第9話 奴隷解放宣言(精霊歴9年)
奴隷。人間ではなく物として扱われる。財産といえば聞こえはいいが、言葉をしゃべる物であり、自由にしていい存在だった。
その自由とは、殺す自由も含まれる。帝国貴族が、奴隷をおもちゃにした挙句無残に殺す姿をみて腹が立た……なかった。
自分でも以外なほどドライになったが、レースによると神になったことで人間へのシンパシーがなくなっているとのこと。
確かに、人間が蟻を踏みつけようとも何とも思わないのと同じだ。
ただし、ネコミミは別だがな。
人的リソースを食いつぶす奴隷制度は社会の活力を失わせる副作用がある。精霊という存在もまた、その設定的に奴隷制度とは相いれない。
勇者は大半の奴隷を解放したが、それでもまだ多くが奴隷のままだ。その理由は色々あるが、奴隷への強制命令権をもたせる隷属の首輪を解除できなかったことや、諜報能力が低く奴隷の在り処がわからなかったことが大きい。
「そこで、闇の精霊シェイドさんの出番!」
「おー、新しい精霊ね」
闇の精霊は、黒いボロボロのローブを羽織った痩せぎすで頬の扱けた陰気な少年である。善意を好む精霊には珍しく人の暗い感情を好む。最初はおじいさんだったのだが、レースが美少年成分が欲しいとのこと。
シェイドは必要悪すら認めるが、精霊らしく悪行そのものは認めない。有体に言えば、ダークヒーローが好きだ。
なので人の嫌がる裏稼業の人間、スラムで生活のため仕方なくスリを働くものにまで加護を与える。精霊魔法もまた裏稼業に適したラインナップになっている。
――――という設定である。
「シェイドかっこいいわね。裏で苦労している人が報われるといいわね」
「レースは創造神として裏方で頑張ってきたもんな」
「そうね。それに、シェイドと契約して悪いことした人間が改心できたら、とても素敵だと思うわ」
悪人を改心させる精霊。確かに、いいかもしれない。さて、まずは闇の精霊の稼働テストをしますか。
「へえ、この闇の精霊使いにした少女、ずいぶん優遇しているわね?」
「逸材だからな。実際、義賊っぽい活動で活躍してるし」
「……ネコミミだからじゃなくて?」
「……」
◆
【精霊歴9年】
新月の夜は闇で閉ざされている。周囲にはただ虫の音が響くのみ。
注意深く見れば、ところどころ事切れた人間がいることがわかるだろう。
死体が守っていた建物の中でリリアは「仕事」をしていた。
「……シッ、助けに来た」
突然の来訪に牢の中の人々は緊張する。噂には聞いていた。勇者が反乱をおこし、各地で奴隷が解放されている、と。
勇者の反乱からすでに5年以上たってもまだ乱世が続いていた。ここ数年、奴隷を奪われることが急増したと奴隷主たちが愚痴っていた。だが、声をかけてきたのは黒装束に身を包んだ怪しげな猫獣人の少女である。
「ゆ、勇者様の使いなのか……?」
「……そう。勇者様の命令。皆、解放する」
おおおお、と牢屋の中が静かに活気づく。
鍵を開け、奴隷たちが集まる。すると、外で鐘が鳴らされた。大勢の兵士の怒声が聞こえる。思わず奴隷たちは悲鳴をあげる。
リリアは陽動だというが、どうやって逃げるつもりなのだろう。それに関して何も言わずリリアは行動して見せた。それは、この場のすべての人間にとって意表をつくものだった。
「うわあああああああああああ!?」
身体が沈んでいく。影の中に身体が食われていくのだ。今度こそ奴隷たちが大声で悲鳴をあげるが、無慈悲にも影に飲まれていった。
ギュッと目をつむっていると、いつの間にか森の中にいた。久々に感じる外の匂い。なんと、影から影へと転移したのだ。
「……任務完了。無事?」
「無事? じゃねーよ! 死ぬかと思ったぜ。一言声をかけてくれてもいいだろうに」
「……む、失礼。言っても怖がらせるだけ」
「そりゃ、そうだけどよお」
助かったという安堵からか、リリアに声をかける奴隷たちだったが、皆期待と不安の入り混じった表情をしていた。
あのまま奴隷として酷使されるのはいやだが、このまま無事逃げられるのだろうか。いや、そもそもどこへ逃げるというのだろうか。
「……皆、精霊の隠れ里へと向かう。安心」
「その精霊の隠れ里っつーのはどこにあるんだ?」
「……東方フロンティア」
「不毛の大地じゃねえか!」
奴隷たちは色めき立った。東方フロンティアは不毛の大地と魔獣の森が広がる死の大地である。過去、罪人の流刑地であったが、あまりに過酷な環境のため取りやめになったことがある。
そんな彼らにリリアは、安心しろ、という。精霊の力によって、フロンティアは開拓され発展を続けているのだ。皆半信半疑だったが、勇者と精霊を信じることにした。そうする他なかったともいえるが。
「でもよ、どうやって東方フロンティアまで行くんだ? 何の準備もしてねえぞ?」
「風精霊の転移魔法です。一瞬でつきますよ」
奴隷の男の問いに対して、答える声がした。そこにはいつの間にか緑のローブに身を包んだ獣人の青年がいた。
「リリアさん。これで全員ですか?」
「……ん」
「い、いつのまに」
「申し遅れました。風の精霊使いグレゴリーと申します。さきほど転移してきました。これより皆さまを精霊の隠れ里へと転移させていただきます」
「転移魔法だって!? いやまて、リリア……もしかして黒い咆哮(シャウティング・ブラック)のリリア、様ですか?」
男が驚くのも無理はない。転移魔法とは宮廷魔術師クラスが扱うと伝聞するだけのおとぎ話の世界の話である。そして、リリアの名もまた奴隷の間では有名だった。
「……ん、あってる」
「驚かれるのも無理はありませんね。そうそう、これは風精霊シルフの力を使った精霊魔法です。皆さんも使えるようになるかもしれませんね。精霊使いに血筋や才能は関係ありませんから」
「ほ、本当ですか!」
「ええ、嘘は申しません。そのあたりも含めて隠れ里でお話しましょうね。では――――<集団転移>」
◇
アストラハン統一帝国は内乱に揺れている。
裏切りの勇者と王女こそ不毛の大地へと追いやることができたが、反乱は収まる気配がなかった。魔法使いと非魔法使い。貴族と平民。人間と亜人。フィラーハ教の強制。奴隷制度。
もともと不和の芽はあちこちにあった。勇者の反乱は火薬庫の火種に過ぎない。
リリアは猫獣人の奴隷だった。両親も奴隷であり、生まれながらの奴隷だった。生活は過酷を極めた。日々身を擦切るまで働かされて、最低限の糧すら与えられない毎日。
常にボロボロの服を着て汚れた姿の彼女たちは、奴隷主の貴族のおもちゃとなった。少しでも休もうものなら鞭を打たれ、戯れに殺されることすらある。リリアの両親も貴族の息子の「遊び」で殺された。
お腹をきゅうきゅう鳴らし、くたくたになるだけの日々。ひもじい、つらい、と夜親にぐずついては困った顔をしてあやされた。その親が殺されてから、リリアは泣かなくなった。笑うことも、怒ることもなくなった。
だがそれは彼女にとって幸いだったのかもしれない。何一つ反応を返さない彼女をみて、主人は興味を失ったからである。
(……絶対に、許さない)
では、彼女は感情をさび付かせ、失ったのか。否。答えは断じて否である。沸騰するマグマのごとく激しい感情が常に彼女の心の奥底に煮えたぎっていた。
だが聡い彼女はそれをおくびにも出さない。いつかくるかもしれない「機」を待っていた。それが、くるかどうかもわからない。けれど、リリアは待ち続けた。そして彼女は奇跡にあった。————その奇跡に名こそ闇の精霊シェイド。
「奴隷ごときが逆らう気か!!」
「……もう終わり————<ワード・オブ・ペイン>」
「おおおお! リリアが貴族を打倒したぞ! みんな続けぇッ!」
「そ、そんな、たすけ、ぐあああああああああ」
闇の精霊魔法によって仇の貴族を打ち滅ぼしたリリアは、すぐさま今まで思い描いていた絵図を実現しようとした。
そう、彼女はずっと機を伺いながら、ぬかりなく準備を進めていた。重労働に耐えながら少しずつ、少しずつ周辺の情勢を把握していき、一機に打って出ようとしたのだ。さらに、闇精霊が情報収集に特化している点も彼女の躍進を手助けした。隷属の首輪さえ闇魔法で解除できた。
「……皆、聞く。私たちの、組織の名前」
解放戦線「黒い咆哮(シャウティング・ブラック)」
元奴隷リリアを頂点とした組織。その目的はシンプル。「自由と平等」である。リリアはあえて奴隷の解放を目的としなかった。そこに人間や亜人、魔法使いか否かといった差別は存在しない。
リリアが獣人だということで、当初は獣人が主体となっていたが、規模の拡大につれ人間を含めた雑多な種族を含めるようになっていく。
差別はしない。というリリアの方針が浸透するにつれ、組織もまた強固となった。「自由と平等」というわかりやすいスローガンもまた組織の原動力となった。
「『黒い咆哮』のリリアさんですね」
「……ん。勇者?」
「ええ、精霊の隠れ里へようこそ。皆、歓迎する!」
解放戦線の規模が拡大するにつれ、拠点が必要になってきた。そこで目を付けたのが、急成長を続ける東方フロンティア、勇者たちである。勇者タロウたちは喜んで彼女たちを迎え入れ、協力して奴隷の解放を目指すことになる。
リリアは拠点を必要とし、勇者は労働力を必要とした。さらにいえば、リリアたちの諜報能力を是が非でも欲しかった。リリアがトップだからか、闇精霊使いが多く所属している。帝国からの脅威に怯える里としては喉から手が出るほど欲しかったのである。
「リリア様、なぜあの勇者とやらの下につくんですか? 別に対等な同盟でもよろしいのでは?」
「……異世界からの勇者、しがらみないからみんなの希望」
「なるほど、象徴としてはこれ以上ないということですか」
「……ん、人望もある。適任」
「ならば、せめて獣人の王になられてはいかがでしょうか? 以前から要請を受けております。それを望むものは多いですぞ」
「……やだ」
――だって恥ずかしいし。
「え?」
「……えっと、人民の、人民による、人民のための政治? とかなんたらかんたら?」
「おお、さすがはリリア様!」
「…………って、勇者が言ってた」
「皆リリア様のお言葉を聞け! 『人民の、人民による、人民のための政治』だ!」
「素晴らしいお言葉だ!」
「リリア様は王位を望まぬ! なぜなら、『人民の、人による、人民のための政治』だからだ!」
「さすがはリリア様! 『人民の、人民による、人民のための政治』万歳!」
「自由万歳! 平等万歳! リリア様万歳!」
「……え」
リリアが極度の恥ずかしがり屋であることは、解放戦線の首脳部だけの秘密だった。
口数が少ないのも、実は照れているだけである。
だが、その寡黙なキャラ付けが、リリアのミステリアスさに拍車をかけているのも事実である。
そして、余計に恐れられ、委縮したリリアはさらに口数が減り、またさらに恐れられ……という謎の循環が起こっていた。
いずれにせよ、解放戦線はリリアのカリスマを必要としていたので、誤解を解こうともしなかった。
知らぬは本人ばかりである。
◆
【解放戦線戦記 著者ジエット・カインズ】
『黒い咆哮』には、首領リリアを中心に優れた闇の精霊魔法使いが多数いた。
「奴隷の解放」を目的とした組織は当時多数あったが、『黒い咆哮』は、「自由と平等」を謳い文句にした点が、画期的であったといえる。しかし、彼らの功績はあまり表には出ていない。
いわゆる諜報や暗殺といった汚れ仕事を担っていたからだ。
現代まで続く解放戦線の恐ろしいイメージは、そのころに作られたのである。
世界の『裏』を恐れぬ闇の精霊使いは、決して『悪事』を働かない高潔な精神を必要とした。その原型は、『黒い咆哮』が作り上げだといえよう。
鉄の規律と鋼の精神こそが、闇の精霊使いの美徳とされた。
ゆえに、今もなお闇使いは恐れられると同時に尊敬されているのである。
(中略)
リリアは解放戦争の功績をもってして、初代の獣人王に推挙されたが次のように断った話は有名である。
「これからは『人民の、人民による、人民のための政治』の時代である」
寡黙にして、冷酷無慈悲だと伝えられているリリアだが、その熱い信念を表した名言である。「自由と平等」、己の信念にすべてを捧げたリリアの決意を感じ取れるだろう。時代を超えて、多くの人々に感銘を与え続けた。
なお、勇者も同様の発言をした記録が残っているが、リリアからの引用だと思われる。
【 誰でもわかる精霊魔法 著アウレリア精霊学校教育出版部 】
闇属性の精霊は、シェイドです。
ボロボロの黒いローブを纏った少年の姿をしています。
シェイドは、諜報、尋問、夜警といった我々の日常生活から離れた様々な裏仕事で力を発揮します。
嘘を見抜き、相手の感情を読み取る闇魔法は、裁判や警察活動になくてはならない縁の下の力持ちです。
その特性から恐れられることの多い闇魔法は悪用することのないよう厳しく己律することが不可欠です。
主要な魔法を記します。
・センス・ライ
嘘を見抜きます
・ワード・オブ・ペイン
悪人に対して効果を発揮する攻撃魔法です
・シャドウ・ワープ
影から影へと移動します
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