第八頁 魔術師の卵
日は変わり王都へと再び馬車を走らせる。その道中、ポロンはソフィに質問していた。内容は主に昨日、彼が彼女から借りた戦術教本についてである。
戦術という単語が出ているがストラテジー(戦略)という類のものではない。剣術などの体術と魔術を総称したものだ。(ここでは分かりやすくするため体術と総称させているが厳密に言えば体術は総称でなく独立した「術」の一つである)
「それでさ。俺って魔法は使えるのか?」
今まで一度も魔法を使ったことがないポロンは早速、疑問をぶつけた。
「使うことはできるじゃろうが詳しく魔力量を測らんと、どの程度のものかはわからんの」
「測り方ってあるのか?」
意外そうな表情でソフィの方を向く。
「識別魔法で正確に測れるが三つの点で目安として……実質二つなんじゃが、なんとなく測れるものなのじゃよ」
「ふむふむ」
「一つ目は本人の性格、体を動かすのが好きなら少な目、嫌いなら多目じゃ」
ポロンは仕事などで体を多く動かしている。それをもとに好きか嫌いかは第三者が判断できるものではない。(決めつけは偏見だろう)
まあ、大方の予想通り彼は体を動かすことが好きな方である。
「二つ目は生きている年数、年を重ねればそれにおおじて多くなる。三つ目は才能じゃが……これは、なんとなくでは測定できんの」
「げっ……俺って少な目が濃厚?」
若い少年が年齢による魔力量増加を考えるべきでないし、才能の有無はまだ判断できない。しかし自分に他人が羨むような才能を望むことは非現実的である。
欲張りかもしれないが魔法も使いたいと考えていたので今の説明を聞いて多少、不安になった。
「才能次第では如何にもなるが概ねその通りじゃろ。あとで視てやるから今は我慢しなさい」
「うーい」
はやる気持ちと現実を知りたくないという逃避感が混り、何とも説明しがたい葛藤が生まれるがそれを強引に隅へと押しやる。
「では今日は魔術について説明するかの」
「待ってました!!」
ここで過剰反応を示したのはレルであった。
「そういやレルはソフィから魔法を学んでいたんだよな」
ポロンは事前にレルが魔術を学んでいるということを知っていたため彼女の過剰反応を別段、不思議に思わなかった。
「ええ、まだ使える魔法も少ないけどね」
「ポロンには一から説明するから、めぼしい情報はないぞ?」
ソフィはレルに食らいつくほどのことは説明しないと釘を刺す。
「魔術を学ぶことが好きなのよ。それに復習にもなるし」
それを聞いたソフィは「愚問だったか」とつぶやき、ニコリと笑って講義(と呼べるかは怪しいが)を始めた。
「魔法、魔術と呼ばれるものは我々の持つ魔力と魔法式によって世界の理を書き換えるものじゃ。平易な言葉で言うと常識を覆す力じゃの」
「確かに教本にも書いてあったな。そういえばさっきも気にせず使ってたけど『魔法』と『魔術』に違いってのは?」
「魔法は先ほど『識別魔法』といったように様々な種類に分けられる。魔術はその総称じゃよ」
「なるほど、単位の違いってことか……さほど違いはないように感じるな」
「確かに気にするレベルで使い分けることは少ないじゃろうな。話を戻すが魔術の強みはその画一性にある。剣術や槍術、馬術や医術など、こと『術』とつくものは基本的に人間の体の限界を超えるものはない。しかし魔術はいとも簡単に人間の体の限界を超える。それはこの間、遭遇した賊相手にわしが『アクセル』を使ったことから見てもわかるものじゃ」
「正直、あの時は目で追えなかったよ」
「それは見慣れてないから仕方のないことじゃよ」
「……そうなのか?」
「然り。あの時は完全な無知じゃからの。ほんの少しでも経験を経た今なら多少なりとも違いがあるはずじゃぞ」
「そうであればいいけど」
ポロンの表情が沈みかける。
杞憂とはいえポロンの気持ちが多少、沈みかけたのをまずいと感じたソフィはあわてて話題の転換もとい話の続きを語り始めた。
「今挙げた人体の限界超越も画一性のひとつじゃが、他にもまだまだある。その一つを挙げると手数の多さじゃ」
「手数の多さ?」
「これは才能に頼る側面が強いのじゃがの。同一人物が一定以上の距離を持つ別地点に同時発動することができるというのは魔術だけじゃ」
「言われてみれば……それに、多くの種類がある魔術だけの組み合わせでも数えきれないな」
「では次はその『種類』について説明しよう。魔術はまず二種類に分けられる。通常魔法と特異魔法じゃ」
「聞いたことがあるぞ。確か特異魔法を……ベロップって呼ぶんだっけ?」
その反応にソフィはまじめに感心した。
「よく知っておるのう。語源は『発達する』という意味を持つディベロップからじゃ。特異魔法、通称ベロップの説明は最後に回させてもらおう」
「その方がわかりやすいのか?」
「まあ、そういうことじゃ。我々が使う魔法は基本的に通常魔法じゃ。これもさらに三つに分けられる。有属性魔法と無属性魔法、無系統魔法じゃ」
「……まだ細かくできそうな予感」
嫌な予感がするとポロンが漏らした言葉にソフィはハハハと笑う。
「察しがいいの。有属性魔法はさらに火、水、風、電、地に分けられ、無属性魔法は命、音、光、力と分けられる」
「あれ? 無系統魔法は?」
「今あげた種類以外のものじゃ。例えなら識別魔法が挙げられるの」
「なるほど……」
「基本的に全ての魔法は術式と魔力があれば発動可能じゃ。しかし『基本的に』と言ったように、これには例外が存在する」
「……と申しますと?」
「術式を知り、その魔法を扱うため《だけ》の才がある人にしか発動できない特異的な魔法、その例外が特異魔法じゃ」
「要するに、その人だけのオリジナルってことか……いや、原義に照らせばその人のために『発達』している魔法……という解釈でいいのか?」
「概ねその通り。まあ魔法式をこね回せば再現は可能じゃが実用的なものにはならんの」
「やったことがあるみたいだな……」
ポロンは内心、答えを予想していながら呆れ顔で問う。
「無論、試したことがあるぞ。一番効率がいい学び方は経験じゃからの」
それを当たり前のように語るソフィだが正直、ポロンは呆れを通り越していた。その人にしか使えない魔法を使おうとするなんてそれこそ強欲ではないかと。しかし、本当に重要なのはそこではない。彼は学び始めだからこそ気づかなかった。彼女が「例外」を「覆している」という事実に。……レルは気づいていたがソフィの規格外ともいえる行動は馴染み深すぎて、「何でもありか」と思うようになっていたのである。
「あとで復習として教本十二頁を確認するとよいぞ」
「了解!」
「後で私がテストをしてあげるよ~」
「任せとけ! と言いたいが……お手柔らかに頼むな」
レルの申し出に対する返答こそ、しぼんだ結果になったがポロンの気合を入れて頑張ろうとする意志の表れが見て取れる。
「これで魔術師の卵になれたというわけじゃ」
「早く殻を割ることができればいいけどな……っと見えてきたぜ」
ポロンが指す先には王都の外壁がそびえ立っていた。
「あれが王都かあ」
というレルのつぶやきに
「えっ? 移動図書館で来たことないのか?」
という疑問で返した。
王都は読んで字のごとく、王国の都である。勿論、人口は他の町に比べて明らかに多い。アルタレカ移動図書館のシステムを知っていれば行かないはずがないと考えるのは至極、まともな意見といえよう。
「十年前に来て以来じゃからな。覚えてないんじゃろ」
しかし、来ていないという決めつけは少しばかり早かった。
「十年? 随分、時間が空いたんだな」
「王都にはあれがあるからの」
「あれっていうと……そうか、そういえば王都にもでっかい図書館があったな」
ソフィの言葉にピンときたポロンは理由の核心を言い当てる。
「うむ。二つも大きな図書館はいらんじゃろ? そういうわけで基本的に後回しにしとる」
「って言ったって空きすぎじゃないか?」
ポロンはそれでも、不思議といった表情でソフィに問う。
「王都全土を回っておるゆえ、普通じゃと思うが……」
ソフィはそれに渋い表情で返答をする。理由としては一理あるがポロンの言う通り、期間は空けすぎたであろう。どうやら考える必要性があるらしい。
「ふーん」
ポロンはどうやら今の説明で納得したらしい。ソフィも今はここまで、と期間についての思考をやめた。
「あと、どのくらいで着くのじゃ?」
代わりに現在、ソフィの個人的に優先度が高い質問をした。
「そうだな……この距離なら一時間はかからないと思うぞ」
「ふむ、楽しみじゃの」
そして、その約四十分後、ついに一行は王都に到着したのであった。
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