第十四頁 高まる気持ち
今日のソフィは過去に例がないほど早起きであった。依頼を受けているとはいえレルには信じられないことだ。なんせ彼女の記憶上、初めてソフィより遅く起きたのである。別に悔しいわけではなかったがソフィが正常か疑ってしまった。ソフィ曰く「開口一番失礼なことを言う奴じゃのう……まあ、自覚しとるが」らしい。
しかも、既に朝食を済ませているらしくテーブルの上にはレルとポロン用のサンドイッチが置いてあった。
ソフィが料理を作るイメージは無いかも知れない。しかしそのイメージとは裏腹に意外とおいしい料理を作る。食事は分担制で朝食と昼食はレルが、夕食はソフィが担当している。本で学び実際に食したという世界各地の郷土料理の知識を惜しげもなく利用し腕を振るってくれるのでレルも郷土料理についてはかなり詳しくなってしまった。
そのソフィは既に出かけていった。
「お祭りかあ」
これから開催される祭りに期待しながらレルはポロンが起きるのを待った。
城内では軍の兵士たちが慌ただしく準備をしていた。
一部の兵士たちは祭りの最中、王都中を見回ることになっている。しかも、ハメさえ外さなければ遊んでもいいという事実上休暇のホワイトな仕事だ。(酒はハメを外さなくても禁止だ)
かといって全ての兵士が見回りなわけがなく祭りが始まるまで暇ということもないし管理職の面子が遊べるはずがない。
その管理職の頂点に限りなく近い二人は直前の打ち合わせをしていた。
「何もなければいいのだが……」
開口一番、ケリオスがフラグを建てやがった。
「余計に心配になることを言わんでください」
「……すまない。それで何か気づきはあったか?」
「ありませんよ。そもそも情報戦で我々は圧倒的不利な状況です。しかも
ラードは実際に両手を挙げて首を振る。
「やはり、今日の可能性が高いか……」
「可能性が高くても、それに対する有効な手が打てないのが痛いです」
「せめて兵の警備を真面目なものに出来ないだろうか」
「それが無理なのはあなたが一番理解しているでしょう?」
これにケリオスは返事をすることが出来なかった。
「遊んでもいい」という仕事内容にしたのは他でもないケリオスだ。例え、禁止にしても毎年毎年隠れて祭りを楽しむ輩がいる。禁止にしても質が変わらないのであれば意味はない。それに同じ人間である以上、楽しみたいという気持ちは分からなくもない。 ガフスト王のクーデターから十年、防衛を含め、まともな戦をしていない直近実践経験不足の軍隊である。そんな集団が統率を取れていない状況が当たり前かどうかはケリオスには分からない。
またこのような状態は建国祭だけのことなので仕方ないと彼自身も諦めている。(これが日常的であれば流石に修正している)建国祭はクーデターによって彼ら自身が掴み取った栄光だ。それを祝いたいと思うのも当たり前だろう。ケリオスも多少のことは許してやりたいと思って決めたことだ。
これに対し、統率が取れていないという評価が下るのであれば取れていないのだろう。
「出来ないことを今更どうにかしようと思いませんよ。それよりも今、出来ることを考えましょう」
「思慮の浅い発言だった」
勢い任せの発言を恥じて謝罪する。
「頭を抱えたい気持ちは私も分かります」
「ではクーデターが発生したときの作戦を詰めよう」
「王都外周の見張りは継続、違和感がある場合はすぐに連絡するよう指示しています。その上で我々魔法師団が出せる戦力は二個小隊が限界です」
その報告にケリオスは眉を
「正直なところもう少しほしいが……仕方がない。此方も戦力把握のため伝えておくが我々近衛部隊側は一個中隊が限界だろう」
入れ替わるようにして今度はラードが眉を顰めた。
「大隊も無理ですか……巡回遠征に出した戦力が原因ですか?」
「それもある。だが主な理由は城の敷地内での防衛戦だからだ。人が多すぎても上手く機能せん」
「なるほど、総指揮はあなたに任せるとして、私はどのように動きましょうか?」
戦闘中に連携を考えることもある。間違いなく総指揮官が全ての行動を把握しておいたほうがいい。そのため、ラードはケリオスに基本行動の指示を仰いだ。
「魔法部隊には交戦中の敵魔法兵の無力化を最優先で、可能であれば敵兵殲滅をお願いしたい」
「分かりました」
これは戦争においての定石手だ。城内戦闘でもいつも通りで良いらしい。もっとも敵の情報が足りないというさっきから何度も聞いている理由によって有利な陣形が整えられないのだ。このケリオスの考えはラードも容易に理解した。
「基本的にぶっつけ本番だ。我々、反逆対策部隊は命を失う覚悟で挑まねば全滅も有り得るだろう」
直後、ケリオスは立ち上がった。
「ええ、そうなるでしょうね」
戦力では勝っているだろうがこの話はかなり現実性が高い。情報戦で大敗を喫している状態では常に敵が戦を支配していると言っても過言ではない。
「死ぬなよ」
ケリオスは退出間際にそう呟いた。彼なりの激励だろう。
「そちらこそ」
ラードは友人の激励に同じく激励で返した。
「では私は部隊に発破をかけてくる」
不器用な友人は
(そういえばソフィはどうしているんでしょう)
ラードがこの疑問を持ったことに理由はない。前後も脈絡もなく、ただ気になっただけだ。
そのソフィは今、祠から一キロメートルも離れていない場所で休憩していた。
「ぜえっ……ぜえっ……」
完全に息が上がっていた。
(……くそう。体力を考えてなかったわ。下手をすると今日中に王都に帰れんぞ)
出発から約三時間、ソフィは〈アクセル〉の連続行使でほぼ二十キロメートルを走りきった。
彼女の体で軽く走ると時速四キロ程度である。それを十倍の時速四十キロメートルに加速し三十分で到着しようとした。
しかし、彼女の体は九歳である。しかも普段は一切走ることはない。
要するに、体力が持つはずなかったのである。
休憩を挟んでどうにか三時間で到着したが帰りは更に時間がかかるだろう。
わざわざ早起きをして出発したのはクーデターが発生するまでに帰るという目的の為だったが、もはやそれも無理らしい。
一応、身体の状態を回復する魔法もあるにはあるのだがその魔法は三人格の中でシロにしか使えないものだ。
レルにシロを託している今、その魔法に頼ることもできない。
(こんなことなら駄目もとで馬を借りれるか交渉して来ればよかった)
行く前にソフィは馬を借りるか考えたのだが、運送業者に頼んでもまず借りられるはずが無いと諦めていた。
(
突然、クロがソフィを嗜めるようにソフィの愚痴に近い後悔に割り込んできた。
(だってさ、馬を借りれたとしてもこの体で跨ることもできなければ俺もお前も馬術なんてからきしだし、そもそもここは超危険地帯だ。馬を無事に返せる保証なんて無いぞ?)
正しくその通りである。
(……すまん、お主の言うとおり冷静さを欠いておったらしい)
(分かればいい)
ソフィは自身の呼吸が落ち着いているのに気づき立ち上がる。一秒でも早く帰りたいのなら無駄に休憩するわけにはいかない。
彼女は意を決して祠へと向かっていった。
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