第二頁 知恵の片鱗

 王都へ向かうためにソフィとレルは馬車の集会所へと足を運んだ。

 魔法があるのだから転移魔法とか飛行魔法もあるのでは、と思っても何らおかしなことではない。しかし残念なことに今挙げた魔法は特異魔法なのである。なので二人はそれらの魔法を使うことが出来ない。(ちなみにレルも特異魔法を持っているがそれはまた後のお話で)


 馬車の集会所に着くと、早速ソフィは馬車の頭領らしき人に声をかけた。(親父と呼ばれ数多くの馬車に指示を出していたため、そう予想した。)

「親父さん、ちょっといいかの?」

「おや? 図書館の嬢ちゃんじゃねえか! どうした?」

「建国記念祭に向けて王都へ行きたいんじゃが王都行きの馬車はあるかの?」

「そうだな……うちの馬車は逆方向だし……出来れば直通の方が便利だよな」

「そうじゃの、直通のがあればそれで頼みたい」

「了解だ、嬢ちゃん。少し待ってろ」

 そう言い、親父さんは別の馬車に声をかけに行った。

 ──数分後

「すまねえな、嬢ちゃん。少し遅れた」

「構わんぞ」

 笑顔で返答し、気を害していないことを親父さんに伝える。さすがに見た目が幼女だからと言って数分で苛々いらいらするほど短気では無かった。

「紹介するぜ。コイツが嬢ちゃん達を引き受けてくれるポロンだ」

「ポロンっす。よろしく」

 親父さんに紹介され素っ気ない態度で挨拶をする赤髪の少年はポロンと名乗った。

「おい、もっとまともに挨拶出来ないのか」

 それを見かねた親父さんが少年をたしなめる。

「親父が客を送ってくれって言うから来てみたけどコイツら餓鬼がきだぜ? 金持ってるのかよ?」

 要するにこの少年は金にならない仕事はしたくないらしい。(当たり前の気持ちであるが)

 レルが反論しようとするのをソフィが抑えると

「おい、客の前だぞ! 口をつつしめ!」

 親父さんが怒鳴っていた。いい人である。

「まあまあ、親父さん、わしはポロン君の言いたいことも分かる。ここは少し落ち着いてくれんかの?」

 ポロンに怒鳴る親父さんにソフィは落ち着くよううながす。

「……すまねえ」

 見た目が幼女でも客として、大人として扱ってくれることが少し嬉しいソフィであった。

「ポロン君よ、そんなにお金を払うかどうか不安なら先払いで良いか?」

「良いも悪いも、うちは先払いだ」

「すまんすまん、で? いくらじゃ?」

「……客室馬車じゃなく荷台馬車だからここから王都まで一人、銀貨六枚だ」

 ポロンの返答に少し間があったのは割り増しにしようとしたのを親父さんに睨まれたからだ。 

「銀貨十二枚、これで良いかの?」

「……確かに、受け取ったぜ」

 しっかりと確認し、銀貨を受け取ったポロンは上機嫌になる。

「運賃を払ってくれさえすればもうお客だ。さっきはすまなかったな」

「構わんよ。ところでいつ出発かの?」

「二日以内に出発であればいつでもいいぜ」

「じゃあ、これから出発でもいいかの?」

「よしきた! 準備をするから待ってな!」


 ポロンが運転する馬車の荷台でソフィはレルに話をしていた。

「王都に着いたらしばらく自由行動にしようと思う。宿を取るからそのつもりでおってくれ」

「図書館も出さないんだ」

「ああ、祭が終わるまではその予定じゃ」

「祭りの最中に売らないの?」

 売らないの? とは言うまでもなく本のことである。

「ちょっと野暮用があっての」

「もしかしてあの手紙?」

「内容は言えんがその通りじゃ」

「分かった。私は祭りを楽しんでるわね」

「しっかりと楽しみなさい」

 話が一段落しソフィは外を向く、するとソフィが

「……いかん! ポロン、馬車を停めろ!」

 急に停めろと言われれば反射的に停めてしまうものだ。それが功を奏したのか馬の前をスレスレで木が倒れてくる。

「なっ……!?」

「きゃっ!?」

 ポロンとレルが驚き絶句するのも無理は無い。

「ふぅ、間一髪じゃったの。……そこに居るんじゃろ? 出てこい! 賊ども!」

 のそのそと馬車の周りを囲む様に十人の賊達が姿を現す。

「おい餓鬼、どうして分かった?」

 賊の親玉らしき人物がソフィに問う。

 これにソフィは

「木々に住む動物の気配が無かったからじゃ。少し前の林道では馬車が通ると音に驚き鳥が飛び立っておった。じゃがある一帯になってからそれが一切無くなったからの。ならば今、人間が潜んでいるためにじゃと予想ができる」と全員に聞かせるように回って説明をした。

 これを聞き、ポロンは全然気づかなかったと自身を悔いた。

「元から住んでないかもしれないぜ?」

 親玉がまだ根拠があるとふんで先を促すように問う。

「お主達の目は節穴か? その倒した木にも見られるが、この辺りの殆どの木には巣がある。こんなに巣が多く見られる一帯で一切、動きが見られないのはおかしいと思うが。それに、この林は王国内でも結構上位に入るほど動物が住んでいるのじゃぞ? 意外と知られとらん話じゃがな」

「……糞餓鬼、テメェ本当に餓鬼か?」

「わしは見た目の通り子供じゃよ? ただ博識なだけじゃ」

 ソフィは子供であれば大抵のことは許されるという免罪符を持って誤魔化す。

「賊に遭遇して泣かないだけ立派なものだな」

 しかし納得はしてないようだ。幼女がここまでハッキリ会話をし、恐怖にも負けない心を見れば当たり前である。(そもそもソフィは賊に恐れていなかったが)

「ありがとうと返せばよいのか?」

「残念ながら礼を言うのは此方こちらの方だ。おい、やれ」

「ぐあっ……」

「きゃっ!?」

 ポロンが蹴飛ばされ、レルが人質にとられてしまった。しかし、それでもソフィは顔色一つ変えていない。

 (コイツは餓鬼じゃねぇ! さっさと拘束するからねえと!)

 親玉の考えは正しかった。しかしソフィが危険な存在だということに気づくのが遅かった。

 ソフィの姿が消え、人質のレルの首元にナイフを向けていた男が倒れた。

 何が起こったか順に説明しよう。まずはレルとナイフを持っている男を一瞥いちべつする。ここでソフィは男との距離を目測で計り、男のかく汗と挙動で緊張を見抜く。この緊張でソフィは男が人を殺した経験が無いことを悟る。ならば少し動いたところでいきなりナイフを刺すことはしないはずだ。

 次に一足飛びと魔法の一つである〈アクセル〉 (速度さえ持っていれば加速、減速が可能な魔法、魔力や魔法式によって加速倍率上限は異なる。) を行使し男の背後、頭部付近に回り込む。

 最後に裏拳 (飛ぶときに男へ向かうベクトルだけ加速するように魔法を設定したため飛ぶ時に割りと容赦ない速さでかけた回転ベクトルは加速せずに働いた。) で男の頭を殴ることで脳震盪を引き起こし気絶させた。

 この間、一瞥も含めて僅か二秒である。

 親玉が一人目の犠牲者に気づいたときには更に四人が倒されていた。この数秒で起きたことを把握することすら出来なかった賊たちは最終的に僅か十秒で制圧された。


 道を塞がれ一旦街に戻ったソフィたちは街の警らに賊を引き渡し、ルートが使えなくなったことや事の顛末を説明した。主にソフィが説明し、になるからという理由でとある旅人によって助けられたことにした。

 結局、ポロンたちはこの日の出発を諦めて別ルートで明日出発ということになった。


「流石に疲れたわい」

「お疲れ様、お陰で助かったわ」

「助けてくれる前提で待っておったくせに……」

「良いじゃない。どうせ私が動いても足手纏いにしかなりませんよーだ」

 宿屋でそんな会話をしているとコンコンと軽いノックが聞こえてきた。

「入っとるぞー」

「ポロンだ。入ってもいいか?」

「駄目じゃ」

 ソフィは不機嫌になりポロンの入室を拒否する。

「はあ!?」

 後で明日の予定をたてるために訪問すると事前連絡をしていたポロンは驚く。

「はは……」

 レルはソフィが不機嫌になった理由を察し扉を開けに行った。

「どうぞ」

「ありがとう」

 素直にお礼を言うポロンは未だに自ら起こしたに気づいていない。

「ポロンさん」

「三回じゃ」

 レルがポロンの失態を指摘しようとした直後、ソフィ本人から解答が出された。

「は?」

「……ここまで言っても気づかんとは」

「飯の回数か?」

 本気でわからなかったポロンは適当に三回で連想できることを言った。この対応は不適当だったわけだが。

「たわけ! ノックの回数じゃ! 二回はトイレで使うものじゃ!」

「そうなのか!?」

 今初めて知ったと言わんばかりの(実際そうであるのだが)反応である。

「……ったく、常識くらい知っとけ!」

「だから『入っとるぞー』なんて返答をしたのか!」

「遅いわ!!」

「……話をしに来たんじゃありませんか?」

 ここにきてレルのナイスアシストである。

「ああ、そうだった。ソフィ、昼間は助かった」

「礼には及ばんよ」

「どうやったらそんなに強くなれるんだ?」

「……唐突じゃの」

「俺だって男だ。強さに憧れを持ってる。あんなの見せられたら、どんな男だって気になるさ」

「そうじゃの、わしの出会ったどの男だってそう言ったの」

「やっぱり、あんた子供じゃ無いんだな」

「なんじゃ? 確信してなかったのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」

「まあ良い……一つ、古い話をしよう」

 ソフィは改めてポロンへ向きおとぎ話を語り聞かせる様に言葉を紡ぎ始めた。

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