第四頁 子の旅立ち

 結局、話を終えた後にポロンは早速、集会所の親父さんの所へ向かった。……ソフィも一緒に。なんとまあ肝の座っていない小僧である。これがソフィの感想だ。ポロンにとっては不服かもしれないが一理ある。


 親父さんの部屋に着くと早速、ポロンがコンコンコンと三回ノックをした。ソフィはポロンのちょっとした成長を嬉しく思った。どんな過程であれ、物事を教え、生徒が育てば誰だって嬉しく思うはずだ。そんな気持ちを長らく味わっていなかったからこそ、格別であった。

「誰だ?」

 疑問の言葉と共に扉が開く。

「ポロンじゃないか、それと嬢ちゃんまで」

 親父さんは本気で驚いていた。確かに彼にとっては予想外の客人であろう。

「夜分遅くに失礼するぞ? ポロンが親父さんに相談したいことがあるそうじゃ」

「確かに深夜だが……まあ気にするな。中に入れ。嬢ちゃんもな」

 ポロンがソフィの部屋を訪れた時は夕暮れであったが先の朗読やら説明やらでかなり時間が経っていた。日を改めようかと考えていたが例の手紙で一刻も早く王都へ向かわなければならない。結果、相談できる時間はこのタイミングしか無かったのだ。

 有り難いことに親父さんの御厚意で相談は出来そうである。応接室へと案内された二人は親父さんの指示で椅子に座った。

「遅いから単刀直入に言って欲しい。ポロン、相談とは何だ?」

「え……と」

 単刀直入にとお願いされても気まずいものは気まずいのである。ポロンは言葉につまってしまった。

「どうした? はっきりと言わんと俺には分からんぞ?」

 親父さんはポロンを真っ直ぐに見る。ポロンもそれに応えるべく用件を話そうと頑張るが今までの思い出が口を固く閉ざしている。恩がある故の沈黙、しかしこれを越えなければ強くなるなど夢のまた夢である。

 そして、ポロンはやっとの思いで覚悟を決めた。

「親父……っ! 俺、強くなりたい! だからこの人についていきたい!」

 はっきりと力強く宣言した。言いきった。その勇気、覚悟褒めるべきであろう。

「お前の意思は分かった。それで? そのために何をしなければならない?」

 そう、肝心なことを伝えていない。相談のメインテーマを。

「そのために……ここの集会所での荷運びを辞めたい」

「そうか、じゃあ辞めればいい」

「え? 良いのか?」

 あまりにもあっさりとした返答にポロンは当然のことながら驚いた。

「あのなあ、俺を誰だと思ってる。俺はお前が夜な夜な棒を振ってるのだって知ってるし、走り込みをしてるのだって知ってる。お前が男の誰もが夢見る強さを求め続けているのを俺は見続けているんだ。俺はの親父なんだから息子であるお前を希望通りにしてやりたいんだよ」

「…………」

 ポロンの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。秘密がバレバレだったとは思いもよらなかったらしい。子供の秘密が親に筒抜けなのは何処の家族も同じものだなとソフィは他人事のように思った。

「いつか出ていくのは分かりきってたことだ。どちらかと言うと言い出すのが遅いと感じたぞ」

「……何か、ごめん」

 何故か謝ることしか出来なかったポロンであった。


 その後の会話はこれからについての話し合いだった。明日の移動方法、馬車の扱いだけだったので思いの外早く「相談」の一件は終わった。

「ポロン、お前はもう寝なさい」

「分かったよ」

 親父さんの一言でポロンが素直に自室へ戻るのを見届けたソフィは腰を上げた。

「じゃあ、わしもおいとまするかの」

「嬢ちゃんは少し待ってくれないか?」

 しかしそれを親父さんは拒んだ。

「何じゃ?」

 何か悪いことをしたかと反射的に考えてしまったが身内以外の人に叱られるようなことはしていないはずだ。

「……名前を教えてくれ」

 ソフィは正直、何を言い出すんのかと疑問に思った。

「先に名乗るのが礼儀と聞いたことがあるのじゃが、今はどうでもいいわな。ソフィ、ソフィ・アルタレカじゃ」

「名乗らなくてすまなかったな。俺はバルム・イルハモイだ。……ポロンを……を頼んだぞ」

 ポロンを頼んだ、その言葉が言いたかったのかとやっと納得したが、同時に聞き捨てならない単語にソフィは本気で驚いた。

「これは驚いた。まさかお主とポロンが実の親子だとは……そんな動きは見られんかったぞ?」

 そう、バルムとポロンはあくまで組織で言う上司と部下の関係のはずだ。(今までの呼称が親父さん、だったため分かりづらかったかもしれないが)それが今、実の親子だったと告白されたのである。

「そりゃあ、ポロンは俺が実のオヤジだと知らねぇからな」

「……事情は訊かんでおく」

 こういう状況は人に知られたくない「何か」が原因となっているのが相場だ。人には言えない秘密というものは誰もが持っている。それを聞き出すのは礼儀を欠いているだろう。

「助かる」

 バルムは深々と頭を下げた。

「うむ。……では、任されたと言っておこう」

 任された、とは言うまでもなく「息子を頼んだぞ」に対する返答である。その言葉を聞いたバルムは頭を上げ、にっこりと微笑んだ。

「呼び止めてすまなかったな」

「いや、親として当たり前の行動じゃろう。悪いと思わんでいい」

 ソフィは立ち上がりそのまま振り返ることなく宿へ戻って行った。

 彼女が部屋を出た後、バルムは一人、夜通し泣いていた。


 翌日、宿で朝食を採ったソフィとレルはそのまま集会所へ向かった。そこにはポロンが馬車の点検をしていた。

「早いのう」

「ああ、あと荷物の点検だけすれば何時でも出れるぞ」

 昨日の相談で王都への荷運びを最後の仕事にし、馬車は王都の集会所に預けるということが決定している。最後の仕事であれば気合も入るものだ。

「では、それが終われば早速、向かって貰おうかの」

「了解だ」

 こうして一人、旅の仲間が増えたのであった。

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