第十一頁 手紙の真意

「紹介を終えたことだ。ソフィに手紙の内容について話そう」

 王がソフィの方へ体を向け、語り始める。

「あの手紙に綴ったように現在、このルストフンド王国は危機に瀕している」

「緊急で未曾有とあったが誇張というわけではないんじゃろ?」

「ああ、非常に深刻だ。実は今、我々の元にある噂が届いている」

「噂じゃと?」

 噂がそれ程の深刻な問題を生むのかという疑問にガフストは肯定の意志を持って頷いた。

「内容は骨龍が目覚めたというものだ」

「骨龍というと祠のか」

「その骨龍だ」

 話に出てくる骨龍は王都から北西に約二十キロの距離に位置する祠の最深部にて鎮座している骨のことである。息絶えているにも関わらず骨が龍の形を保ったままでいるため、生きているみたいだと感じた民衆が骨龍と呼んでいるのである。

「その噂通りじゃと龍が復活したことになるんじゃが……」

 ソフィは暗に情報が欲しいと言ったが、残念ながら彼女の要望をガフストは叶えることが出来なかった。

「実際のことは分からない」

「なぜじゃ? わしが来るまでの間にでも少しは調べられたと思うが……」

 この賢王が情報を集めることの重要性を理解していると知っているため、ソフィは更に困惑した。

「勿論調べさせた。相手が相手だから金等級冒険者以上を条件に冒険者ギルドに依頼したのだ」

「妥当な判断じゃな」

 ソフィは王の情報収集方法がおかしい物で無かったことに安堵した。であれば、まだ分からないのだとすると情報収集が終わっていないのだろう。

「……八名が帰ってこなかった」

「何じゃと!?」

 ガフストによりもたらされた予想外の情報にソフィは驚愕し納得した。

 報酬が設定された依頼であれば様々な仕事を請け負う傭兵を冒険者と呼ぶ。鉄等級、鋼等級、銅等級、銀等級、金等級、白金等級と六段階に分けられており実績と実力を加味して冒険者ギルドが等級選定を行う。

 金等級以上の冒険者は例え昇級したてでも上位等級に相応しい実力と実績を持つ。そんな言わばエリート達が八名も帰ってこなかったとなれば少なくとも「龍やそれに匹敵する力を持った存在が居る」という噂の一部分は正しいことになる。

 しかし、それを実際に目撃した人物が居るわけではないため「匹敵する」のように曖昧な「予想の範疇」に留まってしまうのだ。ガフストの「実際のことは分からない」という言葉はこの事実をもとに発されたことが今なら分かる。

「そしてここからが本当に深刻な内容だ」

 今の噂だけでも十分深刻な問題というのに、更に深刻な問題があるという発言にソフィは頭を抱えそうになった。本当に頭を抱えそうなのは彼女ではなく他でもないガフストだろうが。

「今以上に深刻になるのか?」

「残念ながらな」

 内心は荒れに荒れているだろうにそれを表情に出さず平然と言ってのけるガフストよりもルストフンド王国国王に相応しい人はいるだろうかとソフィは本気で思った。

「王よ、ここからは私が」

 本当に深刻な問題の話題に入る直前、ラードがガフストに代わると告げる。

「わかった。続きを頼む」

 ラードから何か感じるものがあったのか、ガフストは彼の申し出に任せた。

「では、話を引き継がせて頂きます」

「わざわざ話を引き継いだのは訳があるんじゃろ?」

「ええ、察しが良いですね」

 ラードの目には感嘆が込められていた。

「この程度、察しがいい内に入らんわ」

「……そうですか。王が話そうとする本当に深刻な内容は現王反対勢力の暗躍です」

「まさか……」

「そのまさかですよ。クーデターの可能性です」

 ラードは明後日の方を向き「面倒なことです」と付け加えた。悲しいことに、それはこの場の全員が思っていることだった。

「なぜこの楽しい祭りの時期に……すまん。この時期じゃからか」

 建国記念祭は多くの人が集まる。王国各地から集まる反対勢力の戦力合流が人に紛れてしまい、不審な動きにならないのである。更に、バレバレでクーデターに挑むのではなく、起こるかもしれないという「疑い」のままクーデターを起こせるのは大きい。

 しかも、王都内の警備で軍兵を徘徊させねばならない。クーデターがもし起こったら戦力が減っている状態で挑まねばならないだろう。例え徘徊兵による挟み撃ちができたとしても意味のある攻撃にはならないというのは容易に予測できる。

「例えクーデターが起こったとして敵の戦力はそこまで大きいものか? たしかガフスト王を支持する者は多かったと記憶しとるんじゃが……」

「はい、王の支持率は七割を超えています」

 七割というと異常に高い数値である。

「相変わらず高いんじゃな……どれだけ帝国時代が酷かったのがよく分かるのう」

「ですがそれでも三割近くの国民はどちらでもない、または支持しないです」

「その三割近くがクーデターに参加すると?」

 半信半疑でソフィは問う。

「いえ、参加者は全国民の一割にも満たないかと」

「旧帝国兵か」

 旧帝国とはルストフンド王国が建国される前、周辺国を武力によって侵略していた国だ。旧帝国に対し当時の第六皇子であったガフストがクーデターを起こし、現在のルストフンド王国が建国されたのである。当時の帝国兵達は精鋭ぞろいで帝国の武力侵略を支えた大きな要因となっている。

「王が危惧している点はそこです」

 ラードが「王が」と言ったことに違和感を感じたソフィはそのままぶつけることにした。

「では、お主が危惧しておるのは?」

「私は骨龍を目覚めさせたのはその反対勢力だと考えています」

「「何だと!?」」

 これまで聞きに徹していたガフストとケリオスが声を荒げた。

「二人とも落ち着ちつきなさい。……それが話を引き継いだ訳か」

「正解です。ソフィ。……流石にここまで説明すれば分かりますか」

「そりゃあな……それで? ガフストよ。わしにどうしろと」

 ソフィがガフストにここへ呼んだ理由、本題を問うた。

「あ……ああ、私がソフィに頼みたいのは骨龍の討伐だ」

 ラードの予想に唖然としていたがソフィの問いに依頼として返答した。

 他ならぬ旧友のお願いである二つ返事で引き受けるべきだとソフィは考えた。

「わかっ――」

「お待ちください! 王よ!」

「何だ。ケリオス」

 ソフィの返事を遮ったのはケリオスであった。

「王とラード殿はこのお方一人に行かせるつもりですか!?」

「そのつもりだ」

 これだけ聞くとどう考えてもケリオスが正しいことは言うまでもない。

「金等級冒険者が一気に八名も死んだんですよ!? これは白金級冒険者、または私やラード殿のような人間が小隊、または中隊で挑むべき相手です!」

 間違いなく正しいケリオスの主張は至極まともだろう。

「ケリオス、お前の言いたいことは分かる。だがクーデターの可能性がある以上、白金級やお前たちを討伐に向かわすわけにはいかない」

 しかし、王によってその主張を潰される。

「ですがアルタレカ嬢が一人で骨龍に勝てると思いません!」

「彼女については――」

 ガフストがソフィに対する絶対の信頼について説明しようとする。

「ガフスト、良い」

「ソフィ?」

 それを遮ったソフィにガフストは嫌な予感がした。

 旧友だからこそわかってしまう次の展開、それは――

「ケリオス殿。そんなに反対するのであれば一つ勝負をせんか?」

「この私に勝負だと?」

 重く低い声が響く。小心者であれば今すぐに泣いて逃げ出しているだろう。

「そうじゃ。試合形式でわしがお主に一人で討伐に向かうことを認めさせる」

 薄笑いで挑発するソフィは、この挑発にケリオスが乗ってくるように、あえて尊厳プライドを傷つけるような言い方をしていた。

「身の程を教えてやる」

 ソフィの思うように挑発に乗ったケリオスに油断は無かった。彼自身の実力はそれによって伴う階級が証明している。この幼女に、万に一つでも負けることはないと、既に確信していた。

「では審判は私がしましょうか」

 勝負とは要するに試合である。試合には審判は必須だ。あくまで、ラードは善意で審判を申し出た。

「わしが認めさせる試合じゃし審判はいらんじゃろ」

 しかし、結果的にこれはケリオスへの挑発の材料となってしまった。

 審判など居なくても良いような一方的な勝ち試合にするという意志をケリオスは

「そうですか」

 ラードは断られ、挑発に利用されたことをあまり気にしていないようであった。

「先に、闘技場にて待つ。ラード殿に案内してもらえ」

 声に怒気が孕んでいる。少なくとも冷静さは欠いているだろう。

「了解じゃ」

「流石にやりすぎではないのか?」

「ああいう奴には自信の愚かさを思い知らせたほうが効果的じゃろ……まあ、思い知らせるのは奴なんじゃがの」

「……彼女を起こすのですか?」

 恐れるようにラードが問う。

「骨龍を倒すためにも準備運動をさせてやらんとな」

 このラードに対する答えは肯定であろう。

 返答をしたソフィはそのまま、案内なしに部屋を出て行った。

 残った二人はソフィが圧勝することを微塵も疑っていなかった。


 懸念していたのはむしろ、ケリオスの精神が壊れることであった。

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