ep11.ムース、断罪、アンブレラ

 ドラッグストアの入口にはビニール傘が沢山並んでいた。俺達が店に入る時にも、小太りのオッサンがそれを一本掴んでレジの方に向かうところだった。

「傘ってさぁ、昔から同じ形だよな」

 俺は大量の傘を見ながら呟く。俺が手に持っているのは涼のビニール傘だ。自分の傘は自転車と一緒に駅前の駐輪場に置いてきたから手元にはない。学校から駅まで、自転車を転がしながら差していたのはいいが、狭い駐輪場に入る時にフェンスに引っ掛けて破いてしまった。

 要するに、俺の自転車と共にあるのはただのゴミである。道端に捨てない程度のプライドは俺にもあった。まぁ家に持ち帰ったところで、どうせゴミの日に出すのは母親がやるんだけど。

「時代劇とかでもさ、同じ形じゃん」

「そうだな」

 涼が相槌を打ちながら、店先に設置された傘袋を手に取る。俺は傘を畳むと、涼が渡してくれた袋にそれを捩じ込んだ。

「携帯電話とかは十年ぐらいですごい変わるのに、なんで傘は変わらないんだろう?」

 俺の素朴な疑問に、涼は驚いたような、不意を突かれたような顔をした。

「確かに」

「空飛ぶ車とか、犬と喋れる機械は作れるのに、なんでもっと良い傘が出来ないんだ? 絶対濡れない傘とかさ、開発出来そうなもんだろ」

 店の中に入った俺達は、滑る床をテニスシューズで踏みつけながら奥へ進む。本当はテニスシューズはコートの中だけで履くのが良いらしいけど、そこまで拘ってやってるわけじゃないし、構わない。

 天井から吊るされた案内板を見て回っていると「ヘアケア用品」と書かれたものを見つけた。その手前にはメイク用品が並んでいるから、大体このあたりが女性用の商品棚なんだろう。

「店員に何か言われないかな」

 如何にも男子禁制感を出している区画を見て、涼が今更怖気づいた。今まで散々、女性用の物を買ってきてそれはないだろう、と俺は内心で苦笑する。

「何か言われたら、女性物のほうが肌荒れしないとか言っておけよ」

「それでいける?」

「まぁ別に女性向けってだけで、男が買っちゃいけないわけでもないし」

 実際のところは知らないので、俺は最後に「多分」と付け加えておいた。

 もしこれが女性用下着の店だったら店員も積極的に排除しに来るだろうけど、ヘアワックスとかムースならそこまで目くじらは立てないと信じたい。

「……うわ、すげぇピンク」

 棚の端から向こう側を覗き込んだ涼が、そんな感想を零す。俺もそれに倣って身を乗り出した。気分は完全に覗きの常習犯だ。

 奥まで直線に続く棚には、形も大きさも異なるヘアケア用品が並んでいる。色とりどりに見えるが、圧倒的にピンクや赤が多いのは、やはりそこが女性向けだからだろう。

 俺は涼を小突いて、棚の向こう側へ押しやった。いつまでも此処にいたら、本当に店員に注意されそうだった。

「どれにする?」

「男物と違って、多すぎてわかんねぇ」

 そう言いながらも、涼は真剣に棚を見ていた。少し腰をかがめたので、俺の位置からは涼のつむじがよく見える。

「お前、普段何使ってんの?」

 なんとなく尋ねると、涼はコマーシャルでよく流れているヘアワックスの名前を口にした。確かハード系のワックスだけど、涼の髪はいつも力なく波打っているような気がする。触って確かめたかったが、高確率で怒られそうなので思いとどまった。

 涼は食い入るように棚を見て、偶に何かを手にとってはそれを検分することを繰り返していたが、ふと思い出したように口を開いた。

「充は俺みたいな夢ってある?」

「俺は普通の夢しか持ってなかったと思う」

「そうじゃなくて、なんていうのかな」

 涼はさっきからピンク色のものばかりを選んで手にしているようだった。どれ一つとっても同じピンク色でないのが面白い。

「今からなろうとしても絶対無理だし、そのための努力をしてきたわけじゃないし、そこまで真剣に考えているわけじゃないけど……、何か奇跡が起きて叶えばいいなって思うような夢」

 俺は涼が何を言いたいかわかって、その相槌として短い声を出した。

「石油掘り当てて大金持ちになりたい、って思ったことはある」

「その夢、どうした?」

「別に。石油掘り当てる方法なんか知らないし。今もたまーに思うけどな。小遣いが少ない日とかに」

 涼はそれを聞いて小さく笑う。

「俺もそう出来ればよかった。女の子じゃなくてドラゴンとか魔物とかだったら、すぐに諦められたかもしれない。けど、女の子っていつも周りにいるからさ、どうしても目に入るんだよな」

「でもなれないだろ」

「生まれてくる時に男じゃなくて女だったら叶ったのに、って。どうしようもないのに思っちゃうんだよ。それでいてさ、俺は女になるために何かしたわけでもないし、本気でなりたいわけでもない」

 つやのあるパッケージに涼の顔が歪んで映る。実際の涼は笑っているのに、そのせいで泣いているようにも見えた。

「何かの奇跡が起きて、「女の子になれますよ」って言われても、俺はそれを選べないと思うんだ」

 叶えたいと願いながら、自分でそれを実現する努力はせず、そして叶う見込みもない夢。涼の「女の子になりたい」という願いはまさしくそれだった。

「叶える努力も出来ない夢は持っていたら駄目なんだよ」

 俺はそれに何か言おうとした。反論をしたかった。夢というのはそんなに断罪のようにして諦めるものじゃない。その言い方では、夢を持ってしまった涼が悪いことをしているように思えたからだった。

 でもピアスの時のように、また傷つけてしまいそうな気がして俺は口を噤む。

 涼は俺の様子には全く気付く素振りもなく、それどころか思い出したように話を転換した。

「傘の話だけどさ、なんで形が変わらないかわかった気がする」

「なんでだ?」

「雨が変わらないからだよ。下から降ったり、泥混じりだったり……そういう変化がない限りはずっとあのままだと思う」

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