死なない司書の長い旅記

深谷 春瑠

第一頁 赤に秘めし手紙の鍵

「だからあれほど言ったじゃろう! 人を……人を信じるなと!」

「うん。……でも行かなければならなかったの」

 全ての建物は壊され、あちらこちらに倒れている死体の数々、賑わっていた街の面影を完全に失っている道の真ん中で幼女が倒れた女性の上体を起こさせて抱いていた。

「死ぬ前に何かあるか?」

「これを……受け取って」

 女性はゆっくりであったが自身の手で胸元を探り、赤い宝石を幼女に手渡した。それを受け取った幼女は女性の「行かなければならない理由」を悟った。同時に女性の手から力が抜ける。それを見た幼女は女性が息絶えたと思い、抱えている上体を寝かせようとゆっくり動かした。

「……最後に」

 女性はまだ死んでいなかった。

「これも……受け取って」

 女性が最後の力を振り絞って伸ばす手を幼女はしっかりと握る。

「……良いのか?」

 コクりと動いたように見えた。幼女は女性の覚悟に答えなければならない。

 それを受け取る寸前、その景色は歪み。光によって塗り潰された。


「朝よ! ソフィ!」

 カーテンから射し込む光に全力で抗うソフィであったが、その努力もむなしく彼女を起こしに来た桃色が美しいセミロングで赤いまなこを持つ少女に揺すられる。

「むにゃ……あと五分、むにゃ……寝かせておくれ。レル」と眠たそうに呟く。

「駄目よ! この間それで二時間も寝たじゃない!」

 ソフィはレルと呼んだ少女がフライパンとおたまを持っていることに気づいた。これ等を打楽器のようにされては困る。こうなってしまったら起きるしかない。

「分かった、分かったからレル。フライパンとおたまを持ったまま揺するのはやめておくれ」

「ちゃんと起きてよね!」

 仕方なくソフィは起き上がり、寝間着から服に着替えることにした。


 服を着替え、眼鏡をかけ、身だしなみを調ととのえたソフィは台所へと向かった。そこには朝食を作るレルが居た。

「やっと起きたわね」

「もう少し寝ていたいんじゃが……」

「諦めて。宇南茶コーヒーれてあるから……っとそうそう、ソフィあてに手紙がきてたわよ。読んでみたら? その頃には朝食もできるだろうし」

「何から何までありがとさん」

 レルにお礼を言い、ソフィは早速ペーパーナイフで手紙の封を切ろうとする。しかしその直前、ソフィの寝ぼけた青い眼がカッと開き、体が固まる。

(赤い王族の紋章エンブレムじゃと!? ……ということは)

 ソフィは少量の水をいれたコップと筆を用意し封を切った。中から出てくるのは真っ白な便箋びんせん。ソフィは迷い無くナイフで親指の腹を薄く、血がほんの少し流れる程度に切った。(ペーパーナイフとは別のナイフである)そして血を5滴ほどコップの中に垂らし、治癒魔法で切り傷を治す。コップの中身を混ぜ、筆で便箋に液体を塗り広げると赤い文字が浮かび上がってきた。

 機密文書を送るときに何か対策をするのは古今東西、関係なく行われることだ。しかし、それは相手だけが気づかなければ意味がない。すなわち、何処どこかにヒントがあるのだ。それが今回で言う赤い紋章である。赤がヒントならば多くの人が「火炙り」というイメージを持つだろう。だが、それではの人が答えに辿り着いてしまう。普通ならばこのイメージが答えなのは有り得ないのだ。少し考えれば分かることだが、この様な単純な物が一番分かりづらい。

 実はソフィは考えるまでもなくそれを知っていた。送り主である「ルストフンド王国国王」の赤い紋章は血を表すものである、と。

 浮かび上がった手紙はこうつづられていた。


 ──親愛なるが友人 ソフィよ

 ろくな挨拶もせずに心苦しいが緊急なのだ。許してほしい。本題に入るが吾が王国は未曾有の危機にある。ゆえに君の力を借りたい。情報が少ない上に敬意の見られない手紙で本当に申し訳ないが建国記念祭にあの場所で待っている。 君の友人 ガフスト──


 手紙の形式を無視し、殴り書きで機密形式、これだけで余程の状況だということがうかがえる。丁度、建国記念祭があるということで王都へ向かおうと考えていた。ならば(でなくとも)向かってやるというのが友人と言うものではないか。

 機密の手紙なので魔法を使い、乾かして燃やした。


 次のの目的地を王都に決めたソフィは朝食時、レルに伝える。

「レル、王都へ向かうぞ。支度したくをせい」

「えっ? もう行くの?」

「ああ、そうじゃ」

 レルは驚いていたがソフィの言葉に従い準備を始める。

 

 ここで簡単に二人を紹介をしておこう。

 老人の様な話し方をする幼女はソフィ・アルタレカ。アルタレカ図書館の統括司書である。薄い水色のボブヘアーで身長は丁度、百センチメートルという見た目は誰もが幼女と呼べる容姿である。(一部の特殊な人間にはそう呼べないかも知れないが)

 そして同居人のレルと呼ばれる赤髪の少女がレルヴィール・アルタレカ。司書見習い兼主婦だ。年齢は十四である。

 彼女達(二人のみ)はアルタレカ図書館というルストフンド王国各地の市町村をまわっている移動図書館を運営している。滞在期間は市町村の大きさに関係なく、だいたい二、三週間である。それが今回、一週間と五日で王都へ向かうと言うのだからレルの驚きもおかしなことではない。

 

 次はアルタレカ図書館について説明しよう。

 まず始めに、アルタレカ図書館は図書館であるが本の貸し出しをしていない。(誤解のないように言い添えておくが館内閲覧は許可されている)

 貸し出しをしないのであれば図書館では無いのでは、と感じた方も居るだろう。


 一般的に図書館と呼ばれる施設には六つの機能があるとされている。

 一つ、資料の収集

 二つ、資料の整理

 三つ、資料の保存

 四つ、資料の提供

 五つ、集会行事の実施

 六つ、施設、資料の利用法を指導

 である。

 アルタレカ図書館について説明したことは、移動図書館であること、本の貸し出しをしていないこと、である。

 資料の「収集」、「整理」、「保存」、「利用法の指導」は図書館であれば当たり前にこなすべきことだが資料の「提供」と「集会行事の実施」が不十分であることが分かる。

 王国内各地を適当に移動する移動図書館であるため、街の人との関わりが少なく「集会行事の実施」が出来ないことは分かっていただけるであろうが、資料の「提供」はどのようにするのだろうか。

 それは「販売」である。「貸し《出し》」を「販売」に置き換えることで「提供」を実現しているのである。なぜ販売という形式をとるのか、それには勿論、理由が存在する。簡単なことだ。

 お金が足りないのである。

 アルタレカ図書館は王立では無い。移動図書館なのであるから市立でも、ましてや町立でも無い。要するに私営図書館なのである。その為、図書館運営の為に本を入手することや生活費を本の販売で得ているのである。

 しかし、ここで大きな問題が発生する。

 本を売って活動費や生活費をまかなっているのは理解できるが大損おおぞんしかしていないではないかと。

 まさしくその通りである。大損でしかない。

 その話をする前に「魔法」について簡単に説明しよう。

 魔法とは一言で言うと魔力を用いて物理法則をねじ曲げる力のことである。一例として先程、ソフィがナイフでつけた切り傷を治癒魔法を使って治したものや、手紙を除湿し燃やしたのが挙げられる。魔力と魔法式のセットさえ揃えば理論上、ほとんどの魔法を使うことができる。だがあくまでである。その例外とされる魔法のことを「特異魔法」と呼ぶ。それらを持つ人はかなり少数で一人が二つ使えることはまず有り得ない物だ。そして、ソフィが持つ特異魔法が「複製」なのである。

 「複製」とはあらかたの材料さえ揃っていれば対象の物とものに作り替えることができるという魔法である。

 ここで話を戻すがソフィはこの魔法を使って本を複製することで紙とインク代だけで本を作っているのである。

 印刷技術が未発達で未だに手書き印刷をしている本はかなり高く、紙とインクの原材料費を差し引くとかなりの儲けとなるのである。(本のインフレを抑えるために大量生産はしていないし安めに売っている)


 王都へ向かう準備のできた二人は図書館(兼自宅)の前に立つ。

 アルタレカ図書館は移動図書館、故に移動できる形でなければならない。だがアルタレカ図書館の大きさは王都の王城に匹敵するほどだ。これであれば移動できる訳がない。

「いつ見ても大きいわね……」

 司書(見習い)であるレルでさえ慣れることの無い大きさである。

「それでは……やるかの」

 そう呟くとソフィは指をはじく。

 

 なんということか王城に匹敵するほど巨大な図書館が手のひらサイズのの宝石になった。これも魔法の一種であろうか。


「いつ見ても慣れないわね……」

 先程呟いたのと同じような発言しか出来ないレルであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る