第十九頁 時間稼ぎ

「……チッ」

 〈探知〉という魔法を使い奇襲部隊の管理を行っていたマークレルが突然、舌打ちを鳴らした。

「どうしたのよ。マークレル」

 現場の指揮官であるマークレルの舌打ちから良くないことが起きたと確信した副官のハローマは内容を問うた。

「奇襲小隊が全滅した」

 すぐに苛立ちを消し淡々と事実を告げる様子は誰が見ても不安を感じさせる要素は無い。

 そのためハローマは落ち着いて疑問を口にすることができた。

「もう全滅したの? 予定ではまだ全滅はありえないと聞いていたけど」

「予定ではな。だが奴らの中に状況認識能力と不意打ちに長けた者が居るようだ」

 ニヤリと笑みを浮かべるマークレル。

 どうやらこの戦況が面白いらしい。

「それで指揮官様はこの戦況をどうするのよ」

「この状況において効果的な手は一つだ」

 当ててみなという意思を持って向けられた視線にハローマはムッとした。

「専門外を私に問わないでよ。そうねえ、奇襲部隊がやられた現状では敵の魔術兵を削るのは厳しいわよね」

「ああ、更に奴らは陣形を整えてやがる。ちょっとやそっとじゃ崩せねえぞ」

「じゃあ、カルスと黒龍を待つ?」

「この戦力でそんな時間は稼げねえだろうな」

「じゃあ捨て駒でも使って陣形を崩してみるとか?」

「おいおい、チェスじゃねえんだから」

 マークレルは腹を抱えて笑っていた。

「何がおかしいのかしら」

 少々苛立ちを込めて言及する。

 ここまで笑うのであればちゃんとした理由があるはずだ。

 もし無ければ一発殴るつもりで居る。

「チェスの戦術は戦争において一切役に立たんからな」

 笑いながらも真面目に説明を始める。

「どうして?」

「一つ、手前はチェス盤みたいに全体を一望できるか?」

「確かにできないわ。でも参考になる点はが一つくらいあるでしょう?」

「んで二つ目、戦争では相手の手番なんて待たねえ。この時点で参考にならねえよ」

「なるほどねえ」

 ここまで聞いていると彼女の苛立ちは治まっていた。

「補足で言っておくが地形条件を反映させてないことや選択肢にパスがない、そして兵の体調が一切考慮されてないことも理由に挙げられる。……それで、答えは出せそうか?」

「……無理無理、降参よ」

 少しの間、考えてみたが専門外である。彼女はさっさと諦めた。

「仕方ねえなあ」

 笑いながら種明かしをするマークレル。

 ハローマは正気かと耳を疑った。

 しかし彼女は決定的なことを忘れていた。


 この場に彼女を含め正気な人物など居ないのだ。


「戻りました。戦況はどうなってます?」

「ラード殿、現在の戦況は均衡状態に向かっています。既に我々は陣形を整え、守りを固めています」

「流石、素晴らしい指揮ですね」

「いえいえ私はまだまだ、ラード殿こそ大きな戦果ではないですか」

「これぐらいは当たり前です」

 謙遜に謙遜を返す二人は更に謙遜を重ねるという愚行は犯さなかった。

「次はどうしましょう」

「私も悩んでいるところです。次席は何か案がありますか?」

「いえ、私も案は出ていません。考える時間を稼ぐために守りを固めましたから」

「多少の時間があるとしても次の行動は決めておかないといけませんね。申し訳ありませんが引き続き指揮をお願いします」

「了解しました」

 敬礼をしたソーレイは早足でその場を後にする。

 その直後、十四の鐘が鳴り響いた。


(さて、どうしたものか)

 ケリオスに龍をどうにかすると宣言したガフストは無策だった。

 実際、ケリオスも無策であったので仕方の無いことだろう。

 ただの人間一人と龍一体。

 どちらが勝つかと問われれば間違いなく龍だ。

 一人で挑むことが死にに行くのと同義である。

 だとしても誰かが向かわなければ全滅は必然。

 身分や実力がどうのこうのと言ってられない状況なのだ。

 ガフストがやらねばならないことは時間稼ぎ、具体的にはが来るまでである。

 もとよりこの化け物の相手はソフィのはずだった。

 あくまでガフストの予想だが彼女なら既に祠に骨龍が居ないことから状況を把握しているだろう。

 ならばここに向かってくれているはずだ。

 そこまでの時間が稼げないかもしれないがやってみなければ分からない。

(まずは奴の気を引かねばな)

 ガフストは自身の持つ最大火力の魔法〈雷槌〉(高威力の落雷を生む魔法である)を放った。

「グッ?」

 龍は魔法の発生源であるガフストの方に巨体を向けた。

 龍の気を引くことに成功したようだがダメージは一切無いように見える。

(……やはり化け物だな)

 これ以上のダメージは見込めないがこの機を活かすべくガフストは剣を抜いた。

「グアアァァァァ!!」

 ガフストの動きから敵意を感じ取った龍は咆哮を上げた。

 直後、龍は大きな両翼を羽ばたかせ上空に飛び上がった。

 勿論、逃げたわけではない。

(まさか一撃で終わらせるつもりか!?)

 ガフストの予感は正しかった。

 黒龍は急降下し、一直線にガフストへ向かってくる。

 この速さでは逃げても間に合わない上に直撃を避けたとしても衝撃によって死という結果は変わらないだろう。そもそも過剰威力のため王都が壊滅状態になってしまう。

 手の内ようが無いガフストは本気で死を覚悟し、目を閉じた。


 バアアァァンという爆発に近い大きな音が王都中に鳴り響いた。


 襲ってくるはずの衝撃が来なかったことに疑問を覚えたガフストはゆっくりと目を開いた。

 その視界には一人の少女と仰向けに倒れている龍が映っていた。

「君は……?」

 唖然としてしまい龍を倒したのかという疑問は言葉にならなかった。それでもこれだけはと誰何の言葉は発せた。

「王様、話は後です。今はあの影に身を潜めましょう!」

 少女は王の手を引き崩れた柱の影へと移動した。

「名乗りが遅れました。私はレルヴィール・アルタレカと申します。レルと呼んでください」

「アルタレカ!? ということは君はソフィの?」

義娘むすめです」

 一応説明しておくとレルはソフィの養子である。六歳のとき孤児となった彼女をソフィが養子として引き受けたのである。

 ソフィの実年齢はともかく身体は九歳である。生殖器が発達していないことや本人にその気が無いことを理由に彼女は子供を作っていなかった。(実は衝撃的なことに過去の文献を漁ると六、七歳で妊娠していた人が居るという記録が残されているため、生殖器の未発達を理由にすることは出来ないのだが常識的にこの記録は例外であろう)

「私のことは知っているようだから自己紹介は省かせてもらう。それでレル君、君はあの龍を倒したのかね?」

「いいえ、おそらく気を失っているだけかと」

「差し支えなければどうやって気を失わせたのかを教えてもらえると助かる」

 何をしたのか詮索するのは一種のタブーであるがガフストは気にすることなく訊いた。

「はい。私は〈物理全反射〉というベロップを持っています。この魔法は物理的威力を持つ攻撃をそのまま反射するというものです。この魔法で先ほどの龍の突撃をそのまま龍に反射しました」

 それにレルは律儀に説明した。

「なるほど、それで気絶しているわけか」

「しかし、その時間も長くは無いでしょう」

 レルは龍を見つめて予想を伝える。

「そうだとしても感謝する」

 ガフストは頭を下げ感謝を述べた。

「あの……」

 レルが少し気まずそうにガフストの方へ顔を向ける。

「なんだね?」

「あの龍を倒す手段があるのですが……」

「何っ!?」

 控えめに告げられた内容が衝撃的過ぎてガフストは身を乗り出して先を訊こうとした。

「きゃ……」

 レルは急に身を乗り出されて驚いてしまう。

「失礼した。冷静さを欠いていたようだ」

 ガフストは自身の行動を謝罪した。

「あっ、すみません。大丈夫です。ええとこの手段は危険が伴います。ですので強制は出来ないのですが……」

「もとより一人で向かっていたのだ。今更断る理由は無い。まずはその手段とやらを聞かせてくれないか」

 レルはガフストに手段を説明し始めた。

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