方が無いだろう。
(最大の脅威は王の奮戦で討ち果たされましたから戦況は大きく此方に傾いたでしょう。時間の問題だと思いますよ)
しかし、この判断はいささか早すぎた。
倒れている龍の隣に男が急に現れる。
「あーあ、本当に死んでるな」
龍を見て呟いた男はレルの方へ向く。
「……あなたは?」
王国軍の人ではないのは身なりからして明白だ。
レルは臨戦態勢を取る。
「おいおいそう構えるなって、俺だって女の子を殺めたくは無い」
それでもレルは警戒を緩めなかった。シロの指示である。
「まあいいや。俺の名はカルス。親玉って言ったら分かるかな?」
「おっ親玉!?」
「そうそう」
レルの反応にカカカと笑いながら肯定する。
「一つ、質問に答えてもらっていいか?」
カルスはあくまで普通に質問をする。
「……」
「この龍は君が一人で倒したのか?」
レルが承諾をしていないにもかかわらずカルスは質問する。
この質問に答えてはいけないとシロはレルに指示をした。
現在の戦力を知らせてしまうことになるからだ。
「沈黙は金、雄弁は銀だな。まあ状況を把握すれば大体は分かる。龍に刺さっている剣、これは王サマのだろ?」
カルスは龍に刺さった剣を抜き放り投げる。
勿論、核は壊されているはずなので龍に変化は無い。
「君は見たところ無傷だから前衛は王サマで後衛が君だと予想がつく。死体が見当たらないことから戦力は少数で死者は無し、普通に考えて前衛は全員無傷で居られるわけがないから現在は何処かで治療してるんだろうな。どうだ? 当たらずとも遠からずってとこだろ」
この推測にレルは驚いた。
反応は一瞬であったがカルスにはそれで十分だった。
「話は変わるんだが君は逃げたほうが良い、今なら間に合う」
そう告げる顔は何処か寂しげであった。
「……どういうことですか?」
「今からとんでもない事を起こすんだよ」
「とんでもないことって――」
「死ぬぞ」
「――っ!?」
カルスの表情が一瞬だけ死神に見えた。
本物の死地を幾度も超えてきた彼の言葉と気迫がレルに恐怖を与え、足を小刻みに震わせる。
恐怖がもたらした足の震えはレルに尻餅をつかせる。
既に立つことすらできなくなっていた。
「あー悪いな。その足じゃもう無理か」
ばつが悪いとしか思っていないのか頭を掻くカルス。
この謝罪は今の一瞬を意図して行ったと暗に告げていた。
「巻き込んですまねえな。じゃあ先に逝くわ」
そうレルに告げたカルスは龍の砕かれた核に触れる。
『今こそ此処に収束せよ』
(不味い! 申し訳ありませんが勝手に変わりますよ!)
カルスが発生させた魔法陣を見て直感的に危機を感じたシロが強引にレルの身体を奪い取る。
何が起こっているかは分からないが本能が警鐘を乱打する。
逃げた方が良いかと脳裏をよぎったが王や軍、自身を含め多くの人が努力をしてきたのだ。ここで王都を見捨てるわけにはいかない。
シロは妨害しようと〈黒雷線〉を放つ。
しかし魔法はカルスに届く前に霧散した。
「させませんよ。
シロの魔法を打消し、彼女を白石と称したのは商人であった。
「くっ……今は構っている暇は無いのです。そこをどきなさい!」
「それは聞けません。ここで従えば彼の覚悟を貶めることになりますからね」
シロは万事休すだ、と思った。
『死して語れぬ遺志の代弁者となり森羅の定めを絶て』
鍵となる言葉を詠唱したカルスに膨大な魔力が集まっていく。
一人、二人分の魔力ではない。
百人単位の魔力だ。
一体どこからこれ程の魔力が集まってきているのか。
(まさか戦死者と黒龍から漏れ出している魔力を利用していると言うのですか!?)
シロが真実に辿り着くも時既に遅し。
カルスの身体に倒れている龍の殻が纏わりつく。
龍の殻に全身を飲み込まれたカルスの面影はもう存在しない。
変形が落ち着いたとき、シロの前に立っていたのは黒い人型の悪魔であった。
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