第二十頁 知略の争い
「全軍、突撃ィー!!」
「「オオォォーー!!」」
十四の鐘を合図にマークレルは全軍突撃を命じた。
あの後。
『仕方ねえなあ』
と言いつつ答えを言わないマークレル。
『早く教えなさいよ』
焦らされることで苛々してきたハローマは答えを急かした。(苛々し続けているが普段の彼女はあまり腹が立たない)
『答えは全軍の突撃だ』
『はあ!?』
当然ともいえる反応だろう。
『ハハハ、良い反応だ』
マークレルは満足げに笑う。
『ちょっと! 全軍の突撃なんてアンタ正気!?』
本気で冗談だと思ったハローマは言及した。これで冗談だったら首を絞めてやると決心していた。先ほどよりも恐ろしい思考である。
『大真面目さ』
冗談ではなかったらしい。しかし、どうにも理解しがたかった。
ハローマの表情を見たマークレルは説明してあげることにした。
『理由は二つ。まず、第一に現在の戦力ではどう頭を使ったって整えられた陣形を崩せねえんだよ』
『全軍で攻撃すれば崩せるかもしれないってこと?』
『外れに外れまくってる俺の予想では、その可能性は高いぜ』
『一気に信頼度が無くなったんだけど……』
外れに外れまくってるというワードは流石に不吉すぎる。
『そして現在、敵にとって一番良い作戦は時間稼ぎだ』
『じゃあそれに便乗してカルスたちを待てば良いじゃない』
『手前は馬鹿か。奴らが時間稼ぎをしている理由は主に俺たちを殲滅する手段を考えるためだ。作戦が決まり次第すぐに全滅だよ』
『じゃあ何故、奴らは時間を稼いでまで殲滅手段を考えるのかしら』
『如何に犠牲を少なくするかに決まってるだろ』
『ということはこちらも時間稼ぎをとった場合、こちらは全滅、敵の被害は最少。要するに最悪の負け方になるってこと?』
『そういうことだ。だから考える時間を与えない。十四の鐘で動く。全員にこのことを知らせとけ』
『わかったわ』
了承し移動するハローマの足が三歩で止まった。
『どうした?』
『アンタさっきカルスに人使いが荒いって言ってたけどアンタもなかなかよ?』
『そうか? 今ならおひねりも受け付けるぞ』
マークレルはカルスとほとんど同じ言葉で返してみた。
『今更おひねりを貰ったって意味ないんじゃない?』
『おいおい、まだ死ぬと決まったわけじゃないぞ。少なくとも俺は生き残るつもりだ』
『何言ってるのよ。クーデターを達成して貨幣を変えると言っているのよ』
帝国時代では貨幣に皇帝が刻まれ、ルストフンド王国時代にはガフスト王が刻まれた貨幣が使われている。
もしクーデターが成功したら現在の貨幣を使えないのは明確だ。
どうやら彼女のほうが上手だったらしい。
そのまま振り返ることなく彼女は任務を遂行すべく戦線へ向かっていった。
(よし! そのまま無秩序に暴れまわれ! あの守りさえ崩せばこの戦場は混沌化するはず)
全軍突撃の命令を出したマークレルは確信を持って、その時が来るのを待った。
異変が起きたのはその直後だった。
巨大な盾を構えている兵が横一列に連なる最前線のある一点からそれは起こった。
盾を持った一人の兵が倒れたのである。
その一瞬を逃すわけにはいかない。
「あの穴を突け!」
その命令を受けなくても近くの者は動いていただろうが、この命令は単に隙を突けというものではない。このあと前衛が崩れるという情報を味方全員に伝える為という側面がある。
起き上がろうとする敵兵に時間を与えることなく数人の兵がまとめて流れ込んだ。
そこを起点として波紋を描くように戦線が崩れていった。
マークレルの混沌化するという予想はピタリとはまった。
もうこれ以上の命令は必要無い。
混沌化した戦場で命令を出したところで意味は無いからだ。
だがマークレルは声を発した。
これだけは伝えておきたかった。
「最後の命令だ手前らァ! 思い切り遊べェ! 楽しめェ!」
「「おっしゃあァァァ!!」」
これに野郎共(一部は尼)は叫びで答えた。
さあ、ここからが本番だ。
「しっ失礼します!」
突然、兵の一人がラードが待機する部屋に駆け込んできた。
「どうしましたか?」
「次席からの伝言です! 『総突撃により陣形が崩されました。指示を求めます』とのことです!」
「承りました。早急に向かいます。君は部隊に戻りなさい」
「ハッ!」
(時間を与えないための一手でしょうか、正直に言うと痛いですね……)
ラードはこの時、状況を楽観視していた。
ラードが急いで現場に向かうと彼の想像を超えて酷い状況だった。
(これは……最悪の状態ですね)
思わず彼は顔を歪めてしまった。
戦場が混沌化してしまっている。
この状態であれば意味のある指示はできない。
更に前線が敵味方関係なしに入り乱れているため魔術部隊の攻撃は味方を巻き込んでしまう恐れがある。
このままでは道連れ方式でかなりの犠牲を生むことになるだろう。
故にラードは何か行動を起こさなければならない。
彼がこの戦況で取った行動は……。
「現在、交戦していない全兵に告ぐ! 城の中に一度退避をせよ! 繰り返す! 非交戦兵は全員退避をせよ!」
非交戦兵の一時撤退であった。
第一としなければならないのは被害拡散の予防である。
混沌化している前線は既にどうすることも出来なくなっているが、それも後衛陣には及んでいない。
ならば彼らを避難させておけば、これ以上の混乱は防げるのである。
(しかしこれは事実上、前衛の兵を見捨てたことになる。最善の策とはいえ、その責任は取らないといけないでしょう)
ラードは一人、前線へと向かうべく走り出した。
「お供します」
「次席……?」
声をかけたのはソーレイだった。
「こうなってしまったのは私の未熟さが原因です。ラード殿が一人でも彼らを救うために向かうのであれば私も向かうべきでしょう」
「分かりました。何かあればすぐに退避しなさい。それが条件です」
ラードはソーレイを連れて行くか一瞬悩んだ。しかし覚悟を決めている目を見て止めることは無駄だと判断した。
「了解しました」
意を決した二人は今度こそ前線へと向かった。
ラードの指示と二人が前線に加入したことで王国軍と反乱軍の戦闘は収束へと向かっていった。
何とかして耐えている味方に加勢し、少数の敵兵を倒した後、その味方を逃がす。そして次に向かう。このサイクルが見事にはまり、退避命令を出したときに予想していた被害よりも少ないもので済んだのである。
味方も敵もほとんど居なくなり最終的に立っていたのは彼らを含め四人となっていた。
「ありゃりゃ。完膚なきまでにやられちまったなあ」
一人は全滅寸前にも関わらず、軽薄な態度を取るマークレル。
「ホントよ」
二人目は呆れを含む適当な相槌を打つ女性、ハローマ。
「もう君たち二人だけだ! おとなしく投降しろ!」
三人目は投降を促す中性的な顔立ちのソーレイ。
「……」
四人目は無言で見ているラードであった。
「あらあら、カワイイ坊やが粋がっているわ」
「ハハハ……ハローマ、この状況で粋がっているのはどちらかなあ」
マークレルの指摘通り粋がってるのは間違いなくハローマである。
「……指揮官はどちらですか?」
二人のどちらかが指揮官だと確信を持ってラードは問う。
「あー、それは俺だ。そういう王国軍の指揮官は……大声出してたし、お前だろ? どうだい? 楽しんでもらえたか?」
「あまりこういうことを言いたくありませんが、なかなかの知略でした。反乱軍の指揮官として置いておくには惜しい人材です」
「そいつは良かった。……それでお前たちは俺たちを逃がす気はねえんだろ?」
「そうですね」
「だが、俺らは大人しく捕虜になるわけにはいかねえんだ。申し訳ないが最後にちょっと付き合ってもらうぜ?」
「残念です」
二人はそれぞれ構えて相手の出方を窺っている。
「じゃあ、坊やの相手は私ね」
必然的にハローマとソーレイも構える。
「その口、閉ざしてやる……!」
各自、殺気を放つがソーレイだけ異常であった。
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