第三頁 重なる決意
古いお話をしよう、と言ったソフィは自身の胸ポケットから一冊の可愛らしく飾られた赤い表紙の絵本を取り出した。その時のソフィの手つきは、まるで赤ん坊を抱くように優しく、大事そうであった。
「……きれい」
「……」
レルは感嘆し、ポロンは絶句した。それほどまでに、この絵本は宝石のような美しさを持っていた。
ソフィはその絵本をゆっくりと開き、深呼吸をした。
むかしむかし、あるところに小さな国がありました。そこには王子さまとお姫さまが互いに愛し合いながら暮らしておりました。
二人は少し特別な体質で王子さまは何をしても失敗し、お姫さまは何をしても成功しました。そのためいつも王子さまは王さまに怒られていました。お姫さまは王さまに怒られて落ち込む王子さまが心配です。そこで、お姫さまは王子さまに気づかれないように手助けをすることにしました。
しかし、何をやっても成功するお姫さまは手助けには成功しますが何をしても王子さまは失敗しかしません。お姫さまは悩みました。しかしお姫さまに答えは出せません。
ある時、王さまは次の王さまをお姫さまにすると王子さまとお姫さまに話しました。お姫さまは王子さまが王さまに
王さまが亡くなりお姫さまが女王さまになった後、女王さまは王子さまのために国を栄えさせようとしました。王子さまも女王さまのために全力で手助けをしました。しかし王子さまは手助けすら失敗し、落ち込んでしまいました。女王さまは王子さまを慰めようとしましたが仕事が多く時間がありません。
ある時、落ち込んだ王子さまは街へ出掛けました。役に立たない王子さまは暇だったのです。そこにおばあさんが王子さまを呼び止めました。おばあさんは王子さまが悩みを持っていることを見抜いていたのです。王子さまは自身の悩みをおばあさんに打ち明けました。おばあさんは王子さまが呪いによって失敗していると言い、王子さまに三日後の夜、赤い流れ星を五つ見なさいと指示しました。
その話を聞いた王子さまはとても喜びました。これで役に立てると今までにないほど喜びました。王子さまは女王さまにそのことを話し、三日後の夜に二人で赤い流れ星を五つ、指示通り見ました。
なんと言うことでしょう。王子さまは成功しかしなくなりました。反対に女王さまは失敗しかしなくなりました。二人は呪いが入れ替わっていることに気づきました。
しかし、気づいたときにはもう国が手遅れの状態でした。女王さまと王子さまは国を出ます。王さまであるのに国民を置いて。
結果、国民は怒りました。女王さまと王子さまを見つけて殺そうと協力しました。逃亡に王子さまは成功し、女王さまは失敗しました。そして王子さまは女王さまの後を追うように
ソフィの朗読は内容とはかけ離れた天使の歌声のようでレルとポロンを
結局、次に声を出したのはソフィであった。
「感想を訊こう。どうじゃったか?」
「……なんと言うか、終わり方がつまらなかった。俺なら王子の呪いだけが解けてハッピーエンドにする」
「私もポロンさんと同じでこれが昔話とは思えなかったわ」
「えっ!? これ、昔話じゃないのか?」
「ポロン、落ち着け。その疑問にはわしが答えよう」
そうソフィが言ったことで再び二人はソフィの方へと注意を向ける。
「ポロン、昔話の原則というものを知っておるか?」
「原則? ……よくわからないけど、『むかしむかし』って始める事と対象者が子供って事とかか?」
その答えを聞いたソフィはにっこりと微笑んだ。
「
「原則に作り話っていうのがあるのは理解できるけど……じゃあ何で俺の感想がその作り話っていう原則に反しているんだ?」
「では訊くが、この絵本は売れるか?」
「表紙だけ見たら売れそうだな……」
「内容は?」
「無理……かな?」
「確かに表紙だけ見れば目を奪う逸品ではあるがこの絵本には
「……ってことは売るという目的を持って描いた絵本は必然的に作り話になるってことか?」
「そう。子供向けなのじゃからハッピーエンドに集束するじゃろ?」
「それはそうだよな」
「であれば売る目的を持った絵本にあえてバッドエンドに作る理由が無いのじゃ」
「そうか! だからバッドエンドになってるこの絵本は作り話ではないってことになるのか!」
「うむ、満点じゃ。では何故こんなお話を売ったのかの? レル、これはお前が答えなさい」
「えっ!? ……多分、人々に伝えたい何かが有ったんじゃないかしら?」
レルは急に振られて驚いたが何とか答えを出すことができた。その解答にソフィは少し苦い顔をした。
「何かまでわかっておったら良かったんじゃがの……まあ及第点じゃ。ではヒントを出そう。これは作り話ではないとさっき確認したじゃろ? ではこのお話は“何”であると考えられる?」
ヒントを与えられたレルは直ぐ答えに辿り着いた。
「実際に起こったことを描いた……?」
「然り」
「えっ、何で?」
ポロンはこの反応である。
「ジャンルの話じゃ。本は大きく分けてフィクションかノンフィクションの二つしかない。作り話ではない、要するにフィクションではないのじゃから、この絵本はノンフィクション、すなわち実際に起こったことであると言えるのじゃよ」
「な……なるほど?」
「……ついてこれとるか?」
「……何とか」
「話をまとめるとこの絵本の内容は実際に起こったことであるという一点のみじゃ」
「それだけなのに長くないか?」
「必要な過程じゃよ。そんなこと言うのであれば足し算なんて簡単な作業は1+1=2が成立するという証明が有るから今のわしらが使えるのじゃぞ?」
「マジ?」
嘘だろ? と問うようにソフィの顔を覗く。
「大マジじゃ」
ソフィは真顔で返した。
「それだけ? なんて言ってすみませんでした!」
ポロンは勢いよく頭を下げた。
「分かれば良い、話を戻すがこの話が実際に起こったこと、すなわち史実であるのならば一つ疑問点が出来るはずじゃ。これはレル、お前ならもう気づいとるじゃろ?」
「呪いの存在よね?」
「呪いって無いのか?」
「有る、じゃが王子と姫の体質が入れ替わっていることから成功しかしないという体質も呪いになるわけじゃが……メリットしかない呪いなんてあり得るわけ無いじゃろ? それはもう呪いではなく恩恵と呼べるものじゃ」
「なるほど……」
「それに史実であるのならばもっと相応しい表現があるはずじゃろう」
「それって……もしかして魔法か?」
「然り。内容から特異魔法の『成功』と『失敗』じゃろう」
ここでソフィが改めてポロンの方へと向き直す。
「ここで始めの問いの答えを返そう」
「……何だっけ?」
「たわけ……どうやったら強さが手に入るのか、じゃろ?」
ポロンはそう言えばと思いだしソフィの言葉に頷いた。
「望みの強さが手に入ったところでそれが望みの結果になるとは限らない。力に頼れば待っている未来は自身の破滅である」
「……」
「この話を聞いてまだ強さが欲しいか?」
ソフィは今までの男にこの話はしていなかった。だがポロンには何故か彼女と似ていると感じさせられた。あの人に似た少年に間違った道を歩ませたくなかった。それ故の警告、それ故の脅し。
「憧れを持つことは愚かなのか? 現実を見せて諦めさせたいのか? それでも俺は強さが欲しい! 出来るだけのことをしないで諦めたくないんだ!」
しかしソフィの誘導にポロンは抗った。
ソフィは驚き、そして悟った。同じ景色だと。自身が経験したあの時と全く同じ景色なのだと。であればやることは一つ、私が間違えなければ良いのだ。あの失敗を糧に今度こそ正しく導いてみせる。
だが忘れてはならないことがまだある。
「強さが欲しいのであれば仕事をやめなければならんぞ?」
「えっ?」
「当たり前じゃ。一朝一夕で手に入る強さなどあるか!」
これはどうしようと威勢を何処かに落としてしまったポロンは悩んだまま何も出来ないでいたのであった。
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