第8話 光のエルフ(精霊歴10年)
勇者が国をつくるらしい。精霊の隠れ里はもはや里という規模ではない。
小規模ながら独立都市となっていた。そして、今もなお人口は増え続けている。確かに建国しておもかしくないわな。
建国するにあたり勇者たちが困っているのが、文官不足だ。
東方フロンティアに来るには体力が必要であり、必然肉体労働者ばかりが増えていく。防衛力は強化されたが、国として成り立つには内政官がどうしても必要だ。
ゆえに、建国しようにもできないでいた。
こんなこともあろうかと、新たな精霊を作りました。
「光の精霊アウラね。天使みたいな美女ね」
「ああ、実際天使をイメージしたからな」
「金髪碧眼巨乳美女とかどことなくヤトの性癖を感じるけれど……」
「そ、そんなことはありませんよ!?」
◆
【精霊歴10年】
魔抜け。
魔抜けとは魔力を一斉持たない者に対する差別用語である。
帝国貴族において魔抜けは致命的である。フィラーハの血を受け継ぎし貴族に与えられた恩恵こそ魔法である。ゆえに、魔抜けは、フィラーハの血をもたぬ、貴種であらぬことになる。
貴族家において最悪の風聞であり「処分」されることも多々あった。
もう一つ、貴族以外で問題にされることがある————エルフだ。
魔法を得意とするエルフにとって、魔法を一切使えない魔抜けのエルフはできそこないである。エルフそのものの個体数が少ないため殺されることは少ないが、強く差別される立場にあった。
「フォズ、よく聞いておくれ」
「おじいちゃん……?」
フォズは魔抜けのエルフだった。
帝国から自治を認められたエルフの森で差別されながら生きてきたし、ずっとこの状況が続いていくのだろうと諦観していた。
魔抜けだと分かったとき、親から捨てられた彼女は、一人の老エルフに育てられた。彼は魔法に長けていたが、魔法の使えないフォズを差別することは一切なかった。
フォズだけでなく、迫害された魔抜けたちを無償で保護していた。元帝国貴族であろう人間までいたのには、彼女は驚いたものである。
老エルフは、魔抜けたちに魔法を教えることはできない。
その代わり、彼らに知識を与えた。
教育は厳しかったが、フォズたちは聡明であり貪欲に知識を吸収していった。知識だけではなく、いかに善く生きるかも伝えた。
差別を受けたフォズたち魔抜けが善良な性格に育ったのも、一重に彼のお陰であろう。魔抜けとして生きていくために必要なすべてを彼女に与えた。
聡いフォズは厳しくされても、それが魔抜けの自分に対する愛情からだとわかっていたし、どんなに差別されても善良であろうとした。尊敬する老エルフのように。
厳しさからときに反発する同じ魔抜けたちの仲裁をしたのも彼女で、いつしか魔抜けたちのリーダーとなっていった。
捨てられた魔抜けの子供たちと暮らす日々。
老エルフのもとそんな仲間たちと過ごすフォズは、差別を受けながらも幸せだった。
その幸福な日々が崩れたのは一瞬だった。
「いいかい、フォズ。私は少し『旅』に出ることになった。長くなりそうだから、その間、他の皆のことを頼んだよ」
「うん、わかった」
このときの会話をフォズは生涯忘れることはないだろう。
人間の町へと買い出しに行くことは稀にあったため、そのことだと思った
のだ。それが別れの言葉になるとは知らずに。
数日後、老エルフが森へと侵略してきた帝国軍の残党に単騎で挑み、その身を犠牲に全滅させたと知らされた。……侮蔑とともに。
「まさか本当に一人で全滅させるとは思わなったよ。まあ、おかげでこちらも被害がなくて手間が省けた」
「……んで」
「あ?」
「なんで、他の人たちは一緒に戦わなかったんですか!?」
「魔抜けがいるから厄を招いたんだ。その原因の爺さんのけじめだよけじめ。大人しく魔抜けを追い出せば死なずにすんだものを。馬関な爺だ」
フォズは逃げた。これ以上話を聞きたくなかった。
自分たち魔抜けが災いを運んだから。それを保護した老エルフの責任だから。
だからたった一人戦いに赴いた。
自分のせいで。
家へ帰ると涙する仲間たちがいた。もう噂が届いているようだ。
そんな彼らを見て、老エルフとの最後の約束を思い出す。
(みんなを守らないと)
まずは彼らを落ち着かせ、老エルフを悼む。次の日から協力して簡素ながらもしっかりとした墓を建てた。戦場は遠く、遺体も遺品もなかったのが更にフォズたちを悲しませた。
ようやく、だがそれでも無理やり落ち着いたところで今後の話をする。
反応は様々だった。
見殺しにしたエルフたちに復讐を望む者。
元帝国人として申し訳ないと涙する者。
たとえ差別を受けてもこのまま暮らしていこうとする者。
もう何も考えたくないと口をつぐむ者。
だが、リーダーのフォズはどの意見も取らなかった。
「ねえ、勇者がつくった里を知っているかしら?」
彼女が目指したのは新天地。
伝え聞く限り勇者のもとなら魔抜けも差別されないだろう。自分は、知識なら誰にも負けない自信がある。年少とはいえ仲間の魔抜けたちだって、勉学と修行に励んでいたのだ。
魔法抜きならば、ここは人材の宝庫と信じている。
「――――というわけで、おそらく、勇者は国をつくるはず」
「なるほど、フォズのいう通りなら優秀な人材はいくらでも欲しいでしょうね」
「俺たち魔抜けでも雇ってもらえるのかな?」
「私はフォズに従うわ」
議論が進む。差別をする大人たちを信用しない点では皆意見を一致させていたが、住み慣れた家を離れるか否かが問題だった。フォズとて思い出の詰まった家を手放すのは断腸の思いである。
けれども、庇護を失った魔抜け達の扱いがどうなるか予想がつかないのだ。
最悪、始末されるかもしれない。
けれども、勇者たちが本当に差別をしないのか。伝聞だけではわからない。
最大の問題は、魔抜けたちだけで、この森を突破できるかだった。エルフの森は強力な魔獣が多く、魔法なしでは太刀打ちできるとは思えない。
なにせ魔抜けは魔力による身体強化すらできないのだ。
議論が堂々巡りをし始めたそのとき————部屋が光に包まれた。
「な、なんだ!?」
「皆、大丈夫? 怪我はない?」
「あれ? なんか変な感じ……」
とりあえず落ち着こうとして、再度驚く。
知らない指輪がはまっていた。
なんだろう、と意識を向けると、いろいろなことが分かった。これが契約の指輪であるということ、そして
「皆、精霊と契約したの!?」
「ノームみたいね」
「すげえ、俺サラマンダーと契約したって。身体も強化もされるってさ」
「私はウンディーネね。回復魔法が使えるみたい」
わいわい騒ぐ。驚いたことに、皆の手に指輪がはまっていた。
全員、精霊使いとなったのである。
サラマンダー、ノーム、ウンディーネ、シルフ、シェイド、さらに
「フォズは何の精霊なの?」
「えっと、私は光の精霊アウラみたい」
「へー、どんな精霊なの?」
「それがね」
アウラは知力を強化してくれるらしい。実際、今話しているときもいろいろなことを同時に考えることができている。
精霊魔法も記憶力を上げたり、結界を張ったりするものらしい。一通り盛り上がったことでふと気づく。そう、精霊使いとなったことで精霊魔法を使うことができるのだ。
魔抜けの自分たちが魔法を使える!
夢にまでみた光景に、悲しみを無理やり忘れるようにしてはしゃいだ。
「これで、森は突破できる。勇者の里へ向かうわよ!」
「「おおおー!」」
フォズは祈る。きっと、おじいちゃんが皆を心配して精霊様に頼んでくれたのだと。精霊と老エルフに祈り続けた。
◇
「俺たちは新しい仲間たちを歓迎する!」
「ありがとうございます」
フォズたちの長い旅は終わった。森を抜け荒野を越えついに精霊の隠れ里へと辿り着いたのだ。たとえ魔抜けでも大歓迎された。
里を見て回ると同じく迫害を受け逃げてきた魔抜けもおり、差別されることなく暮らしていた。そんな彼らを見て、私の選択は間違っていなかったとフォズは安堵した。
「いやあ、それにしても全員精霊使いだなんてすごいね。しかも、いきなり中級クラスとはな」
「これも精霊の賜物です」
「謙遜しなくていい。君たちの日ごろの行いの結果だよ」
先ほどから気さくに話しかけてきているのが勇者だった。
行いを褒められてうれしく思う。育ててくれた老エルフを認めてもらえた気がして。
フォズの読み通り勇者はまさに建国の準備を進めており、文武に優れ精霊使いでもあるフォズたちは丁重な扱いを受けた。
生まれて初めての扱いに仲間の中には涙するものもいた。
そんな彼女たちは即戦力として活動を開始したが、特に活躍したのはリーダーのフォズだった。
「俺たちは戦うしか能がなくてな。フォズのように優秀な文官は本当に助かる」
「そんなことはありませんよタロウ様。タロウ様の異世界の知識は里の発展に大いに貢献しております」
「エリー様のいう通りですよ」
「なんか照れるな。エリー、フォズさんありがとう。ま、フォズさん一人で並の文官10人分の仕事ができるんだからすごいよな」
「いえいえ、アウラ様のお陰ですよ」
今度はフォズが照れる番だった。
しかし、事実光の精霊アウラと契約したフォズの能力は突出しており、文官不足を解消しつつあった。
アウラとの契約者はまだフォズ一人だったが、今後増えていくだろう。
建国という一大事業に関われる幸運をフォズは噛みしめていた。
(おじいちゃん、どうか見守っていてくださいね)
◆
【先天的魔力不活性症の実録 著フォズ・アークライト】
魔法文明では、魔法を広めたといわれるフィラーハ神の加護を受けぬものとして「魔抜け」と称し迫害してきた。
私も魔抜けのエルフとして当時の体験を記そう。
(中略)
……以上のように、ヒューマンでもエルフでも迫害されてきた。
水の精霊魔法でも治癒することができないことから、魔抜けは病気ではないという見解が一般的であった。
では魔抜けとは如何なるものなのか。その手掛かりとして、魔抜けは強力な精霊使いになることが多いという事実があった。
精霊との契約比率は明らかに魔抜けは高く、強力な精霊使いに成長する者も多かった。
(中略)
……私たちの長年の調査の結果、ついにその正体が明らかになった。
魔抜けは魔力を持たぬのではなく、内に秘めた魔力を活性化させ表出することができなかったのである。
その秘められた魔力は一般的な魔法使いを大きく上回り、精霊使いとして大成する理由の一つとして考えられる。
いずれにせよ、現在では魔抜けと差別されず、先天的魔力不活性症として認知されている。
その多くが強力な精霊使いとなることから、精霊の愛し子として尊敬されるに至ったのは歴史の皮肉であろうか。
【光のエルフ 著アステル・ガラント】
フォズ・アークライトは、現在精霊国を代表する光属性の使い手であり、ライトエルフの長でもある。
魔力不活性症のエルフを中心に、精霊使いのエルフを旧来のエルフと区別するために、ライトエルフを名乗るようになったのは、彼女が最初である。
精霊使いを見下すセフィラ共和国に対する意趣返しでもあった。
初代国務委員、第3代教皇を歴任し、現在はアウレリア魔法学校の学長として後身の指導に尽力している。
学者や文官を目指すものにとってアウレリア精霊学校は、あるいはエレメンタリア国立精霊学校よりも人気となっている。
なお、アークライトの名は、フォズを育てたエルフに由来しているという。
【神に愛されしエルフ 著アルレイン・バーンサイド】
優れた魔法使いであったが、ヒューマンの物量には勝てなかった。
ヒューマン側も、優れた魔法使いであるエルフに敬意を持つものもいた。
両者の間を最多のは、嫉妬の感情である。ともに、フィル=アッハを信じていたにもかかわらず。
優れた容姿と魔法の才能をもつエルフは、持たざる者のヒューマンに嫉妬されたのだ。
些細な行き違いから、再び全面戦争へと発展し、エルフは帝国に膝を屈した。森に逃げ込んだものもいたが、少なくない者が捉えられ、奴隷に落とされた。
この苦難の日々は、首都の名にちなんでベルカ捕囚と名付けられた。
勇者の解放戦争を契機にして、エルフは大規模な反乱を起こす。
反乱はうまくいき、エルフはかつての領土を取り戻した。
しかしながら、魔法に絶対の自信をもつエルフにとって、血統魔法を使えない精霊使いは度し難い存在だったのだ。
セフィラ共和国の建国までは、勇者とは協力関係にあったが、次第に反目しあうようになり、袂を分かつこととなる。
今日まで続く精霊国と共和国の緊張状態の所以であった。
【 誰でもわかる精霊魔法 著アウレリア精霊学校教育出版部 】
光属性の精霊は、アウラです。
黄金に輝くボブカットに水色の瞳をし、純白の羽を生やした女性の姿をしています。
アウラは、知の象徴であり、考える力を与えます。また、幻影と結界も使うことができます。
契約すると「頭がよくなる」といってあこがれる人も多いですが、契約の難しい精霊としても有名です。
善良で抜きんでて知性溢れる人物でなければならず、猛勉強が必要です。
契約後も絶えず知性を磨かねばならず、厳しい覚悟がなければなりません。
主要な魔法を記します。
・マルチタスク
多重並列思考を可能にします
・エリアガード
結界を張ります
・イリュージョン
幻影を発生させます。
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