第十八頁 遊戯の開始

「何だとっ!?」

 ラードは斥候の知らせに彼らしくない言葉で驚いた。

 それだけ彼が受けた驚きは大きかったのだ。

「ラード、どうした」

「ケリオス殿、王都上空に突如として黒龍が現れたという情報が入りました」

「……骨龍では無かったのか?」

「予想では骨龍でした」

 ラードは申し訳なさそうにほんの少し表情を歪める。

「予想が外れるのは仕方が無い。私が聞きたいのは一つだ。祠の骨龍が龍として来ているのか、それとも骨龍とは別の龍なのか」

「その答えは前者ですね」

 即答だった。

「願望ではなく?」

「ええ、もし後者なら既に骨龍も確認されているでしょう」

 それもそうかとケリオスも納得し覚悟を決める。

「では私が龍の相手に向かおう」

「指揮系統は?」

 ラードもその覚悟に横槍を入れることはしない。

「お前に引き継ぐ。緊急時対策で引き継いだと言えば奴らは理解するだろう」

「了解しました」

 既に交戦状態のはずだ。

 うかうかしていられないと二人とも行くべき場所へと向かった。


「ハッハー! 手前等、暴れまくれェ!」

 龍の上に乗り、大声で鼓舞するカルスは快感を感じていた。

(これだよ、これ。これが俺の求めていた感覚だ)

 帝国が繁栄していた十三年前、当時のカルスは普通の少年であり皇帝に対して特別な忠誠心など存在しなかった。

 しかし武力侵略する上で発生する数多くの戦争で彼は変わってしまった。

 自制心を無くし、獣のように本能で暴れて人を殺す。

 それが彼にとっての快楽となった。

 多くの戦争を起こす皇帝を神様とさえ思ったこともある。

 そして十年前、現在のガフスト王が起こしたクーデターによって皇帝は死に、旧帝国軍の面子は散り散りになってしまった。

 戦争がきっぱりと無くなった今、法によって再び拘束されたカルスは虚無感を抱えながら堕落した生活を過ごした。

 いつかまたあの快感を得ることのできる戦争が起こることを信じていたのかは分からないが無意識のうちに身体だけは鍛え続けていた。

 そんなある日、フードを被った男がカルスに声をかけた。


『八年前に置き忘れた快感を拾いに行く気はありますか?』

『無いな』


 彼はその誘いに

 なぜなら彼の感じる快楽は法を破ることでは得ることができないからだ。

 人というものは不思議なもので一度完成した個人の本質は本人が変えようとしなければ必ず変わることは無い。

 「○○しなさい」と言っただけで変わるのであれば全員が完璧超人だろう。

 何が言いたいのかというと戦争によって殺人を楽しむようになったカルスでも普通の人のように法を遵守するという本質自体は変わっていなかったのだ。

 故に彼は人を殺せる戦争を好んだのだ。

 しかしフードの男はそれで諦めなかった。

『仕方が無いですね。少し時間をいただけますか?』

『……構わない』

 どうせ帰ったとしても惰眠を貪り酒におぼれるだけでやることは無い。

 時間つぶしにぐらいはなるだろうと思っただけだった。


 男がフードを脱ぐ。

 陽の光にさらされたその顔には見覚えのあるものだった。

『帝兵団のカルス曹長か?』

『へっ陛下!? 生きてたんですか!?』

 その男は一時、神様と崇めた旧帝国の皇帝であった。

 本来、カルスのような一般兵の名前など覚えられているはずが無いが三年の間に重ねた戦績を皇帝がじきじきに表彰したことがあった。(階級が曹長のままなのは度重なる命令違反のためである)

『カルス、お前に私が皇帝として最後の命令を下す』

 カルスの問いに返答することなく皇帝は鋭い眼光を放った。

『私の意志を引き継ぎを創れ。大儀は我らに有るッ!』

 仰々しい動きで神託を与える。

 カルスに拒否権は無かった。

『仰せのままに』

 カルスはかしずいて了承した。(この時に彼は自身が皇帝の御前で傅くことを忘れるほど驚いていたと気づいた)

 カルスが皇帝の顔を窺うと彼はフードを再び被っていた。

『……陛下?』

『いかがでしたか?』

 正面に立っている男は皇帝ではなかった。

『なっ!? 手前、陛下をどうした!』

『彼はもう亡くなっていますよ?』

 何を当たり前のことを、と言わんがばかりの即答だった。

『でもさっき陛下は俺に……』

 即答にカルスは不安感に襲われた。先ほどの皇帝の話は一体なんだったのだろう。

『安心してください。先ほどのは確かに皇帝の遺志ですよ』

『……』

 安心できるわけが無かった。

 しかし先の皇帝(?)が放った眼光と声はまさしく皇帝の物でそれを再現するのは彼が亡くなった今、方法が無い。

(信じていいのか? この馬鹿げた話を……)


 思考に陥る彼の中で「何か」が渦巻いた。

 直後、その「何か」が信じるべきだと囁く。

 カルスの一生の中で(まだ二十代で一生と表現するには短いが)初めてのことだった。

 もしかしたら彼の願望なのかもしれない。

 その真偽は彼には分からなかったが囁きに従い願望にすがってみることにした。


『もう一度問いましょう。十年前に置き忘れた快感を拾いに行く気はありますか?』

 その言葉の意味は失った牙を取り戻し反乱を起こせ。現王国を滅ぼしカルスの為の国を創れということだ。

 何故カルスを王として指名したのかはカルス自身には分からない。

 だが神と崇めた皇帝に大儀が存在すると太鼓判を押された今、拒否する理由など無かった。

『ここに反乱軍……いや救国軍の旗揚げを宣言する!』


 こうして救国軍を旗揚げしたカルスは二年間、かつての仲間を探すために奔走し綿密に計画を建てた。

 所在を調べていくうちに分かったことだが旧帝国軍の中には新たな人生を楽しんでいる者も居た。

 そのような幸せな(カルスから見て恵まれた環境)生活を過ごしている者には強要しなかった。

 それでも想像より多くの人がカルスに協力する決断をしてくれた。

 正直に言うと驚いた。

 自身の安寧を自らの手で捨てたのである。

 ある程度の人が集まった時、一人目の協力者であるマークレルに理由を問うてみた。

『簡単さ。だ』

 どうやら愚問だったらしい。

 楽しそうならやってみる。

 戦争以外では基本的にドンチャン騒ぎしかしなかった彼らだ。

 兵士であった彼らの自由は確かに少なかっただろうが当時の彼らは十二分に人生を謳歌していた。

 平穏な日々など求めていなかったのだ。

 彼らも刺激に飢えていたらしい。


 そして現在、最高に楽しくて刺激的な遊戯クーデターで彼らは遊んでいる。

 周りが遊んでいるのだ。カルスだって遊びたい。


「来たか」

 自身が思い切り暴れても壊れない人物。

 最高に楽しめる玩具。

 〈国軍近衛序列一位〉ケリオス・ノートがカルスの元に現れた。

「貴様が首謀者か?」

「カカカ、そうだ」

 肯定したカルスは龍の背から飛び降りる。

「悪いが今、貴様に用は無い」

「黒龍を止めたきゃ俺を殺してからにするんだなァ!」

 カルスはケリオスに斬りかかった。

 左右に動きながら高速でケリオスに迫る。

「くっ……!」

 かろうじて鍔迫り合いに持ち込むケリオスだったがカルスはすぐに弾き距離をとる。

 そして再び自身に速さを乗せて斬りかかる。

 素早い連続攻撃にケリオスといえども守りに入らざるを得なかった。

(コイツ、我流だが技が洗練されている……!)

「おいおい、そんなんじゃ龍を倒すなんてできないぜ?」

 ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべる。

 龍は既にカルスの命令を受けて城の破壊に向かっている。

 何とかしなければと考えたとき思わぬ人物から声がかかった。

「ケリオス! 龍は私が何とかする。そいつを任せた!」

「なっ!?」

「おいおい、マジかよ……!」

 ケリオスは驚き、カルスは呆れた。


 城のテラスから飛び降りたのはガフスト王だった。

「こいつはちょっと嫌な予感がするな……。まあいい、俺と遊んでもらうぜ。ケリオスクン?」

 ケリオスは王のことが心配だったがその不安を考えないことにした。

 王もケリオスと同じように覚悟を決めたのだ。

 その覚悟を信じるというのが臣下の役目だろう。

 しかし龍は一人で勝てる相手ではない。一般人に近い王ができることは時間稼ぎが関の山だろう。

「遊びもすぐに終わらせてやる!」

 王の助力に向かうためにも目の前の男を短時間で倒すと決意した。


(少人数だからか奴らは各々のやるべきことがはっきりしていますね)

 城内ではラードが苦戦していた。

 人数差という有利要素があるにもかかわらず押され気味なのは理由がある。

 それは守りを重視した陣形だからだ。

 攻め込まれる以上、守りが前提であるのは仕方が無い。

 問題なのは攻めの手が少ないことだ。

 敵からすればこちらの行動が簡単に読めるのだろう。

 そのため魔術師たちの魔法攻撃も近衛兵の攻撃も全て無力化されてしまう。

 守りさえ固めれば大きな損害を受けないのだが被害はゼロにならない上に守りを固めると見越した反乱軍は暗殺部隊を組んでいた。(部隊といっても五、六人程度のもので小隊と言うべき規模だ)

 その部隊の人間は城の構造を熟知しており、こちらの守りの隙を突いて攻撃してくる。

 攻撃を受けたものは死に至ることは無くても戦闘復帰の見込みは無い。

 しかも攻撃した後、すぐにその場を離脱するため暗殺部隊を処理することもできない。

 前衛部隊、魔術師部隊、防衛(攻撃無力化)部隊、暗殺部隊と言ったところか。

 自身の落ち度なのかもしれないが素晴らしいとしか言いようが無い。

 だがラードはこのまま良い様にさせるような男ではなかった。

(……六人か。ふむ、いけそうだな)

「ソーレイ次席」

「何でしょう?」

 ソーレイと呼ばれた中世的な顔立ちの人物が振り向いた。

「目障りな羽虫を蹴散らして来ます。指揮権を一時的に引き継ぎで下さい」

「分かりました」

「では」

 ラードは一人で六人の暗殺者を無力化しに向かった。

 例え敵が城の構造を熟知していようと長い間城に居たケリオスを超えるものではない。

 奴らが好みそうな場所はすぐに見当がついた。

 そこに向かう途中に早速、廊下を走る一人の男が見えた。

 ラードは〈アクセル〉を使い気配を悟られないように距離を詰め、無防備な背中に重い一撃を叩き込んだ。

「ガハッ……」

「これで一人」

 ラードが背後を確認すると別の廊下を走る二人目の標的が見えた。

(なんともまあ……単純な動きしかしませんね)

 殲滅できることを確信したラードが実際に六人の暗殺者を屠った時、王国軍の陣形は大分安定した状態に戻っていた。

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