ep2.ストロベリーチョコレートクレープ
「うわ」
「うわ、とか言うなよ」
ファストフード店から連れだされた俺は、十分後にはクレープ屋の前に立っていた。駅から続く商店街の中にあるゲームセンター。その一階の隅にクレープ屋があることは知っていたが、近付いたことはなかった。
いつも其処には女の子とか、親子連れであふれていて、とても男が足を踏み入れる場所ではなかったからだ。
今日も派手に飾り付けられたメニューの前に女子高生が群がっている。何人かは同じ高校の制服を着ていたが、見覚えのない奴ばかりだった。
「涼、甘いモノ好きなのか?」
俺が尋ねると、涼は短く否定を返した。
「興味ないけど、女の子って感じするだろ」
「まぁ、確かに。でもこれに並ぶのキツくね?」
「最近、スイーツ男子とか流行ってるから平気だよ」
そう言って、涼はさっさと列に並んでしまった。俺も慌ててそれに続く。
前方の女子が振り返って俺達を見たが、特に気にした様子もなく再び前を向いた。スイーツ男子とやらに思われたかどうかは謎だが、少なくとも俺達の存在を異質とは思わなかったようだ。
「何食べる? 奢るけど」
涼がそう言ったので、俺は列の途中に立っている看板に目を凝らす。
生クリームと果物、それとチョコレートソース。クレープの種類は様々だが、大体はそんな構成をしていた。
「涼は?」
「ストロベリーチョコレート」
涼は看板ではなく、列の先を指差した。丁度、列の先頭にいる女の子がクレープを受け取るところだった。硝子製の小窓から手渡されるクレープは、苺がふんだんに盛りつけられている。
「此処のゲーセン来る度に、気になってたんだ。ザ・女の子って感じだろ」
「ザ・クレープって感じはするけど」
列が動くと、看板がどんどん近くなった。俺は華やかな看板の片隅で、肩身狭そうに書かれている「チキンカレークレープ」を見つけた。
「甘くないクレープもあるんだな」
そう言ったら、涼も感心したようにそのメニューを見ていた。
十分ほどで俺達の番が来て、涼が二つのクレープを注文する。店員の若い男はよく通る声で注文を繰り返すと、手際よくクレープを焼き始めた。円形の鉄板の上に生地が薄く伸ばされ、そこに具材が載せられていく。
「はい、ストロベリーチョコレートとチキンカレーです」
並んだ時間が嘘のように、あっという間に完成されたクレープが手渡された。想像よりも少し重いそれを手に、俺達は列を離脱する。後の列も、やっぱり女子ばかりだった。
「そこで食おう」
涼がすぐ横に設置されているテーブルを指差した。背の高い小さなテーブルがいくつか置かれている。立って食べるためのスペースであり、椅子などはない。
一番奥にあるテーブルに向かった俺達は、そこで互いのクレープを見せ合った。俺のはカレーの匂いが強かったし、涼のは苺とチョコレートがえげつないほど入っていた。
「甘そう」
「こういうの食べたかったんだよなー」
涼は嬉しそうに言って、クレープにかじりつく。生地と苺を頬張り、何度か咀嚼してから飲み込むと、俺を見て小さく笑った。
「女の子っぽい味がする」
「変態くせぇぞ、その言い方。……で、なんで女の子になりたかったんだ?」
肝心のことを聞いていなかったことに気付いた俺は、鶏肉を生地から毟り取るようにしながら問う。涼はクレープを持ったまま、数秒だけ考えてから口を開いた。
「子供の頃ってさ、色々夢とか考えるじゃん。宇宙飛行士になりたい、とか」
「ケーキ屋さんになりたいとか」
「俺はその中に「女の子になりたい」って夢があった。サッカー選手とか大統領とか、そんな夢と一緒に存在してた」
苺を一つ食べて、涼はそれを噛み砕く。少し覗いた八重歯に苺の赤い果汁が付着していた。
「他の夢は、飽きたり諦めたりして無くなったんだよ。でも「女の子」だけは諦められなかった。自分が男だってわかってるし、男が好きなわけじゃないし、女装する趣味もないけど、俺は女の子になりたかった」
話しながらもクレープを食べ続ける涼の顔が、段々険しくなってきた。
俺がそれを心配して声をかけようとすると、それより先に泣きそうな声が上がる。
「駄目だ。甘すぎる」
「だよな。それマジで甘そうだもんな」
「そっちのチキンカレー頂戴」
「やだよ。買ったんだから責任持って食え」
涼は大袈裟に嘆いてから、甘ったるい苺を再び口の中に運びこむ。
「こんなに可愛くて美味しそうなのに、食べても全然楽しくないとか詐欺だよ」
「甘いの無理なのに手を出すからだろ」
「……そうだけど。まぁこれで一つ諦められた。俺は甘いの大好きな女の子にはなれない」
五分後、もう一度泣きつかれた俺は、渋々その甘いクレープを食べるのを手伝った。口も喉もチョコレートに侵食されて、夜まで胸焼けが収まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます