第十頁 質の悪い悪戯
レルとポロンを部屋に残し、王城へと向かったソフィは早速、とある問題にぶつかっていた。
「だから! アルタレカ図書館の統括司書が面会を申し出とると伝えろ!」
「お嬢ちゃん、ここは王城でね。子供が来る場所じゃないんだよ」
「お母さんはどこかな?」
見た目が幼女なため、まず取り合ってくれないのである。九歳の幼女がどれだけ真実味を持たせて訴えたとしても、おままごとで済まされてしまう。中身が余裕で成人を迎えていると知っているなら取り合ってくれるがこの門番の二名は事実を知らない。自身の見た目による悲しい問題だ。
このままでは埒が明かない。会えるかどうかは別として内部の知り合いに取り合ってもらうべきと考え、一度身を引こうとした時、殺気が三人を襲った。
「〈黒雷線〉」
男性特有の低い声質で発されたその魔法名は手軽かつ高威力で有名な黒雷線であった。黒雷線はその名の通り、黒い雷線を放つ魔法である。低燃費、黒く染まっているので夜間の暗殺向け、低級魔法だからほとんどの人が利用できるという、魔術に対する一般市民の悪評を誘いそうな魔法である。(「誘っている」ではなく、あくまで「誘いそう」なのは魔法という知識が一部の人間にしか理解されておらず一般市民の関心がないためである)
しかし、三人はその雷撃に身を焼かれなかった。
雷撃は三人を一瞬よりも遥かに短い時間で襲うはずであった。であるなら少なくとも対策は魔法発射時よりも前に行われないと間に合わない。
そんな芸当が出来るのは襲われた三人の中では明らかである。
三人の前には純白の盾が顕現していた。
そこにパチパチと場違いな拍手が響き渡る。
「いやはや、〈白壁の盾〉を条件起動で待機させていたとは……流石はシロですね」
「ラーグ、なんのつもりでしょう?」
応じたのは襲われかけた三人とは別の口調……いや誤解が無いように正確に言おう。
応じたのは髪が白く染まり口調が変わったソフィであった。
「『なんのつもりでしょう』ですか……それに対する答えはあなたを助けに来た、ですね」
ラーグと呼ばれた男性はある意味、場違いなことを言ってのけた。
「私たち三人を殺そうとした、の間違いではないですか?」
清楚な幼女の笑顔の裏には非難、軽蔑など、負の感情がにじみ出ていた。
「いえいえとんでもない。あなたならこの程度の魔法、脅威にすらならないでしょう。その信頼ですよ」
「命が危険にさらされたのに脅威にならないわけがないでしょう。それに信頼という言葉はもっと別の使い方をするものだと思っていましたが……それで用件を話してください」
これ以上、ラーグに言っても意味がないと思い直し、やや呆れ気味に本題を問う。
「王の指示です。あなたを案内しろと」
「はあ、では先ほどの茶番は本当にただの遊びだったんですね?」
しかし、遊びと言うには質の悪いものであった。
「はい」
それに対して悪いとも思っていないのか、シロの問いに即答する。
「まあ、シロに対しては罪悪感など一切ないのですが後ろの二人まで巻き込む必要性はありませんでしたね」
訂正、シロに対しては本当に悪いと思っていなかったようだ。
「王の命により、この者の入城を許可します。二人とも異論はないですね?」
王様直々の命令に背くことなどできるはずが無い。しかし、この場合はラーグに対する恐怖が二人に背くことを禁じていた。
「それと、先ほどは驚かせてすみません」
深々と頭を下げるラーグに二人は戸惑った。
「では」
と何事も無かったかのようにスタスタと歩いていくラーグにソフィ(既に髪の色が戻っている)が付いていく。
ラードに案内される道中、ソフィは激しい頭痛に襲われていた。
「あまり、シロをいじめんでほしい……愚痴が酷くてのお」
頭に手をあて顔をしかめて言うあたり結構深刻な問題であろう。
「申し訳ありません。ですが楽しいので止められないんですよ。まあ、ソフィのおっしゃることですし考慮はします」
「わしが望んでおるのは、考慮した結果『止める』という選択をすることじゃがな」
ラードの言葉に疑問を持ったソフィは釘を刺すことにした。
「ハハハ、それは無理でしょう」
即答で笑われソフィの頭痛が一層、酷くなる。
「……考慮する前に自信満々と言うことではない」
予想通りだが今回の説得も残念ながら失敗に終わったようだ。
頭痛、愚痴に耐えながら重くなっている足を強引に動かし、ラードに付いていく。
「少しペースを緩めますか?」
「構わん。辛かったらそう言う」
様子を見たら誰が見ても辛いはずであったがソフィはラードの提案に乗らなかった。
「分かりました」
目的地に着くころには頭痛も治まっていた。
ラードによって案内された場所はガフストの私室、すなわち王の私室であった。
彼はコンコンコンと三回のノックをし返事を待たずにドアを開け恭しく一礼する。ソフィもそれに習い、一礼する。
「よく来てくれた。久しいなソフィ。最後に会ったのは何時だったかな?」
部屋の主であるガフストは立ち上がってソフィに座るよう促す。
「かれこれ十年ぶりじゃよ。ガフスト」
ソフィは指示された専用の椅子に魔法のアシストを用いて座り、ラードはガフストの隣に立った。
「ハハハ、忘れておった。時間とはこんなに早く過ぎていく物だったとは」
「時は金なりとは金言じゃの」
「ああ、その通りだな」
「……世間話はそこそこにしよう」
ソフィがチラリとラードを見る。
「ラードはこの場に居て構わない」
良いのかと反射的に問おうとしたが王が構わないと言っているのである。ならば良いのだろう。
「あと一人、この場に呼んである」
「そうか……まずは指示とは違う行動をとってしまい申し訳ない」
多忙であるガフストの予定を狂わせたソフィは本格的な話が始まる前に謝罪した。
「頭を上げてくれ。ソフィの行動は当然のこと、その上此方は依頼する側だ。気にする必要はない」
指示は祭りの最中に(ソフィには分かる)とある場所で待ち合わせようというものであった。
「それに君の早期来訪は此方としても好都合なのだ」
何故と問おうとする直前、カッチャカッチャと一定のリズムで甲冑特有の音が鳴り少しずつ大きくなっていく。この部屋に誰か近づいてきたらしい。
ラードと同じように礼儀正しくノック三回、恭しく一礼した騎士のような男が入室する。
「申し訳ありません。遅れました」
「構わない。ラード、ケリオス、二人とも彼女のように着席したまえ」
「「御意に」」
円卓を囲むように四人が座り、王が代表して話を切り出す。
「まずは二人に彼女を紹介しよう。彼女はソフィ・アルタレカ。国内を渡るアルタレカ移動図書館の統括司書である。今回の件で私が呼んだ」
「この体故、座りながらの挨拶に関する非礼は見逃してくれると助かる。ラードは知っとるはずじゃが、わしはソフィ・アルタレカじゃ。詳細は先ほど王に説明してもろうた通り。よろしく頼むの」
こちらが当たり前だが、中には前置きしても非礼を快く思わない人がいる。今回は有難いことに、そこまで不快感を与えたイメージは無かった。
「では、私も改めて。私は国軍特務魔術選抜部隊隊長兼魔術兵団総隊長のラード・マロンです」
「兼で繋げとるとはいえ、そんなに長い階級じゃったか?」
「普段は一切この階級を使わないんですが十年前の改革で変更されたんですよ」
「ああ、そういうことか」
ソフィは何となく事情を察した。
「ラード殿、特務部隊は一応、部外秘だ」
ケリオスがラードをたしなめる。この相手に説教をしたところで意味がないだろうが……。
「そうお堅いことを言うなよ。ケリオス君」
「いや、機密事項をほいほい口外されると此方も困るんだ!」
「まあ、落ち着きたまえ。ほら、君も自己紹介をしなきゃ」
「ぐっ……私は国軍武術統括総隊長ケリオス・ノートと申します。アルタレカ嬢、以後お見知りおきを」
「アルタレカ嬢は堅すぎる。ソフィで良い」
「わかりました。ソフィ」
先ほどお堅いと言われたケリオスだがソフィ嬢と呼ばないところから見てもそこまで堅い人物ではない。ラードが異常なのである。
「さて、紹介も済んだことだ。本題に入らせてもらう」
「そうじゃ。国の危機とあったが……いったい何があったんじゃ?」
ガフスト王が手紙の真意を語る。
それはソフィが予想していた以上の深刻な問題であった。
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