第九頁 謎の才能

 王都の集会所に荷物と馬車を預けたポロンは正式に仕事を辞めたことになる。少し寂しい気持ちになるが、すべては自身の夢、目標のためだ。

 手続きを終え集会所を出た彼はソフィたちと待ち合わせている場所へと向かう。


 関所の近くにそびえ立つ巨木は歴史を感じさせる威圧感を放っている。この巨木に関する本も書かれており樹齢はなんと五百年らしい。一時は木を倒すことも考えられたらしいが現在の王様による計らいで、この歴史的「遺産」とも呼べる巨木を残すことになったらしい。

 ポロンに「手続きが長いから遅くなる」と知らされていたためソフィとレルは宿屋を確保し、待ち合わせ場所である巨木の下で会話をしていた。

 実際はソフィの巨木に関するお話をレルはただ聞いていただけであったため会話ではなく一方的な説明であった。レルが相変わらず博識だなあと感心していると遠くから待ち人が歩いてきた。

「ソフィ、あそこ!」

「おお、やっとじゃの」

 待ち人であるポロンも巨木の下にいる二人を見つけたらしく手を振ってきた。それにレルは手を振りかえした。


「すまないな。遅くなっちまった」

 ポロンは申し訳なさそうに頭をかきながら走ってきた。

「いや、話は聞いておったから気にせんでよいぞ」

「こっちは宿が取れたよ」

二人が笑顔で応答したので罪悪感はほとんど無くなり、これ以上、謝るという愚行を犯すことは無かった。

「三人部屋、滞在期間は一週間の予定じゃ」

「三人部屋って……良いのか? 俺も同じ部屋で」

 ポロンの疑問は一応、当たり前と言えよう。

「なんじゃ? 個室が良かったか?」

「いや……倫理的に」

「そもそも個室を取る資金は無いし、祭りが終わって図書館で働くことになったら一つ屋根の下で一緒に生活することになるじゃろう。それに一応、レルに確認を取っておる」

 何を今更という表情でソフィが告げる。

 ポロンはレルに無言で伺うと返ってきたのは肯定の微笑みであった。

「ならいいけどさ……」

 十七歳のポロンとて思春期真っ只中である。緊張はするが自身が間違った行動をしなければ何も問題はない。(そもそもそんな度胸など無いのだが)信頼を壊さないために彼は一人静かに決心した。

「とりあえずお主の荷物を置きに行かんか?」

「そうさせてもらうよ」

 ソフィの提案によりポロンの荷物を置くため、三人は一度、宿屋へ向かった。


「へえ、三人部屋って言ってたから予想はしてたけど結構広いんだね」

 三人部屋が意外と広く率直な感想を言うレルに

「泊まる機会もそうないじゃろ。ああ、ポロンのベッドはこれじゃ」

 暗に堪能しとけ、とソフィが勧める。

「ほいほい」

 ポロンは指示されたベッドに荷物を置き、そのまま腰かけた。

「そうじゃ。先ほど言った魔法力を今見てやろうか?」

 自分から話題に出すのは子供っぽいと控えていたポロンにそれを見すかしたソフィが早速、話題を振った。

「じゃあ、お願いします」

「手を出せ」

「こうか?」

「先に言うておこう。……覚悟しとくんじゃよ」

「は?」

 ポロンの手を握り、ソフィが目を閉じる。彼は彼女の言葉の真意を測り損ね、覚悟を決めきれずにソフィの行動に合わせる。

 いったい何に対して覚悟をするのか。その言葉の意味など分かるはずもなくソフィの魔法が発動する。

 二人の周りに紫色に輝く魔方陣が現れた。

 彼の内側を覗く、そして客観的に彼の自我の内側にある目的の情報を評価する。

 この識別魔法はたいして魔力が必要なわけでも、大規模な魔法式で構成されているわけではない。しかし、多くのものは好き好んで使わない。なぜなら、内側を外側から覗くのではなく、彼女の自我ごとポロンの体に侵入し情報を閲覧しているのだ。要するに一時ではあるがポロンが同時多重人格者となる。その時の彼が味わう感覚は言葉には表せないような不快感に苛まれていた。勿論、ソフィの人格にも同様の不快感は与えられるのだが彼女はそれを気に留めもしなかった。

 これならば同化魔法という呼称の方が正しいのだが、この不快感のせいで同化自体が実用的でなくなり、用途である情報閲覧、すなわち識別魔法と呼ばれるようになったのである。

 魔力量を検査する「魔査官」はその魔法性質ゆえに国から多くの給金を受けている。このことは魔法分野で働く者にとって当たり前の対応であることは言うまでもない。


「……カッ……ハッ!?」

 約三分間の魔法が終わり、不快感から解放されたポロンは無意識のうちに自身の体が戻っていることを確認した。

「お疲れ様」

 お気の毒にと言いそうな顔でレルがタオルを渡す。

 それを受け取ったポロンはタオルに顔をうずめる。

「ポロン、大丈夫か?」

 何事もなさそうに心配するソフィにポロンがかろうじて質問する。

「なんッ……で……ッ?」

「まあ、わしは慣れとるからの」


 その約二十分後、ポロンはようやく正常な精神状態になり、安定した呼吸となった。

 魔術を習ううえでは登竜門とされる魔力量検査は避けては通れないものだ。集団に対し先に強烈な不快感を味わうことになると宣言すれば検査を受けない人が必ず数人出てくる。それを避けるために一切、明言しなかった訳だ。

「……騙された」

「心外じゃのう」

 一切明言してないだけで確かに騙してなどいない。

「まあ、悪かったとは思うとるがの」

 と真顔で言うソフィ。白々しいのは本人が一番分かっていることだ。

「……まあ、いいや。よくないけどいい。それで、どうだった?」

 いつか仕返ししてやろうと心に秘めながら今、訊くべきことを問うた。

「……魔法を使う才能であり魔力量を決める魔力適正が思ったより高くての。同年代平均より多少、多いようじゃ」

「よかったあ~」

 少な目が濃厚だという予想だったので平均より上という評価を受けたポロンは安心しベッドに転がった。

 しかし、対照的にソフィは不安感を覚えた。彼に対して告げたことに嘘はない。だが彼には言えなかったことがある。

 彼には多大な量の非活性魔力があった。一般的に魔力と呼ばれるものは活性魔力である。活性魔力は普段、自由に用いることができる。対して非活性魔力は普段、用いることができないが、ある条件を満たすと一時的に活性魔力となるのである。

 勿論、常人には存在しない代物だ。ソフィは何故その事実を伝えることが出来なかったのか、ついに分からなかった。


「まだ気分が優れないから寝る」

 ポロンはもう一度、ベッドにもぐりこむ。

「その方が良いじゃろ。レル、一応看病してあげなさい」

「構わないけど。……その言い方だとこれから用事でもあるの?」

 長年、同居しているだけあって次の行動を読まれたらしい。

「ああ、少し出かけてくる」

「わかった。気を付けてね」

 その言葉に手を振ることで返答とし、ソフィはとある場所へと向かった。

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