第二十二頁 英雄

 レルは龍について簡単に語った。

「なるほど、龍は自然現象の一つ……突然変異によって生まれた存在と言うことか」

「その通りです」

「では奴の魔力を削りきれば良いのか?」

 今までの説明からだと安直ではあるがこの発想に到るのは仕方がない。

「理論上は倒せますがその方法だと間違いなく削りきる前に此方がやられます……」

 膨大な魔力を削りきるのは二人だけという戦力からして無理がある。

「では他の方法が?」

「はい。龍も生まれが特殊とはいえ生物です。寿命があると同時に心臓も持っています」

「ふむ、人間の心臓を貫けば絶命するように龍の心臓を討てば良いのだな?」

 話の流れからして、この作戦しかないのは明白だ。

「その通りです。ですが私にも肝心の位置が分かりません」

 すまなさそうに顔を伏せるレルをガフストは手で制した。

「位置を探る方法は無いのか?」

「……王様の記憶しだいです」

 心臓を穿つことが作戦なのだから方法が無ければ大いに困る。

 しかし、ガフストの記憶によるとは一体どういうことなのか。

「先ほど龍が魔力を糧に生きていると説明しました。ですので龍にとっての心臓は魔力が最も集まっている所、核と呼ばれる場所です」

「ほう」

「その核は魔力が集まりすぎているので破壊されると魔力の供給が途絶え龍は動けなくなります。そのため龍も破壊されないように対策をしています」

「して対策とは?」

「堅い鱗で体表を覆い、体内では核の周りを覆うように骨が集まっています」

「なるほど……私が骨龍の不自然な箇所をを覚えていれば、その場所を突けば良いということか」

「そうです」

 レルはこくこくと頷く

「それなら場所は分かる。丁度、我々の心臓と同じ様な場所だな」

 その言葉を聞いてレルの表情がパッと明るくなった。

 これで目処が立ったのだろう。

 ガフストは何度か骨龍を実際に見たことがあった。

 骨の配置が不自然である場所というのはすぐに検討がついた。

「分かりやすい場所なのは運がいいですね。他国で眠っている龍の中には尾の付け根に位置するのもあるらしいですよ」

「後学の為に見ておきたいな……いかんいかん。今は目の前のことだ。やるべきことは分かったがどうやって破壊する? 先ほど〈雷槌〉を喰らわせたが見ての通りかすり傷一つ付いていないのだ」

 破壊できなければただの夢物語だ。

「それについても考えがあります」

「これは何とも用意周到で有り難いことだ」

 ガフストは素直に感心した。

「剣を貸していただけますか?」

「え? あ、ああ」

 ガフストは戸惑いつつも先ほど龍に対して向けていた剣をレルに渡す。

 レルは受け取った剣の刃に触れ目を閉じた。

 すると剣が輝き辺りを光で満たしていった。


 バタッ。

 何かが倒れる音がした。

 光が収まり王の視界に入ったのは倒れていたレルであった。

「レル君! 大丈夫かね!」

 危ないので剣を動かしてから揺すってみるが反応がない。

 意識を失っているようだった。

 そのように判断した直後、レルの瞳がパッと開いた。

「うおっ!?」

 ガフストが驚く。心臓に悪かったのは状況から見て言うまでも無い。

「申し訳ありません」

「レル君……?」

 言葉遣いは変わっていないが先ほどまでとは雰囲気が違う。

 まるで礼儀正しい少女から聖女に変わったようだった。

 ガフストはこの口調に覚えがあった。

「分かりませんか? シロです」

 ガフストの目には白い髪のソフィが重なって見えた。

「しっシロか! 一体どうして……?」

 ソフィと旧知であるガフストはシロの存在も知っていた。

原石ソフィの保険です」

「ではレル君の博識は君が?」

「いいえ、あの知識は彼女が元から持っていたものです。この作戦も彼女が必死に考えたものですよ」

 ガフストの言葉を頭を横に振って否定する。

「そうだったか……それでレル君は大丈夫なのかね」

「大丈夫です。ここからは私が引き継ぎますね」

「ああ、了解した」

「今、化身アバターは付与魔法を使いました」

「付与魔法とは意識を失うほどの魔法なのか?」

「いいえ。彼女が使った魔法は特殊なもので〈龍殺ドラゴンスレイヤー〉と呼ばれるものです」

「〈龍殺〉か。名称から察するにあの龍を倒すことに特化した魔法なのだな」

「ええ。勿論、あの龍を倒すための魔法なので彼女の許容能力キャパシティを大きく超えていました。意識を失ったのはこれが理由です」

 レルは魔術総覧という分厚い本をよく読んでいる。そのため〈龍殺〉という高等魔法の存在、魔法式を知っていたのだ。

 よもや実際に使うことになるとは本人も考えていなかったが。

「そうか。いづれにしても大丈夫なら良かった」

 微笑を浮かべたのもつかの間。

「グアアアアアァァァァァッ!!!」

 大きな咆哮が上がった。

「不味い、もう目覚めましたか……」

 できれば龍が目覚める前に全てを終わらせたかった。

 しかし急いだ結果、間に合わなかったのだ。仕方が無い。

「時間がありません。覚悟はできていますか?」

 シロがガフストの目を正面から見据える。

 ガフストは覚悟の強さを試されているのだと思った。

「レル君が頑張ったんだ。大人の男である私が頑張らなければ末代までの恥じゃないか」

 ガフストは笑みを浮かべ視線を反らさずにはっきりと答える。

 シロは大きく頷いた。

 ガフストはパシンと膝を叩き、中腰状態から立ち上がる。

「サポートは任せてください!」

 シロは魔法を放つ体勢を取る。

「頼むぞ、シロ!」

 ガフストは勝利へと繋がる、細い光を辿り始めた。


 ガフストが駆けて来るのを見つけた龍は怒りを露わにした。

「グギャアアアァァァァァ!!」

 驚くべきことに龍は咆哮を上げた後、オーラのようなものを纏った。

 比喩ではない。本当にオーラを纏っているのだ。

(詳しいことは分からんが魔力の塊と言っていたから魔力だろうか)

 知識欲を満たすのは後で良い。

 ガフストはそれ以上の思考を放棄して目の前のことに集中する。

「なっ!?」

 ガフストは自身の目を疑った。

 先ほどまで五十メートルはあった距離が一瞬で無くなっていたのだ。

 人間が〈アクセル〉を使えば有り得ないことではない。

 しかし相手はあの黒龍だ。

 空気抵抗もあるだろう。

 その巨体が五十メートルの距離を瞬間移動するのは考えられない。

 更に今の一瞬はのである。

 そんな常識外れな動きをした黒龍は尻尾でなぎ払うようにその身を回転させた。

 あまりに速すぎて受身すら間に合いそうになかった。

 ガフストに尾が当たる寸前、目の前の空間が捻じ曲がった。

「ゲアッ……」

 龍は半時計回りに回転していたが不思議な空間に触れると突然、時計回りに回転した。

 まるで反射したような動き……。

 そこまで考えが及んだところでシロの介入があったのだと気づいた。

 龍に表情があるかは不明だが今の苦しそうな鳴き声と相まって痛みで歪んでいるように見えた。

 ガフストが次に考えたことは偶然なのか必然なのかシロと一致していた。

 こんな化け物の核を砕くなんて無理だろ!(でしょう!)と。

 しかし文句ばかりを言ってはいけない。

 やらなければ皆死んでしまうのだ。

 当然、二人も理解している。

 だが圧倒的過ぎる。

 接近するにも無策で飛び込めば文字通り必殺の一撃を喰らうのは目に見えている。

 一度、作戦を考えるかと身を引こうとするも龍がそれを阻むようにガフストを睨み付ける。

 次に龍は炎を吐き出した。

 おや? とガフストは思った。

 物理攻撃で攻めればガフストは確実に敗れる。

 それは高等生物である龍であれば当然、理解しているはずだ。

 しかし龍は遠距離攻撃を放ったのだ。

(まさか……レル君のベロップを警戒している……?)

 龍の吐く炎は身体能力に比例して速度を持っているわけではなかった。

 そのため辛うじてではあるがガフストはかわすことができた。

 近くを通るだけで感じる熱量から軽減魔法を用いれば一撃は耐えられそうであると判断する。

 ガフストはそこに勝機を見出した。

 腹を括った彼は龍に向かって駆け始める。

 対する龍は再び炎を吐いた。

(ここしかない!)

 ガフストは〈アクセル〉を発動し生死のサイコロをふった。


「えっ……嘘でしょう!?」

 ガフストの取った行動にシロは驚いた。

 彼は自ら炎に飛び込んでいったのだ。

 軽減魔法を用いて耐えられそうだ、と言ってもそれは瞬殺されないレベルというだけのことで、強化されたその身でも致死性は十二分にある。

 彼の行為は間違いなく自殺行為だ。

 勿論、ガフストとて十回に五回はハズレがでる命のサイコロをふりたいとは思わない。

 しかし残された道が狭まっている現状、ふらざるを得ないのだ。


 ガフストの覚悟、威圧によって運を手繰り寄せたのか、あるいは神の気まぐれか。

 彼のふったサイコロは見事に当たりを出したらしい。

 全身に火傷を負い、命からがらに炎を抜けた彼は核のある龍の胸元を見定める。

「貫けエェェェェ!」

 レルが許容能力を超えてまで託した〈龍殺〉の剣を核に目掛けて突き出す。

 龍はガフストの作戦通り、炎によって隠れていた彼に気づくのが遅れてしまい、常識外の身体でも左腕(腕よりも前足と表した方が正確だろうか)で核を守ることが精一杯であった。

 しかし現状はそれで十分だった。

 刃の長さが足りず核には届かない。

 空中であるため、これ以上の追撃はできない。

 万事休すと思った刹那、ガフストは自身の足元に光が見えた気がした。

「……と、届けエェェェェ!!」

 ガフストはレルとシロ、そして自身の全てを信じ最後の一押しをする。

 龍を殺すために放たれた一閃は割り込んだ左腕すら貫通し核をも貫いた。

「ギャアアアアアアァァァァアアアァァァ……」

 龍は悲鳴に似た咆哮を上げる。

 続けて助けを求めるように咆哮を強めた後、その断末魔は消えていった。


 覚悟を決め一人で龍に挑んだ。

 知略を尽くし道を切り開いた。

 勇気を奮い恐怖を乗り越えた。

 強運を用い好機を勝ち取った。

 仲間を信じ脅威を討ち破った。



 誰が何と言おうとも「英雄」であったガフスト王は勝利の声を上げることなく倒れていた。

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