第10話 汝、平和を欲さば戦に備えよ(精霊歴66年)


「暇ね~」


 のんきな声をレースが出していた。まあ、仕方あるまい。

 精霊システムが本格稼働してから、ずっと順調だったからだ。

 下界を眺めていると、たまたま学校の風景が目に映った。

 ほう、スタンピートと帝国の同時侵攻を警戒しているのか……これは使えるな。


「あ、ヤトが悪だくみした顔してる! まるで極悪人みたいね!」


 ほっとけ。


『どう思うか、レクラムよ』





【精霊歴66年】


 ここはエレメンタリア国立精霊学校。精霊国のエリートが集まる最高学府だ。

 僕も猛勉強の末になんとか入学することができた。

 故郷ではちょっとした英雄扱いだ。

 気になる女の子から告白はされなかったけれど、いい雰囲気にはなれたんだ。



「——貴様らぁ! この程度で根をあげるんじゃねえ! 敵は容赦などしてくれんのだぞ!」



 相変わらずレクラム先生のしごきは凄い。

 今日は実戦形式の訓練で、レクラム先生が相手だった。

 よく晴れたグラウンドの上で男女がへばっている。

 1対1とはいえ、ここにいる20人の生徒全員に完勝するのだから化け物だ。

 いくら僕らは10代のひよっことはいえ、老人相手に勝てないのは悔しい。

 あまりの鬼教官振りに、少なからず不満をもっているのも事実だ。

 僕の進路は土精霊使いになって故郷の農家を助けることなのに。

 ここまで厳しい戦闘訓練なんているのだろうか。



「ヴァルシス! 何か不満でもあるのか!?」

「い、いえそんなことは」

「嘘つくんじゃねえ、この場で言ってみろ」



 僕が名指しされて、不満があるか聞かれた。

 勘弁してくれよ……。周りに助けを求めようとするも皆に視線を逸らされた。

 この薄情ものめ!



「そ、そのう、僕の目標は土精霊使いになって故郷の農家を助けることです。なので、こんなに厳しい訓練が必要なのかな、と思いまして……」

「ヴァルシス、お前は開拓村出身だったか?」

「はい」

「そうか、いい志だ」



 意外にも高評価だった。ただ、表情を引き締め言葉を続けた。



「だが、甘いな。魔物が攻めてきたらどうするつもりだ?」

「戦います。けれど、いまの自分でも十分戦えるつもりです」

「それが甘いといっている! まさかゴブリンやオークごときを想定しているんじゃないだろうな? お前なら卒業時にはCランクモンスターまでいけても、オーガのようなBランク以上は無理だ」



 Bランクの魔物は中級上位以上の精霊使いでないと対抗出来ないといわれている。

 確かに、先生のいう通りだが――



「——でも、昔と違い死の森は安全になりました!」

「それは俺たち精霊使いが定期的に魔物退治をしているからだ。だがな、魔物の大量侵攻(スタンピート)を忘れちゃいけねえ」



 スタンピート。確か、魔物が原因不明の大量発生を起こして人里に攻めてくる現象だったはずだ。

 鬼神デュランが活躍したというオークエンペラーとの戦いもスタンピートが原因だったといわれている。



「精霊歴7年にオークエンペラーが攻めてきたのは知っているな?」

「はい、歴史の授業で習いました」

「俺はその時の生き残りなのさ」



 その言葉に周囲がざわつく。オークエンペラーとの戦いは建国以前最大の危機として語り継がれており、半ば伝説の域に達している。

 しかも、先生は御年75歳くらいだったはず。ということは、オークエンペラーの侵攻時は15歳程度。

 先生は当時を振り返りながら、いかにオークエンペラーとの戦いが熾烈だったかを話してくれた。

 先生は騎士になってすぐ鬼神デュランと共に勇者についていったらしい。

 なんと平民でありながら15歳で騎士になったというのだから、相当優秀だったのだろう。

 道理で強いわけだ。



 戦いのときは火の初級精霊使いでしかなかったらしい。

 Dランクのオークの大群を相手にいかに苦戦したか。

 戦場に精霊が降臨して位階が上がり形勢が逆転したこと。

 思いがけず伝説の戦いの話をされたことで、皆話に引き込まれていった。



「——というわけで、最終的にデュラン団長が一騎打ちに勝ったわけだ」

「ですが、いまはスタンピートの被害は防げているのではないでしょうか。仮にオークエンペラーが再度攻めてきても、精霊騎士の敵ではありません」

「いや、それは違う。確かに俺を含め精霊騎士に列せられる人間は強力で、スタンピートだけなら耐えられるだろう。それだけならな」



 意味深な間を空けて、僕らを見渡した。鋭い目つきで睨みつけられる。



「お前ら、帝国のことを忘れていねえか?」



 帝国と精霊国は長年敵対関係にある。それぞれ帝政同盟と精霊連合という国家集団を率いて対立している。

 帝国からの侵攻を何度も撃退しているが、かなり危ういときもあった。

 ここ30年ほどは平穏だったが、戦争になれば僕も強制徴収されるだろう。

 みんな戦争の話なんか過去のものだと思い込んでいて、気づかなかった。



「俺は対帝国戦争にも従軍している。だから断言する。帝国兵は強い。俺のしごきに耐えられないようじゃ、お前ら死ぬぞ?」



 確かにその通りだった。レクラム先生のいう通りだ。

 父さんも帝国との戦争は悲惨だったと詳細をぼかしながら語ってくれたっけ。



「もっと最悪なことを教えよう——スタンピートと同時に帝国に攻められたらどうするつもりだ?」



 ハッとする。そうか、そういうことか。

 軍事国家である帝国は強い。最近は大人しくしているから考えていなかったが、西の帝国と東の死の森から同時に攻め寄せられたら危険かもしれない。

 対魔物戦闘と対人戦闘の両方が必須なのも、当然だね。

 すると、突然先生が虚空に向かって精霊語で話し始めた。いいなあ、精霊と話してるんだよね。上級精霊使いにならないと、精霊は見えないし話せない。だから、精霊の見えない僕たちからすると、ちょっと間抜けな光景だ。口には絶対しないけれどね。



「――ソウデスカ。ハイ、私モソノヨウニ思ヒマス。いいか、今俺の契約精霊から話があった」



 精霊語で何事か会話していた先生は言葉を切ると、生徒一同をゆっくりと見渡す。



「サラマンダー様はお前たちひよっこが心配らしい。喜べ。戦いのアドバイスをして下さるそうだ。それに、現状がいかに危ういか分かったか? ……いい面構えだ。授業後、一人ひとりアドバイスをしてやろう。

 今度の授業では対帝国戦争について話してやる。それでは、今日は終わりだ!」 

「「「ありがとうございました!」」」


 精霊にアドバイスを貰えるなんて、すごい! 戦いが好きなサラマンダーらしいね。それに、次は帝国との戦争についてか。楽しみだな。




【学校案内:国立精霊学校とは? 著教育省】


 精霊学校は士官学校としての役割も果たしています。

 士官学校とは文字通り少尉以上の士官を養成する学校です。


(中略)


 ……このように武のサラマンダリアと呼ばれています。

 サラマンダリア精霊学校は最も武勇に優れたものが集うとされています。


 続いてエレメンタリア国立精霊学校にはある伝説があります。

 第三次サラマンダリア攻防戦では、戦況の悪化により精霊学校の生徒まで戦いに加わりました。

 その中でもエレメンタリア国立精霊学校の生徒の活躍は目覚ましく、各地の精霊学校を束ね、すぐれた戦術により逆境を跳ね返しました。

 特にヴァルシス・エイグラムの一騎打ちは語り草となっております。


 また、隊長のレクラム・グレンデルは、負傷後も練兵総監として後身の教育に優れた業績を残しました。

 他にも数々の英雄を生み出したエレメンタリア国立精霊学校は、最も知勇に優れた者が集う学校として名をはせているのです。



【実録 第三次サラマンダリア攻防戦の奇跡 文芸誌『真実』】


 ……そこで資料だけでは分からない当時者たちにインタビューを試みた。


(中略)


 次に奇跡のグレンデル小隊の隊員である英雄エレイン・カーパルズさんに話を伺うことができた。

 ライトエルフである彼女は、現在グレンデル小隊唯一の生き残りであり貴重なお時間を頂くことがいただくことができた。

 この場を借りて改めて感謝を申し上げたい。


(中略)


記者「なるほど。しかし学徒動員を批判する者がいることも事実ですが、どう思われますか?」


エレイン「うーん、彼らは当時を知らないから。帝国によってスタンピートと同時侵攻をされたサラマンダリアは陥落寸前だったんだよね」


記者「超大規模のスタンピートに戦力を向けたせいで有力な戦力がいなかった」


エレイン「そうです。一般市民まで戦いに加わっている中で、精霊学校の生徒が戦わないなんておかしいでしょう?」


記者「おっしゃる通りですね。攻防戦で一番の語り草はヴァルシスさんの一騎打ちでしたが、どうお感じでしょうか」


エレイン「ヴァルシスくんが一騎打ちに勝ってなければ今の私、いえ私たちはいなかったでしょうね。たとえば……」

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