ep14.地球儀の香水

 狩りの結果は散々だった。俺がコントローラを握ったのは五回だが、例外なく竜だか怪鳥だか巨大アメーバだかわからないものにふっとばされて死んだ。涼はそれを愉快そうに笑ってみていたが、俺はちっとも楽しくなかった。

「やっぱり、あのゲーム向かねぇや」

「そんな不機嫌になるなよ。今度は充の好きなカーレースゲーム用意しとくから」

 涼は宥めるように言いながら、眩く輝く白い棚から香水を一つ取り上げた。細長い直方体を緩く捻ったような形状をしていて、中にはピンク色の液体が入っている。

「ブランド品のディスカウントショップなんてあるのか」

 俺は店内を見回しながら呟いた。涼の家から自転車で二十分。大きなスーパーの影に隠れるようにして、その店は建っていた。

 中は俺でも知っているような有名ブランドのバッグや靴が並んでいて、それぞれの値札には数字が大きく印字されていた。恐らく安いことをアピールしたいのだろうが、元の相場を知らない俺みたいな人間にはピンと来ない。

 まぁ、近くにいたオバサンが「安い安い」と騒いでいたから、実際そうなんだろう。全然わからないけど。

「二年ぐらい前に出来たんだ。うちの親がバッグ買ってたことあるから覚えてた」

「ふぅん」

 ディスカウントショップという場所だからか、野郎二人が香水の棚の前にいても誰も何も言わなかった。多分、他にも俺達みたいな年齢の客が来るんだろう。

 棚の前には、俺達の他にも若いカップルがいた。二十代ぐらいか、もう少し上か。彼女の方がプレゼントをねだっているようで、彼氏の方も楽しそうにしている。

「ちょっと違うな」

 涼がそう言ったので、俺は意識を戻した。香水を棚に戻した涼は、悩ましげな顔をしていた。

「多すぎてわからなくなってきた」

「どういうのがいいんだよ」

「容器が可愛いのがいいかなって思うんだけど、あまり可愛すぎるのも嫌だ」

「我儘だな」

 棚に並ぶ香水は、形も色も様々だ。真四角の物から不可解な形の物、ピンクや青や黄色。何でも揃っているように見える。

 俺は香水なんて興味も関心もなかったけど、こうして見ていると少し楽しい。

「これって女用とか男用あるのか?」

 俺は地球儀の形をした容器を手に取る。地球モチーフだからか、中の液体は青い。

「メンズって書かれてるのがそうだろ」

「何が違うんだ? 匂い?」

 涼は肩を竦めた。わからない、ということだろう。俺だって興味ない。今も昔もこれからも、香水をつける予定なんてない。地球儀の香水の値札には、「メンズ」と書かれていた。

「これ男用みたいだぜ」

「なんだ。可愛いのに」

 残念そうに涼が言うので、俺は苦笑しながら「ドンマイ」と返した。

 あれでもない、これでもないと苦戦する俺達の傍らで、若いカップルが先に目当てのものを見つけたようだった。彼女が弾んだ声で「プレゼント包装してね」と言う。彼氏は「中身知ってるくせに」とか茶化しながら、レジの方へ向かっていった。

「お前さ、女の子にプレゼントもらったことある?」

 涼がふとそんなことを尋ねて来た。俺は咄嗟に首を横に振ってしまった。ちょっとぐらい見栄を張ればよかったと気付いても後の祭りだ。

「涼は?」

「小さい頃に誕生日プレゼント貰ったことある。ビーズの指輪」

「指輪かよ」

「キラキラしてて可愛かったな。どんな色かは忘れたけど」

 ハート型の容器を手にとって、涼は中の赤い液体を照明に翳すように持ち上げる。

「女の子になれば、あぁいう可愛い物が手に入るって思ってたのかもしれない」

 テスターとして長らく置かれていたのだろう容器の中身は、半分ほどに減っている。見た目がちょっと凝っているものほど、中身が減っていることに俺は気がついた。きっと皆、期待して匂いを嗅ぐんだろう。こんな良い物の中身だから、良い匂いに違いないと信じて。

「これ、いいな」

 ハート型が気に入ったらしい涼がそう言った。だが、容器を棚に一度戻したところで、その顔にあからさまな落胆の色が広がる。

「どうした?」

「予算オーバー」

 値札に書かれた数字は、一万円。涼の持っている金では足らない。

 でも俺がそれにいくらか貸すことは許されない。ピアスの教訓を俺はちゃんと覚えていた。

「残念。別の探さなきゃ」

 溜息を吐く涼の視線が、ハートの容器から離れる。未練がましい様子に、俺は良くないと思いながらも口を出してしまった。

「いいのか?」

「だって金ないもん」

 返された言葉はひどく現実的な響きを持っていて、俺は小さく「そうか」と言うしかなかった。

 思えばその時に、涼の中で何かの精算がついたんだろう。十分後に棚から選んだのは、何故かあの地球儀の香水だった。

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