第11話 暗黒街のアルフレット①(精霊歴12年)
「帝都も大分復興してきたな」
「そだねー。人間の底力を感じるわ」
おい、だらけすぎだろ。だらだらしているレースを見て少しだけイラっとする。
が、ずっと一人で孤独に過ごしていたのだから、この程度大目に見てやるのが度量というものだ。
去年の帝国対精霊国、初の大戦争で色々と暗躍したしね。
「それでヤトは何してるの?」
「スラム街を何とかしようと思っている。不幸な人を救ってやりたいし、帝国にくさびを打つという意味でもね」
「で、本音は?」
「マフィアの抗争に介入するなんて面白そうじゃね?」
あきれたようにレースはため息をついた。
「名付けて人造ゴッドファーザー計画だ!」などと嬉しそうにつぶやく相棒をみて少しだけ興味が湧く。
「で、具体的にはどうするつもりなのよ」
「前から目を付けていた正義感の強い少年がいてね。ちょうどシェイドの俺と契約しているからうまく思考誘導してみるさ」
「それだけ?」
「ははは、精霊魔法の大盤振る舞いをすることになるだろうけれど。まあ失敗したら失敗したでいいさ」
「信頼する契約精霊に弄ばれるなんて。ちょっとだけかわいそうね。私にも観察させてよ」
◆
【精霊歴12年】
帝都のスラムを一人の少年が歩いていた。薄暗い路地では、毎日のように犯罪行為が行われる。一般人などとても近づけない。
しかし、少年には関係ない。彼はここの生まれなのだから。そう、彼は孤児だった。名前をアルフレットという。親の顔も知らない。スラムのさびれた教会で他の孤児たちとともに育てられた。
「よお、ルブラン」
「アルフレット!?」
「おいおい、どうした、幽霊でも見つけたみたいな顔しやがって」
「急にいなくなったから心配したんだぞ!」
悪い悪いといいつつ、アルフレットに悪びれた風はない。その様子にルブランは毒気を抜かれたのか、呆れつつもも笑顔で親友の帰りを祝った。聞きたいことは山ほどあるが、今は問いただすのを控えたようだ。
そのまま古巣の孤児院へと帰る。朽ちた教会に併設されたボロボロの孤児院だ。帰ってくるのは1年ぶりか。無性に懐かしく感じる。突然出稼ぎに行くといって出奔したのだから、さぞかし心配をかけただろう。しかし、その価値はあった。少なくない稼ぎを送ることができたのだから。
潰れる寸前だった孤児院を助けるにはほかに道がなかった。
「で、本当のところはどうなんだ?」
「んー?」
「あの稼ぎだよ。『割のいい仕事』だったって? 」
「怒るなよ……? 公国で傭兵やってた」
「ッ馬鹿野郎! お前に何かあったらアニエラ神父に顔向けできないだろうが!」
ダンと、ルブランが粗末なテーブルを強く叩くと詰問する。アルフレットを歓迎して遅くまで続いた宴のせいで、時刻は深夜に近い。わいわいと騒いでいたおチビたちは皆寝入っている。
一番心配していただろうルブランは、喜ぶおチビたちのために、何も聞かないでいてくれた。
しかし、今は打って変わって滅多に使わないロウソクを使ってまで、何があったのか問いただそうとしている。そんな心配性な親友が、何故か心地よかった。アルフレットがくすくすと笑うと、顔を真っ赤にしてますます責め立ててきた。
「まあまあ、ルブランも落ち着いて。アル兄もあまりからかわないでよね。本当に心配したんだから――主にルブランが」
「シ、システィ!?」
孤児院のリーダー各のもう一人、システィーナに窘められてルブランは慌てる。アルフレットとルブランとシスティーナの3人がこの孤児院のリーダー格だった。
「でもね。忘れないでアルフレット。あなたに何かあったら心配する人たちがいることを。あなたには帰るべき家があることを。そして何より最期まで心配をかけた神父様のことを」
「そうだぞ。お前に何かあったらアニエラ神父に何て言えばいいんだよ。ったく」
「ははは、ありがとう」
今更恥ずかしがらず、てらいなくアルフレットは笑った。嬉しくてどうにかなりそうだった。そんなアルフレットの気持ちは二人には筒抜けだったのか、つられてお互い笑い出す。ただただ温かい時間が過ぎていった。アルフレットがどうしても守りたかった光景だった。
たとえ、自分の命を賭けてでも守りたいと願った光景だった。
『覚悟は……よいのだな?』
精霊語で心配そうに問いかける少年――シェイドの姿を見やる。この場でシェイドを見て話すことができるのはアルフレットのみ。公国の戦争で名を上げたアルフレットは、すでに上級の闇精霊使いへとなっていた。
アルフレットはいつも考えてきた。スラムのみんなを助けるにはどうすればよいのかと。
彼は賢かった。スラムの現状はこれからますます悪化すると分かっていた。精霊国との戦争に負け、公国の独立を許した帝国にスラムを養う余力はない。
彼は賢かった。拡大したスラムに自分たちのような弱者の真っ当な居場所はなくなるだろう。真っ当ではない居場所にすがるしかない弱者がどうなるか。容易に想像できてしまった。
――彼は賢すぎたのだ。
(誰も俺たちを助けてくれないのなら、俺がスラムのみんなを救って見せるしかないじゃねえか)
彼の契約精霊であるシェイドとも何度も話し合った。スラムの支配構想を考えるにあたりシェイドは本当に頼りになったし、これからも切り札となるであろう。
シェイドは嘘を見抜き、暗殺さえ容認する。変わり種の精霊だがともに戦場を駆け抜けた仲だ。誰よりも信頼している。
スラムを支配する。それが容易でないことくらい彼だって分かっている。それでも。救われないものに救いをもたらすにはほかに手段が思いつかなかった。
だから、ルブランとシスティーナに協力を求めた。でもわかっていた。敬虔なフィラーハ教徒である二人がどう反応するのか。教会で出世するのが夢のルブラン。アニエラ神父のように孤児院を経営するのが夢のシスティーナ。……わかって、いたのだ。
もう一度シェイドを見る。彼は微笑みながら頷いた。
「ルブラン、システィ。――大事な話がある」
きっともう後戻りはできない。
◆
【暗黒街のアルフレット ~帝都マフィアとその肖像~ 著者不明】
……のである。なかんずく際立つ存在はスラムの王と呼ばれたアルフレットであろう。
記録に残る限り彼が歴史に初めて登場したのは、公国の傭兵としてである。
きわめて強力な闇の精霊使いであった。
ここで読者は帝国、しかもスラム出身の人間が精霊使いであることに疑問を呈するであろう。
彼が恐怖でスラムを支配したのも事実である。
だがそれは一般に流布された虚像に過ぎない。だから私は筆を執った。
本当の彼を知る者として……
【スラムの動態的分析 著ティモシー・フィル・キュンメル】
……数々の業績を打ち立てたアルフレットがスラムに秩序をもたらしたのである。
精霊教を憎む帝国の総本山において、精霊使いとして頂点にのし上がった彼が傑物であることは疑いようがない。
しかしながら、精霊教という邪教を栄えある帝都の民が信じることはなかった。
それは当然の結実であり、フィラーハ教と精霊教の代理戦争へと発展していくことになるのである。
ここにスラムの秩序は二分されたといってよい。
(中略)
……ルブラン大司教による歴史的和解がなければ、帝都は戦火に包まれていたであろう。
だがそれは続く闘争の短い偽りの平和であった。
卑劣なるアルフレットによって突如襲撃を受けた教会は、教徒の尊厳を守るため全面的な戦争を決意する。
その最期については多くを語る必要はないであろう。
今なお、悪逆たるスラムの王アルフレットを打倒した英雄として、ルブラン大司教は語り継がれている。
なお、アルフレットが今に続く邪神教の教祖であったという創作が多くなされているが、その点に関しては疑義を挟みたい。
そもそも邪神教の活動が始まったのは……
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