ep4.白い薔薇のピアス

 五万円というのは、高校生である俺達には大金だ。だが、一度に使うなら兎に角として、細かなものを徐々に買っていくとなると、その時の支払額は結構小さくなる。

 ファストフード店の奥で涼がトレイに転がした新品のピアスとピアッサーも、大した金額ではなかった。

「充が真面目に相談に乗ってくれないから、時間かかったじゃん」

「そんなこと言われても」

 休日昼過ぎの店内は混雑を極めている。男も女も、大人も子供も、皆が同じ場所でハンバーガーに食らいつくというのは、少々面白い光景だ。

「小さい物見ると、目が痛くなるんだよ」

「じゃあテニスなんかするなよ」

「それとこれとは話が別だ」

 休みだから映画でも観に行こう、と涼に誘われたのが昨日のことだった。涼が観たいと言ったのは、数週間前に公開された極道の抗争物だった。それまで恋愛映画ばかり撮っていた監督が手がけたとかで話題だったが、結構出来が良いらしくてネットでも評判が高い。俺も興味があったので、その誘いには素直に応じた。「ついでに買い物がしたい」と言われたので、それも二つ返事で請け負った。

「女物のアクセサリーって、なんであんなに小さいのばっかりなんだ?」

 この辺りで一番栄えている駅前で待ち合わせをして、真っ先に連れて行かれたのがアクセサリーや雑貨を取り扱う店だった。

 女の客ばかりのそこに、涼は躊躇いもなく飛び込んでいった。店員は当初不思議そうにしていたものの、涼があることを告げた途端に愛想が良くなった。

「彼女へのプレゼントを探してます、か」

「言い訳としては最高だろ?」

 涼は悪戯っぽく言いながら小首を傾げる。店員に向かってはにかみながら言っていたのは、まるっきりの演技なのだろうか。俺は少し判断に困り、眉を寄せる。

 トレイの隅には、包装してもらった化粧箱が無造作に置かれている。赤い箱に白いリボンがかけられた、可愛らしいものだった。それを手にした時の涼は、心なしか興奮していたようだったが、今はその面影すらない。

「お前の中の理想像おんなのこは、こういうアクセが好きなのか」

 俺がピアスを持ち上げながら尋ねる。金色の金具に、透明な素材で出来た白い薔薇。店の照明が反射して、チリチリと光っている。

「うん。こういうのが好き」

 涼は輝く薔薇を見つめて、頬を緩ませる。そしてその表情を崩すこと無く、言葉を続けた。

「砂糖菓子だよ」

「砂糖菓子?」

「甘くて綺麗で可愛くて、見ているだけで幸せ。俺の中にある理想像おんなのこは、そういう子なんだ」

 俺は指の先で揺れるピアスに視線を向ける。砂糖菓子のような子に、涼はこのピアスを買った。でもそれをつける子は現実には存在しない。

 段々と、俺は涼のやりたいことが理解出来なくなっていた。別にわかりたくもなかったが、目の前に疑問が横たわっている状況は、どうにも気持ちが悪い。

「付けないんだろ、結局」

「似合わないからな」

「じゃあピアッサーも要らなかったんじゃねぇの」

 そう言うと、涼はピアッサーを手に取った。白い長方体をした小さな器具は、ピアスが売っている店で必ずと言って良いほど見かける代物だった。

「ピアスは、開けてみようかと思って」

「何で」

「好奇心」

 涼は菓子の個包装でも開けるかのように、プラ製の箱に指をかける。ビニールを破き、箱を開き、中から白い器具を取り出した。間近で見るのは初めてだったが、思ったよりもずっと小さかった。

「なぁ、開けてくれる?」

 ピアッサーを差し出しながら涼が尋ねる。俺はピアスを手に持ったまま、首を左右に振った。

「無理。自信ねぇもん」

「充なら平気だと思うけど。じゃあ自分で開けるから、ちゃんと耳たぶ挟めてるか見ててよ」

 涼はすぐに引き下がり、ピアッサーのストッパーを取り外す。器具はいくつかの部品が組み合わさり、耳たぶを挟んでスライドすることによってピアスをつけることが出来るようになっていた。涼は左耳にピアッサーを宛てがうと、少し不安げに俺を見た。

「ちゃんと挟めてる?」

 俺は少し身を乗り出して、涼の耳を見た。体つきの差のせいか、元々の遺伝なのかは知らないが、涼の耳は俺のより薄くて小さかった。ピアッサーに挟まれた耳たぶは、少し下過ぎるように思えた。

「もう少し上かな」

「これぐらい?」

「あぁ。……そういえば、うちの学校ってピアス禁止だろ。どうすんの」

 返事はなかった。代わりにプラスチックと金属が跳ねるような音がした。涼がピアッサーをスライドさせた音だと気付くのに数秒かかった。

 どの部品かわからないが、透明の小さな塊がトレイの上に落ちる。涼の左耳は少し赤くなっていて、その赤の集中点に銀色のピアスが光っていた。痛かったのか、安心したのか、涼は短く息を吐き出し、続けて「どうしよう」という呟きも零した。

 俺はとりあえず知らないふりで、飲みかけのドリンクを手に取った。

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