第十七頁 黒龍
ソフィは何故気づかなかったのかと自身を責めた。
今考えてみるとおかしな点は幾らでもあった。
誰も実際に動く骨龍を確認できていないではないか。
もし一般人が確認していたとしても脅威となる存在を確認した時点で何故、冒険者や軍に相談しなかったのだ。
自身の安全が脅かされるのである。相談しない理由は無いはずだ。
であるならば、間違いなくその噂を作った者がいるはずである。
そして全滅した金等級冒険者たち。
依頼を思い返してみると内容は骨龍の調査である。
討伐ではないのだ。自身の命を最優先にしてもいい依頼なのである。そもそも戦闘に突入させる依頼では無い。
要するに、この依頼で全滅することが有り得なかったのだ。
挙げきろうとすると、きりがなくなるため、ここで止めて置く。
『ここに居るはずの龍はいったい何処にいるんだろうなあ?』
この一言で全てが覆ってしまった。
骨龍と明言されていない。
それが意味することはただ一つ。
骨龍ではなく龍を復活させたということだ。
今まで骨龍が目覚た前提で計画を進めていたためこの事実はソフィに、いや軍に対して大きな影響を与えることになる。
そもそも何故に龍が復活したではなく骨龍が目覚めたという前提なのか。これには明確な理由が存在する。
まず「骨龍を目覚めさせる」と「龍を復活させる」にはどういう違いがあるのか。
それに答えるには龍という生き物について説明しなければならない。
龍という生物は親が存在しない。
ではどのようにして生まれるのかというと、突如として発生するのだ。
魔法で雷や炎が発生するように、この世の全ての現象(落雷などの自然現象も含む)には魔力が関わっている。
龍の発生は自然現象の一つで途方もなく莫大な魔力が凝縮して発生する。「魔力の塊」とも呼べる生き物なのだ。
想像し辛いだろうがそういう生物だと割り切ってもらうしかない。
発生するとは言え、生物である以上、龍には自我や寿命が存在する。
龍の寿命は発生時の魔力が尽きるまでである。
実はこの点が人間とは大きく違う部分である。
人間は消費した魔力を最大魔力量まで微量であるが常に自然回復し続ける。
しかし龍は魔力の自然回復をしないのである。
食事で魔力を取り込むことができるものの、その量は微々たる物だ。
そして龍が日々の生活や魔法の行使(龍も魔法を使うことがある)などによって魔力が無くなり死んでしまうと今度は骨龍に転生するのである。
コップにお茶が入っている状態のものを「飲み物」と呼ぶ。お茶が無くなったものは「コップ」と呼ぶように骨龍に魔力が込められた状態を龍と呼び、魔力がなくなった存在を骨龍と呼ぶと言えば分かりやすいだろうか。
骨そのものとして転生してしまった骨龍にただ魔力を注いでも龍になることは無いが骨龍は動き出す。(勿論、莫大な量が必要だ)
故に骨龍は死んでいるではなく眠っているという表現を使うのだ。
もし骨龍から龍を復活させるのであれば蘇生か時間を司る魔法で無ければならない。
勿論、それらの魔法はベロップに分類され使える人間も現在確認されていない。
そのため、何かの方法で骨龍を目覚めさせたという噂の方が信憑性があると考えたのである。
おかしな点は多々あったがこれらの理由を改めて前にするとソフィでも気づけなかっただろうと感じる。一般論を利用した見事な情報操作に脱帽した。
(関心している場合じゃないだろ! 王都へ急がねえと!)
(……無理じゃ。体力が持たん)
万事休すとはこのことである。
ソフィが時間を確認すると時刻はもう二時に近くなっていた。
約一時間前。
ポロンが自身の昼食を買って帰って来ると、レルが先ほど行列に並んで購入したイノングの丸焼きをペロリと食べきっていた。
「はあー、おいしかった」
「そりゃ、よござんしたね」
イノングの丸焼きを綺麗に完食し満面の笑みを浮かべているレルと午前中、振り回され続け疲れきった表情のポロンは中央広場にて休憩することにしていた。
「そろそろ十三の鐘が鳴るころだな。どうする?」
「午後は西区へ行ってみよう!」
「分かった」
ポロンはテーブルの上にお弁当を広げる。
「そう言えばなんでポロンは丸焼きを頼まなかったの?」
男性といえば肉を食べるイメージがある。勿論、ベジタリアンも居る上に全員が肉食を好むというわけではないので偏見ではある。
しかしポロンが肉食を好みそうな印象をレルが持っていたのは確かだ。
「俺は肉が嫌いなわけではないぞ」
「じゃあ……」
「俺があのデカイ丸焼きを食べると間違いなく胃もたれするからな」
ポロンはドヤ顔で堂々と理由を述べる。
「……そうなんだ」
それには苦笑いで返すしかなかった。
直後、甲高い鐘の音が大きく三回鳴り響いた。
「おっと、十三の刻だ。急いで食べるから少し待ってて」
「ゆっくりでいいよ?」
ポロンはレルの言葉を聞いておらず、お弁当をかきこんでいた。
「はは……」
そんな平穏な談笑は何者かの叫びによって突如として崩れ去った。
「り、りゅ、龍だあー!!」
「「龍!?」」
王都中がパニックに陥った。
緊急事態にもかかわらず律儀にお弁当を完食したポロンは呆然と立ち尽くしているレルの手を掴む。
「レル! 一度宿に戻ろう!」
しかし彼女から反応が無かった。
「レル?」
「ポロン……なんで黒龍がここに居るの……?」
その声は恐怖からか少し震えていた。
「その話は後だ! 走ろう!」
レルの問いに不安を感じたポロンはその不安を押し退けるように宿へと走った。
宿に着いてからもレルの様子は変わらなかった。
「大丈夫か?」
「……うん」
肯定の返事なのに説得力が無い。
「……やっぱり怖いか」
レルだって普通の少女である。恐怖を感じるのは仕方ないことだ。
「違う」
きっぱりと断言した。勇ましいことに恐怖が原因では無かったらしい。
「じゃあ、龍討伐に向かったソフィが心配?」
もうこれしかないだろうと思うがこの状況に恐怖を感じていないのであればこれも当てはまらないだろう。
「龍じゃない」
「えっ?」
ポロンの予想とは違う返答が帰ってきた。
「ソフィのことは心配するだけ無駄だって知っているから心配じゃないんだけど、それよりも黒龍がここに居る理由が分からなくて……」
「ごめん、さっぱり分からない」
ポロンは指摘されたことの意味が分からなかった。
「ソフィが討伐しに行ったのは骨龍であって龍じゃないの」
「それって違うのか?」
「全然違う」
レルはソフィから龍について教わっていたため(興味本位でレルが質問した)先ほど説明した骨龍と龍について正確に理解していた。しかし混乱からか上手く説明することが出来なかった。
「…………今、分からないことを考えても仕方ない。ここはソフィの指示通りあの石から助言をもらおう」
その様子を見てポロンはレルに説明を求めることを諦めた。
時間が無い現状、優先度の高い行動を取るべきだと考えた上での言葉だ。
「そうね」
レルは頷き、白い石を取り出した。
彼女はその石に自身の魔力を込めた。
すると石からつい最近見た覚えのある魔方陣が現れた。
「まさか」
ポロンは嫌な予感がしてチラりとレルの顔を覗き見る。
レルは冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべていた。
「識別魔法を使うなんて聞いてなーーーい!!!」
クーデターが起こっている状況なのに場違いなレルの叫びが響いた。
『……言ってないですからね』
そんなソフィの声が聞こえた気がした。
その直後、レルに酷い不快感が襲いかかった。
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