第五頁 知恵を持つ者
ポロンが馬を駆けさせる。その馬に連れられ馬車もカラカラと音をたてながら目的地へと進んでいく。若いながらも仕事をこなしてきただけあって丁度良い速さで中々上手い。ソフィがその技に関心していると当の本人から話しかけてきた。
「あと二時間位で街に着くけど寄っていくか?」
確かに夕方のために時間的にも丁度良いと言えるだろう。今までに「一刻も早く」つかなければならないと言ってきていたが実際のところ「祭り」に間に合えばどうでもいいのである。
「ああ、寄ろうかの」
「了解だ」
ソフィの返事にポロンが返すと彼は無言になった。さっきからこの調子なのである。必要最低限のことだけ聞いてそのあとは無言。運転している時は何も話さないのでソフィは、はっきり言って暇だった。そのためレルと会話をしようするが、彼女は寝ているため会話は出来ない。(起こすという考えは流石に自己中心的過ぎて気がひけた)
「運転はそんなに集中するのか?」
というわけで矛先をレルからポロンへ移した。
「えっ? ああ、それなりに集中はするけど……」
まるでソフィの言いたいことがわかっているかのように言葉を濁す。
「けど?」
ソフィは彼のその反応を見てさらに追求する。
「……会話できない程じゃない」
「じゃあ何故話さん!」
「何故に怒られるし!」
「客がつまらん思いをしとるじゃろ!」
確かに運転手が気を使うべきであるがソフィも十分、自己中心的である。
「実は……」
ポロンはバツが悪いようにある告白をした。
「あまり人を乗せたことがなくてさ……口下手なんだよ」
「バルムはお主が客に冒険談を聞いていると言っておったが……まあ、仕方ないの。では私が話すとしようか」
「……俺も聞く方が楽だ」
恥ずかしそうに顔を赤く染めるポロンの意思表示を確認しソフィは語り出す。
「なら丁度良い機会じゃ。『強くなる』とはどういうことか、わしなりに説明するぞ」
「よろしくお願いします。ソフィ先生」
「そんな呼び方は性に合わん。ソフィで良い」
「りょーかい」
自分でも分かっていたのだろう。ふざけたような返事をしソフィに先を促す。
「『強くなる』これを達成することは様々なアプローチが存在するのじゃ。しかし個人の能力に左右されてしまうもので、人によってはトレーニングと呼べないものが修行だったりする。じゃがどんな修行をするにしても必ずある一つの行動に集束するのじゃ」
「……必ず?」
必ずという
「然り。それは『知る』ことじゃ」
それに対しソフィははっきりと答えを述べた。
「知ること……」
「少し考えれば分かるものじゃよ。剣術、体術、魔術……こと全ては知識としてまず『知る』必要がある」
「つまり、剣術なら剣の扱い方を『知る』。魔術なら魔法式を『知る』必要があるってことか?」
「理解が早いようで結構」
ソフィは彼の解答に笑顔になる。ここまで理解が早いのは良いことだ。しかも素直である。中には自身の意見を強く持ち過ぎる
「しかし知識で留めたら意味がない」
「どういうことだ?」
「例えば剣術にも流派があるじゃろ? 今回はソルム流の使い手とするが、その剣士はソルム流の型を知っている。ここまでは当たり前のことじゃ」
「確かにな……それで? 意味がない理由は?」
「型を知っているが、その剣士は型を再現出来なかった。これが知識に留めるということじゃ」
「確かに再現、または利用できなければ意味は無いな……ってことは再現できるようになれば知識ではない別のものになる……でいいのか?」
「然り。そして、それが知恵じゃ」
「知恵……」
言葉の重みを感じ、ポロンは知恵という単語を
「知恵を多く持っているほど争いに強い」
「争い……戦争のことか?」
強さについて話しているのだから争いのイメージが戦争に結び付くのも無理はない。それを踏まえた上でソフィは更に続ける。
「しかしそれだけではない。争いと呼ばれるもののイメージは確かに戦じゃが、他にも商売や賭け事、様々なものもある。要するに競うものじゃの」
「なるほど……戦だけでなく知恵を様々なところで活かすのか。……ソフィの言いたいことは分かるけど知恵が本当に強さに結びつくなのかイマイチ実感が無いんだよな……」
授業の中で実感が無いものは忘れやすい、それはどんな人でも起こりうることだ。であれば教える側のソフィは彼に実感を与えねばならない。
「そうか……。例えば昨日の賊との一件、あれも知恵を利用したぞ」
「そうなのか!?」
「この辺りの動物の分布を知っていた。これが知識じゃの。そしてそれを利用して賊の罠を回避し、賊に説明して時間を稼いだ」
「確かに今までの説明通りで知恵になるな……でも時間を稼いだ意味ってあったのか?」
「自然にくるりと回りながら説明したじゃろ? その時に賊の数、戦力、距離を確認したのじゃ」
「……そんなことをしてたのかよ」
ポロンは少し
「愚問じゃ。滑稽なことに賊も気づいてなかったがの」
ケラケラと笑いながら語るソフィに戦慄を覚えるポロン。
「故にあの場においてより多くの知恵を持っていたのは、わしじゃった。その時点で此方が有利になった。あの制圧は賊の油断等による偶然ではなく、必然だったのじゃ」
「……というか偶然とは思えないぐらい強かったけどな」
「それも知恵の恩恵じゃよ。真っ正面から取っ組み合いしたら確実にわしが負けるじゃろう……話を変えるが今は争いに焦点を当て『強さ』について話した。じゃがこれはまだ知恵の使い方の一例であって本質ではない」
「本質って?」
「日常生活に活かすことじゃ」
「……ふむ」
少し長考するポロンを見てソフィはもう一歩、踏み込む話をする。
「わかりづらいか? そうじゃのう。例えばおばあちゃんの知恵と聞くじゃろ?」
「ピンとは来ないけど聞かないことは無いな」
「基本的に知恵という言葉自体、今は使わんからの……まあ、おばあちゃんの知恵というのは長年生きてきた老人じゃから知識が多い、それを日常生活に活かしているのじゃ」
「日常生活に活かすこと……ね」
「そう。それがもたらす結果は我々を楽にさせるなどのプラスの結果じゃ。それを積み重ねれば力の大きさなど覆せるのじゃよ。そう、真っ正面から取っ組み合いすれば確実に負ける賊にもじゃ……というわけで如何に知恵を持つことが大事かよく分かったじゃろ?」
「ああ」
「そのためにもまずは知識を手に入れなければならん。じゃから街に着いたらある本を貸そう。熟読するんじゃよ?」
ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべるソフィを見てポロンは嫌な予感がした。
「……なんかぶ厚い気がするんだが」
「厚いかも知れんが知識としては少ないぐらいじゃ。文句を言うな。そしてそれを日常生活に活かすことを考えるのじゃ。活かすコツを身に付けるためにじゃぞ」
強くなるために着いていく、こう言ったのは他でもないポロンである。彼は腹をくくって(そこまで大袈裟なものではないが)その本を熟読することを約束する。
「……っとそろそろ到着だ。レルヴィールさんを起こしてくれ」
この会話だけでかなりの時間を使っていたらしい。ソフィはポロンの指示に従ってレルを起こす。
「……むにゃ……おはよう、ソフィ」
起こされたレルはソフィとは違いすんなり起きた。
「……おはよう」
誰が聞いても不機嫌だと思うような声でレルに返す。それを聞いたポロンは少し慌てた。
しかし長年、同居していただけあってレルはそこまで慌てていなかった。
「あれ? なんか不機嫌?」
「いいや、普通じゃ」
暇の原因に態度で訴えようとしたがそれこそ子供のすることだと思い直した。実際、ソフィはもう気にしていなかったしレルにも子供みたいに拗ねてると思われていたのである。
「さあ、街に着くぞ!」
ポロンの声が響く。
ソフィが空に字を綴る。
“知恵こそ人の強さなれ”
──まるで自分に言い聞かせるように、指に覚悟をのせて
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