第十六頁 罠

 休憩地点から残りの数百メートルを駆け抜けたソフィは祠の入り口に立っていた。

 入り口から祠の最深部までの約四十メートルが洞窟になっており最深部は天井が無い開けた空間になっている。

 天井が無いため光が通っており、最深部の様子が入り口からでも伺えた。

 骨龍は最深部にて鎮座していなかった。決行当日のために既に移動させたのではないかと彼女は考えた。

 しかし、往路に大きな音はしなかった。ということは少なくとも、つい先ほど移動させたという可能性は潰える。

 開けた空間に見落としが無いか確認するためにソフィは祠へと足を踏み入れた。


 それが罠とは気づかずに。


 ソフィが洞窟の中心に到達したその時、彼女の足元が凹んだ。

 彼女は冷静に何が起こったか分析した。

(一定質量が地面にかかると発動する条件起動設定の弱い〈地雷波〉。この意味は一瞬の足止めと接近の知らせか)

 その状況把握は正しかったが罠にかかった時点で効果的な対策はできようが無かった。

 〈地雷波〉による音は決して小さくない、更に洞窟なので音は響く。少なくとも敵には気づかれているだろう。

 罠にかかった直後、洞窟の両端にそれぞれ八人の敵兵が現れた。

(なっ!?)

 ソフィが気づいた時には既に彼らは魔法式を展開していた。

 迎撃など間に合うはずが無い、彼女に残された選択肢はもう魔法を耐えることしか残されていなかった。

 十六人が放った魔法は二種類。〈黒雷線〉と〈灼炎〉(炎を数秒間、絶え間なく放射する魔法である)だ。

 一人一種、片側に四人の〈黒雷線〉使いと四人の〈灼炎〉使いの八人が、もう片側も同じ構成である。

 速度の速い〈黒雷線〉を使われた以上、対応として魔法が使えるタイミングは一度だけだ。

 使われた魔法が二種類なのは一種類だと一種類の対抗魔法で防がれる可能性があるため、そして技術がない者があまりに多くの魔法を使うと効果的ではなくなるからだ。

 魔法を使う上でも「組み合わせ」は重要な要素となる。例えば、火属性と風属性の魔法を同時に行使すれば風属性の魔法が飲み込まれ火属性の威力が大幅に上がる。逆に火属性と水属性の組み合わせだと相殺しあってこの場合意味のある魔法にならない。(因みに蒸気を利用した複合魔法も存在はする)

 その上で今敵が使った火属性と電属性の組み合わせはよく考えられていた。

 先に例として挙げた火属性と風属性の組み合わせでは火属性が強化されるので使う魔法は対火属性系統のみで良い。

 しかし、火属性と電属性の組み合わせは大幅に選択肢を奪うものである。

 相殺系対抗魔法は基本的に有属性であれば有属性、無属性であれば無属性で対抗するものだ。

 火と電はどちらも有属性であり同属性での対抗は無意味のため使える属性は風、水、地の三つとなる。

 更に、風属性は火属性に弱く、水属性は火属性には有効だが電属性相手では圧倒的に不利である。

 必然的に使える属性は地属性のみに絞られてしまうのだ。

 その地属性魔法も電力は防ぐが質量体(電子など)の高速化によって物理的威力をもつ〈黒雷線〉によって防御を崩され〈灼炎〉の直撃を受けてしまうだろう。

 相殺系対抗魔法では手が無くなってしまった。しかし、それ以外に防御用の魔法がないわけではない。

 ソフィとケリオスの試合にケリオスが見せた〈雷撃軽減〉のような魔法は今紹介した相殺系対抗魔法とは違い軽減魔法に分類される。

 〈○○軽減〉のように全ての属性に存在するが無効化できる性能はなく、あくまで威力を軽減する魔法だ。一属性八人分もの威力を軽減しても確実にソフィを葬るだろう。おそらく過剰戦力に見えるこの布陣は軽減魔法による威力不足を無くすためだ。

 普通の人間であればどうする事もできないがソフィにはこの攻撃を防ぐ手段があった。

 それは〈白壁の盾〉である。

 この魔法は全有属性魔法に対して無効化または大幅な軽減をもたらすものだ。

 一応、特定二種の軽減魔法も存在する。そのうちの一つが〈雷炎龍の鱗〉(話の流れで分かるように火属性、電属性を軽減するものだ)であるが、ソフィの見立てだと、この魔法では軽減が足りないと考えられる。

 ここで一つ疑問が生じる。同じ軽減魔法であるのならば〈白壁の盾〉も軽減不足に陥るのではないかと。

 しかし先の組み合わせの話で述べたとおり魔法は他の魔法に大きく干渉することができる。

 信じがたいことだが〈白壁の盾〉の開発者である偉大な魔術師曰く、「発動するには最低でも六階梯術師シックスキャスター並みの実力が必要だが有属性全ての長所だけを組み込むことができた」らしい。

 要するに「発動が難しいけど最強の軽減魔法だ」という話だ。

 偉大な魔術師さんの話で出てきた階梯魔術師というのはランク付けされた魔術師のことである。

 目安として数字がそのまま同時発動できる魔法のレベル合計である。基礎の魔法はレベルが一であるため六階梯魔術師であれば六つまで同時に行使できることになる。

 この表現は全世界で利用されている。

 最低でも六階梯魔術師並みの実力が必要ということは〈白壁の盾〉を発動することは基礎魔法六つを同時発動することと同義である。

 正式にそのランクを得るには全世界共通の専用試験を受けねばならない。

 因みに現在の最高は八階梯魔術師エイトキャスターで九人が到達しており、彼らは尊敬と畏怖を込めて九賢者ナインセージと称されている。  

(この魔法選択と手際に敵ながら天晴れじゃの)

 暢気に褒めているが勿論、そんな時間は無い。

 ソフィとて〈白壁の盾〉を前後同時展開は不可能である。(それができたら事実上、十二階梯魔術師である)

 しかし、そんな高等魔法でも同時展開する裏技が存在する。

 それは条件起動式魔法だ。

 条件起動式魔法は文字通り先に発動条件を設定し魔力で魔法を発動待機状態に固定することで条件が成立すれば固定状態を開放し自動的に発動するのである。

 ソフィは背後に〈白壁の盾〉と出入り口を閉ざすために〈大地の剛剣〉を二つ使用する。

(――ッ!?)

 その直後、ソフィは驚愕した。

 条件起動式魔法で発動待機状態にしてあるはずの〈白壁の盾〉が発動しなかったのである。

 流石にこの状態では被弾を避けることができない。

 ソフィのその小さな身体を雷炎が焼いた。

 彼女が最後に使った〈大地の剛剣〉によって、ソフィは洞窟内に閉じ込められた。


 酷い死に方だった。


 四つの雷を浴びて即死した。

 四つの火炎を浴びて死体の原型を留めなかった。

 自身で閉ざしたとはいえ洞窟内に隔離され、永遠に陽の光を浴びることはない。


 ――はずだった。


 ソフィの黒い死体に十六の魔方陣が現れる。

 十六の魔方陣は高速で回転し始め輝きを放つ。

 次の瞬間、黒い死体は服も含めて焼かれる前のソフィに変貌した。


 奇跡が起こったにも関わらず髪が黒く染まったソフィは当たり前のように起き上がる。

(チッ、ラードの悪戯で魔法は既に発動していたな。再設定を忘れていたのは俺だけど……後で覚えてろよ)

 クロは先ほどのトラブルを全てラードのせいにする。

(「道理あり」とみなす。急げ、クロ)

(りょーかい)

 ソフィがクロに指示を出す。

安全制限セーフティ・リミット解除」

 直後、バキイィン!! と音が鳴り響いた。ポーチに入っている黒い石が砕け、クロの眼が漆黒に染まった。

「人を殺しておいて、よもや殺されることを覚悟してないとは言わんよなアァ!!」

 外に居るはずの敵兵たちに聞こえるように叫び、ある魔法を放つ。

 十六人の敵兵は断末魔を上げることができずにこの世を去った。


 その後、元に戻ったソフィは力魔法を用いて洞窟から脱出し最深部に向かった。

 そこには先ほど居なかったはずの黒いフードを被った男が中央に立っていた。

「ハハハ、待ちわびたぞ。管理者ソフィ嬢。貴様ならここまで来ると信じていたよ」

「……何の用じゃ」

「貴様の考察を聴きに来た」

 この男に語る時間があるほど暇ではないが体力を消耗した状態であるため、どちらにしろ休憩しなければならない。考えをまとめるためにも話すことにした。

「お主らが悪知恵を吹き込んだんじゃろ?」

「ほう、気づいていたのか?」

「今回のクーデターは始めからおかしいものじゃった。ならば第三者の介入があったと考えるのが妥当じゃろ。今、お主がここにおることが確信に繋がった」

 支持率が圧倒的に高い政治に対してクーデターを起こすというのがそもそもおかしいのだ。

 理由が旧帝国に対する忠心によるものだとしても十年も行動を起こさないのは明らかに長すぎである。

 であれば、とある誰かが埋まっていたはずの忠心を掘り起こしたと容易に想像が付く。

「それで、お主らはいったいを吹き込んだ?」

「簡単なことだ。彼らの心に直接、皇帝殿の託宣を流し込んだのだよ」

「なるほど、『この協力者に従い、王権を取り戻せ。誰々に我輩の代わりを務めてもらう』という内容かの」

「概ねその通りだ」

「そしてお主らの傀儡となった旧帝国兵団を強化し情報操作で圧倒的優位な状況に持ち込ませた」

「その優位な状況を覆す可能性のある、貴様の介入を想定し、時間稼ぎもかねてこの罠を張ったというわけだ」

「罠にまんまとかかったわしはこうしてお主と言葉を交わしていると……ずいぶん手の込んだ計画じゃのう」

「ああ。おかげで、どう転んでも成功のレールからはずれることは無い」

「お主らの目的は何じゃ!」

「おっと、ここまでだ」

 男の背後に黒い穴が現れる。

「待て!」

 それが特異魔法の一種である転移魔法だと気づいたソフィは〈黒雷線〉を放つがフードの男の〈地の盾〉によって遮られる。

「そうだ。ここまで辿り着いた貴様に一つヒントをやろう」

 転移魔法の穴に入る一歩手前で振り向いた男にソフィは続けて〈黒雷線〉を放つが男はそれら全てを先ほどと同じように〈地の盾〉で捌ききる。

「ここに居るはずの龍はいったい何処にいるんだろうなあ?」

「なっ!?」

 この一言に込められた意味を一瞬で理解したソフィは動きが止まる。

「では、管理者の手腕、とくと見せてもらおう」

 男は不気味な笑みを浮かべ、どこかへ転移していった。

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