ep12.一万円の花嫁

 夢には努力が必要だと、どの漫画も言っている。努力、あるいは根性。偶にそこに奇跡が起きるけど、まぁそれはお約束というやつだ。

 ――叶える努力も出来ない夢は持っていたら駄目なんだよ。

 涼のあの考えが何処から来たものかはわからない。駄目だからって、どうして涼はそれをわざわざ儀式めいたことをして捨てようとするのだろう。叶わなくても奇跡を待って、持ち続けていてもいいじゃないか。

 俺のそんな考えは、言葉に出来ないまま胸の中で駆けまわる。何処まで走ってもゴールは見えない。そもそもスタート地点すらわからない。

「ゲーム買いに行こうぜ」

 久々に晴れ間が覗いた日、涼が俺に言った。

「げーむ」

 テニスコートに散らばったボールを拾うため、頭を下げていた俺はぼんやりと聞き返す。どうも俺は血が薄いのか巡りが悪いのか、頭を心臓より低い位置にしているとすぐに立ちくらみを起こす。

 その緩んだ頭の中で言われた単語を反芻し、理解したのは一秒後だった。

「あのモンスター狩るやつか?」

 涼は頷き、そのゲームタイトルを口にする。発売前からコマーシャルで何度も流されていて、ネットでも話題になっていたやつだ。俺はあまり興味ないからパスしたけど、涼はちゃんと予約していたらしい。

「充も買ってたら、オンラインで協力プレイ出来たのに」

「あれ苦手なんだよ。小学生の時に一回やったけど」

「今なら出来るって。なぁ、明日俺の家でやろうよ」

 遊ばせてやる、と上から目線の涼に、俺はわざと面倒そうな表情を見せる。

 でも涼の家に行くのも久しぶりだし、ネタとして一回プレイしてみるのもアリかもしれない。何より、予約したものを受け取るのに俺を誘ったということは、別に目的があるということだ。

「何買うんだ?」

 最近、お決まりになってきた質問に対して涼は珍しく気恥ずかしそうな態度を見せた。何か言おうと口を開き、しかし笑うように閉じて誤魔化す。

「行ってから教える。今は無理」

「何だよ、それ」

「無理無理。なんか口にしたら買いに行けなくなりそうだもん」

 涼は俺が拾い集めたボールを奪い取って、コートの反対側へ走って逃げた。追いかけてもいいけど、買い物が無くなってもつまらない。

「それ、いくつか空気抜けてるから入れておけよー」

 去る背中にそれだけ告げて、俺はまた別のボールを探し始めた。



 箱に詰まった女の子が並んでいる。どれも口元に緩やかな笑みを浮かべ、綺麗なドレスだかワンピースだかを身に纏い、視線はどこにも定まっていない。

「なるほどな」

 俺はおもちゃ売り場の一角に並んだ、女の子向けの着せ替え人形を見て納得した声を出した。

「これは確かに恥ずかしい。今までで一番勇気要るかもな」

「だろ?」

 涼は苦笑しながら俺を見上げた。右手には、受け取ったばかりのゲームソフトが入った袋が揺れている。

「でも来ちゃえば勢いでいけるかなって。口実も考えたんだ。親戚に頼まれて、着せ替え人形を買いに来た二人組ってのどう?」

「どう? って言われてもなぁ」

 俺は返答に窮しつつ、棚を埋め尽くす勢いの着せ替え人形とその仲間たちを見る。

 ドレスにハイヒールにバッグまでは想定内だが、ペットや携帯、ピアスまであるのに少し驚く。男兄弟で育った俺にも、一人っ子の涼にも縁がない玩具の最たるものだろう。俺達にとっての人形は、ビニールで出来た戦隊物のヒーローか怪獣だ。小さい頃はそれが壊れんばかりに互いにぶつけあってはしゃいでいた。この着せ替え人形で同じことをしたら、即座にバラバラになってしまう。

「可愛いよな。女の子の夢の結晶って感じがする」

 涼は一つを手にとって、羨望の眼差しを注ぐ。その目が見ているのは人形じゃなくて、涼の中にいる理想像だ。砂糖菓子のように甘い少女は、人形遊びをして大きくなったに違いない。涼の眼差しがそう言ってる。。

「どれがいいかな?」

「好きなやつでいいんじゃねぇの」

 人形本体が入った箱とは別に、衣装や小物だけが詰まった箱も並んでいる。「世界のお姫様シリーズ」「初めてのパリ旅行」「楽しいハイキング」とか書いてあるから、多分そのテーマに沿ったものが揃ってるんだろう。

「お仕事シリーズの看護師さんとか良いじゃん」

 俺が一つを指差すと、涼は少し首を傾けるようにして箱の中身を覗きこむ。ピンク色のナース服が中央に置かれ、注射器や聴診器が周りを囲んでいる。

「いやぁ、これは男の欲望が反映されすぎだろ。スカートが短い」

「お前は風紀委員か」

「放送委員だよ。……ウエディングとかないかなー。俺の理想に近いんだけど」

 涼は悩みながら、一つずつ検分するように見て回る。俺はその横で、なるべく周囲から不審者に見られないよう、スマートフォンを操作して何かを調べる振りに徹していた。涼の設定を借りるなら「親戚の子が欲しいと言った物がわからなくて、必死に調べている」と言ったところか。

 数分後、涼が「あった」と弾んだ声を上げた。その手には「六月の花嫁」と書かれた箱がしっかりと握られていた。さっき見た布面積の狭いナース服と違って、白いドレスが箱の大部分を圧迫している。

「女の子の夢だろ、花嫁さんって」

 叶わぬ夢を語る涼は、一点の曇りもない笑みを浮かべている。俺は何を言うべきか悩んで、涼の持っている箱に視線を下ろした。蓋の部分に貼られた値札には、思いの外大きな数字が並んでいた。

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