第十三頁 前日談
闘技場を去ったソフィは再びガフストの私室に来ていた。
「……それでケリオスを叩きのめしたのかね」
一連の出来事を聞いたガフストは引き出しから無記入の依頼用紙を取り出し必要事項を記入し始める。
「クロはいい運動になったと喜んでおったぞ」
「それは良かったがケリオスは白金等級相当の実力者でうちの近衛部隊のトップだ。祭りの前日なのに使い物にならなくされればこちらも大分困るのだが……」
ガフストは依頼側のため、あまり文句を言うことは出来ないのだが、それでも今回はやり過ぎだと非難の目を向ける。
「ラードが何とかするじゃろ。それにこの程度で立ち直れんのじゃったらそれこそ戦場では使い物にならんぞ」
ソフィの言うことも一理ある。この結果はラードもガフストも分かっていたことでもあった。事実、黙認を貫いてきたのに今更ソフィだけを責めることは出来ない。
「話を元に戻そう。ソフィ、君に骨龍の討伐を正式にお願いしたい」
ガフストはたった今書き終えた依頼用紙をソフィに手渡す。
「承った。…………先ほど聞いたことが殆どのようじゃの。ガフスト、一応一つ確認したいことがある」
それを受け取って即答したソフィは受け取った依頼用紙を一通り黙読し、初耳の情報について詳細を問うた。
「何かな?」
「何故、骨龍が未だ祠に居るという判断をしたのじゃ?」
それは骨龍の現在位置についてであった。
「当たり前だが骨龍はその名のとおり龍の骨だけで構成されている。それに君も知っての通り龍の骨は高密度、高質量で知られているんだが……」
ガフストはその問いの答えを直接言うのではなくヒントを告げた。それなりに付き合いが長いからこそ答えではなく情報を欲していると彼は正しく理解していた。
「ああ、そうか。骨龍は骨のみじゃから翼が機能しないんじゃな。故に完成形で鎮座している骨龍がそのまま使役されたとしても空を飛べんから移動時に発生する地鳴りに似た騒音で位置が分かるということじゃろ?」
「そのとおりだ」
ガフストはヒントを与えただけで直ぐに正解に到達したソフィへ、尊敬の眼差しを送った。
「では、また」
ソフィは微笑を返し退出した。
「よろしく頼む」
小さな賢者に王は頭を下げていた。
ソフィが宿に戻ったときには既に日が沈みかけていた。
「ただいま」
「おかえり、ソフィ」
「ポロン、具合はどうじゃ?」
ポロンが上体を起こしていたためソフィは体調を訊いた。
「ついさっき起きたところだ。大分良くなったよ」
「そうか、では少し話をしてその後に夕飯を食べに出るか」
「やった! 外食ね!」
もとより体調が万全ならその予定だった。ソフィはレルの子供のらしいはしゃぎ様に微笑んだ。
「それで話なんじゃが……」
ソフィは二人に大まかではあるが明日、起こりうることについて説明した。
「明日、もしかしたらクーデターが起きるかもってこと?」
「要するに、そういうことじゃ」
「クーデターの可能性は分かったけど俺たちに何が出来るんだ?」
「それについては最後に説明しよう。まずはポロン、クーデターは何を狙うか分かるかの?」
「えっと……王様?」
イメージを元に、自信なさげではあったがポロンは答えた。
「正解じゃ。連中がクーデター時に攻撃するのは王様や権力者、そして抵抗する者なんじゃよ」
「……ってことはただ逃げるだけじゃ狙われないの?」
レルがソフィの言いたいことを先に言った。
「うむ」
「妙に断言するな……なんで?」
「民衆に手を出すことはクーデターではなくテロじゃからだ」
この回答では完全に意味不明である。
「ちょっと意味が分からないな……そもそもテロとクーデターって何が違うんだ?」
やっていることは反逆で似ている点は確かにある。なら違いに答えがあるかもしれないとポロンは考えた。
「クーデターとは非合法的手段に訴えて政権を奪うことでテロは政治目的のために暴力あるいは脅威に訴える行為のことじゃ。最大の違いはその成功率じゃの」
「「成功率?」」
思わぬ答えにポロンとレルは同時に疑問符を浮かべた。
「然り。その説明の前にまずはそれぞれのイメージを固めるぞ。クーデターは同じ考えの人間を集めて戦力にし、集まった戦力で攻める。要するに不意打ちからの力技、一単語で言うと力技じゃ」
「ふむ、力技ね」
「テロは人質を取って脅迫する。これも一単語で言うと脅しじゃの」
「力技と脅しか……イメージは大体知っているのと同じ感じかな」
「まあ、そうじゃろうな。その上で言わせてもらうとクーデターはそれなりの成功率があるがテロの成功率は机上では皆無じゃ」
「「皆無!?」」
まさかの「皆無」という言葉に二人は驚いた。
「別に驚くほどじゃないぞ? ポロン、お主がテロリストじゃったらまずどういう人を狙う?」
「そうだな……貴族とか、王様にとって大事な人とかだと思う」
「まあ、そのあたりじゃろう。当然、警備は固いぞ? まあ、特例として内通者の協力で貴族の拉致に成功したとしよう。ここからわしは王様として振舞う。ポロンはそれにテロリストとして対応してくれ」
「えっ? わ、分かった」
突然のことにポロンは当然のことながら戸惑った。
「我々は人質解放を望む。何か要望はあるか?」
「俺を王位にしろ、さもなければ人質を殺す」
「それは飲めない。何か他に条件はあるか?」
「いや、変えるつもりはない。そうだな、そんなに決断できないなら十分間の時間制限を設けよう」
ソフィは目を閉じて一言。
「早かったな、ここまでじゃ」
「は?」
ソフィの言うとおり、すぐに終わりを迎えた茶番にいったい何の意味があったのかと困惑するポロン。
「収束点に到達した。お主は詰んだんじゃよ。意味が分かるか?」
「全然……」
当たり前である。
「どんな人をどれだけ人質に取っても基本的にこのような交渉は二つしか収束点がない」
「二つ?」
「それは妥協点模索と千日手じゃ。今回は千日手じゃの」
「収束点に到達したのは分かるけどそれが何で俺の負けになるんだ?」
というかあの茶番は何だったのかという疑問は一向に解消しない。
「ではまず、双方の勝利条件を確認しようかの。ポロン、お主の勝利条件は?」
「えっと……王位取得で良いのか?」
「そうじゃの。わしは人質を無事に開放じゃ。ここで気づくことはあるか?」
「どちらも初期要望だな……」
「正解じゃ。このとき双方の勝利条件は初めに提示されたものじゃの。今のやり取りだと千日手じゃった。ならば妥協点模索だとどういう状態になるかの?」
「そりゃあ、人質は無事か否の二択なんだから、こちらの要望を変えるしかないよな」
ここでようやくポロンは茶番をすることでこれらの考えを理解しやすくするためだと気づいた。多分、あくまで多分だが茶番をしていなかったらこの答えはでていないだろう。
「然り。気づかんか? この時点でお主は勝利条件を満たせなくなった」
「あっ……」
レルが気づかなかったとばかりに目を見開いていた。
「じゃあ、さっきのように千日手だったらどうなるんだ?」
「それは十分後にわしがどのような選択をするかにかかっとるの。わしが出来ることは三つ。要望を受ける、人質の安否を考えない前提の要望無視、脅迫者への攻撃じゃ」
「ふむふむ」
ポロンが顎に手を当て情報を整理する。
「一つづつ、お主が勝てる方法を確認するぞ? まずは要望を受けたとき、これは様々な結果がでるじゃろう」
「えっ? どちらも勝ちじゃなくて?」
ポロンは人質を用いての取引が成立することしか考えていなかった。
「それもある。じゃがお主はその人質を簡単に返すか?」
「いや……たぶん手放さない」
「そうじゃろう。ということはお主の一人勝ちという可能性が出てくる」
「じゃあそうすれば……」
この返し方は流石に安易過ぎただろう。
「たわけ、これはわしの選択権の範疇じゃ。要望を受けることをしなければ可能性も潰れるし……そもそもこちら側は最初に妥協点模索を提示しとるためまず選ばんじゃろう。それをするなら脅迫者への攻撃を選ぶはずじゃ。もし王位を譲ったとしても忠心の無い家臣に殺されるのが落ちじゃの」
「ぐっ……」
「次に要望の無視。これはお主に勝ちはない」
「なんでだ?」
「人質を死なせてしまえば確かにわしらの負けじゃが同時にお主も負けとなる。人質がいない脅迫者など恐れる事はない。例え殺さなかったとしても次の時間設定の提案に移るしかない」
「そうしたら完全に千日手だな」
正しい理解にソフィは頷いた。
「そうじゃな。そして脅迫者への攻撃もお主の勝ちはない」
「こういうことか? 奇襲が成功して人質が無事ならソフィの一人勝ち、奇襲に俺が気づいて俺が人質に手を加えようものなら両者負けになるんだよな」
「そのとおり。この時に重要なのはわしが勝つか負けるか左右されるが脅迫者には勝ちの目が一切ないことじゃ」
「負ける前提で挑まなければならないのか」
「しかも人質は殺したら負け、開放しても負けという交渉において最悪の材料じゃ。自身から詰みの状態に持ち込んでくれるとは滑稽じゃのう」
「そういう風に聞くと馬鹿みたいに感じるな……」
「ははは……」
苦笑い気味にポロンは言った。そのオブラートに包む気がない言葉を受けてレルも苦笑いを浮かべた。
「間違いなく馬鹿の所業じゃよ。じゃが人の命を手中にし、天秤にかける行為は机上論で導かれた詰みを帳消しにする可能性を秘めているのも事実じゃ。良心によって選択を間違えることもある。命を懸ける脅迫は絶対に許されることの無い行為じゃ」
苦笑いを浮かべることのなかったソフィの声は低く、まるで自身を責めるように彼女は拳をきつく握りしめていた。
「そうだな……でも、可能性を秘めているならそれこそテロが起こらないとは言えないんじゃないか?」
この意見自体はおかしな物ではない。しかしタイミングが悪かった。
「それはこれから説明する。言っておくが今のはテロの成功率が机上では皆無と言うことにお主が疑問を持ったから説明したんじゃろうが」
今まで話したことはポロンの「テロ可能性」という疑問とは別物だと説明した。
「……すみません」
さっきの返しもだが思慮の浅い応答をする自身をポロンは恥じた。
「一応、クーデターの成功率についても説明しよう。クーデターは力技という表現のように戦力が大きければそれに応じて成功率が上がるのは理解できるか?」
「ああ、さっき答えた王は勿論、王国軍と大臣を殺しきれば良いんだろ?」
「大臣にまで及んだか! 満点じゃ!」
ソフィはポロンの答えに驚いた。
「そりゃあさっき忠心がいないからどうのこうのって言ってたじゃないか」
「いやいや、だとしても意外と気づかんもんじゃよ。では問おう。クーデターをするときに人員を割くか?」
「いや、最大人数を用意する。割いたら勝率が下がるだろ?」
人が多ければ多いほど成功率が上がる。人をどれだけ集めても成功率は百パーセントにはならない。しかも失敗が許されないのであれば成功率を上げれるだけ上げるのが普通である。
「そのとおり。クーデター中にテロは起きない大きな要因はこれが理由じゃ」
「テロを起こすくらいなら戦えってか」
ポロンの簡易な表現は今の説明を分かりやすく要約している。
「そういうことじゃ」
「じゃあ、小さな要因は?」
ここでレルが疑問をぶつけてきた。どうやら彼女は「大きな」という意味を性格に理解していたらしい。正直なところソフィは目ざといなと思った。
「……説明するつもりは無かったんじゃが、この際ついでじゃの。小さな要因、それはクーデターとテロの関係じゃ」
「よくわからない」
勿論、ソフィはこれで理解しろというつもりはない。
「簡単に言うぞ。テロはクーデターに必要な人員または戦力が足りないときに発生するんじゃ」
「ってことはクーデターとテロは同時に起こりえないってことになり、クーデター中に一般人が危害を加えられることも無いということになるのね」
「そのとおりじゃ。ポロン、これで納得したか?」
レルは今の返答で納得しているのが分かる。問題はないと思ったが一応、ポロンにも確認した。
「ああ」
「ようやく、明日の緊急時について話せる」
「そうよ。私たちは何をすればいいの?」
「お主達はこの宿に戻りなさい。それとレル、これを」
そう言いソフィは腰のポーチから純白の石を取り出し、レルに渡した。
「これは?」
「わしの別人格が宿っておる。宿に戻ったら魔力を込めて指示を仰ぎなさい」
この発言にポロンは驚いた。
「べっ別人格!?」
「何を驚く、さっきお主に言ったぞ。識別魔法に『慣れとる』とな」
「あれってそういう意味なのかよ……」
ポロンはソフィが言っていたことを思い出す。確かに識別魔法は使う機会が少ない魔法なので「慣れている」と言ったら多重人格者であるという理由の方がしっくり来るかもしれない。普通のことながら、その事実は彼の常識が理解を許さなかった。
「ようし、言うべきことも言ったし飯を食いに出るか!」
「うん!」
「おう!」
ソフィの掛け声に二人は同時にいい返事をした。
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