第6話 流通革命を起こそう(精霊歴8年)


 食糧生産は順調。健康状態もよし。魔物対策もばっちり。

 開拓村は劇的に発展した――精霊魔法によって。

 精霊=俺なので、事実上俺が裏から操っている。楽しい。

 

 精霊使いにもわざとランクをつけた。ランクが上がるごとに精霊魔法の威力やレパートリーが増大する――という設定だ。

 住人たちも気づき始めているようで、ランクに名称をつけて知識を普及させようとしているようだ。


 精霊の基本的な設定は、善意と自然を好み、信仰を糧とする。つまり、善行を積み、自然を愛し、信心深ければ強い精霊使いになれるのだ。なんという都合のよい設定だろう。

 おかげで、精霊の里の治安はすこぶるいい。皆善行を積もうと必死なのだ。

 

 神として信仰が必要な点は事実だが、善意や自然を好むのは完全な後付け設定だ。善人なのかは俺が主観的に判断するし、自然を好む云々は、環境破壊を未然に防ぐための布石にすぎない。

 誰と契約するか、それを破棄するかの主導権はこちらにあるため、うまくコントロールするつもりだ。


 人口も増えてきたし、そろそろ商業活動の活発化が必要だな。

 貿易のために、遠くと連絡をとりあったり、転移したり、空を飛んだり。

 そんな便利魔法を解禁しよう。


 風の精霊シルフちゃんの出番です! 

 

 ……まあ、俺なんだけれど。レースに変な目で見られてちょっと悲しい。

 



【 精霊歴8年 】 


「おい、セリア。これ荷車に積んでけ」

「……はい」


 グレゴリーは行商人である。細身だが引き締まった身体をした若い青年で、黒耳としっぽが特徴的だ。

 犬の獣人である彼は、旧帝国における最下層民だった。

 両親は奴隷主に酷使され既に死別している。自分もいつかああなるのか、と絶望する日々。

 そんなあるとき、彼に、いや獣人を含めた奴隷全員に転機が訪れた。

 

 勇者の反乱である。

 

 反乱は瞬く間に帝国全土へと波及し、ついにアストラハン統一帝国は倒れた。10歳手前の少年だった彼も当然のように戦いに加わり、いくばくかの戦果をあげた。帝国が倒れたことできっと平和が訪れる――誰もがそう考えていた。


 しかし、その希望は裏切られる。


 旧帝国の置き土産はあまりにも悪辣すぎた。種族間紛争である。ヒューマンを頂点とした歪な政治体制、魔法使い至上主義による弾圧といった爆弾は、皮肉にも旧帝国の崩壊によって爆発したのだ。

 それでも自分は幸運だった、とグレゴリーは思う。いくつもの戦場をこえた彼は腕っぷしには自信があったし、子供だった彼はいろいろな人間に可愛がられた。

 そんないくつかの伝手をたどって始めたのが行商である。


 当然最初はうまくいかず、損ばかりしていた。が、彼の誠実な人柄は徐々に固定客をうんでいき、いまでは一端の商人を名乗っている―――のではない。

 

 残念ながら彼に商才はなかった。食うに困った彼は詐欺まがいの商売で日銭を稼いでいた。そんな彼に二度目の転機が訪れた。道端で行き倒れていた少女を拾ったのである。

 汚れていたが手入れされた痕跡のある髪と綺麗な手をみれば、上流階級であることはわかる。

 ひょっとすると、旧帝国の貴族なのかもしれない。見捨てなかったのはなぜだろうか。少女の瞳に映る絶望の色が、かつて少年だった自分を思い起こさせたからか。


「精霊の里をどう思う?」

「……みんな笑顔でした」

「そうだな。そうだよなあ」


 俺としてはお前の笑顔を見たいもんだ、と内心独り言ちる。

 

 詐欺まがいの商売をした悪名は広がっていき、新天地を求めて東方フロンティアまで流れてきていた。少女はセリアと名乗ったが、詳しい生い立ちは言わなかったし、彼も無理に聞こうとは思わない。

 連れ添ってからもう1年ほど経つが、少しずつこちらに心を開いていく様が微笑ましく、彼なりに満足していた。

 

 それにメリットはある。少女を連れていると、相手の警戒心が緩むのだ。詐欺を働く自分をみて何かいいたそうな顔をするものの、少女は黙って自分に従っていた。

 まあ、こんな日々も悪くない。そう思っていた。


「……グレゴリーさん!」


 だからだろうか、精霊の里からの帰り道で、少女を庇って崖から落ちてしまったのは。大雨の中で無理しすぎたせいなのか。いや、詐欺を働いてきた報いなのかもしれない。崖は幸い高くない。セリアなら自力で戻れるだろう。


「お、俺はもう手遅れだ。喜べ、商売道具は譲って、やる。夢が、かなったな」


 無理をしてにやと笑って見せる。土砂降りの雨の中、セリアの泣き顔をみながら、彼女に看取られるならこんな最期も悪くない。

 そう思って目を閉じた。


 意識が浮かぶ。身体が暖かい。徐々に力がめぐってくる。

 これは、一体? と目を開けると、息も絶え絶えなセリアの姿があった。

 この感覚は、彼女が治療してくれたらしい。


「お前、魔法がつかえたのか!?」


 気だるいからだを起こすと、セリアに向かって文句をいう。しかし仕方がないのかもしれない。支配者から転げ落ちた魔法使いの肩身は狭いのだから。とはいえ、助かったのだからと礼を言おうとして気づく。


 セリアの顔色が尋常ではないほど青い。


 聞いたことがある。魔法を使いすぎると命を落とすことがある、と。瀕死の重症だった自分を治癒させるために命を張ったとでもいうのか。グレゴリーの無事を確認するとセリアは倒れた。あわてて駆け寄る。


「グレ……さん、いま、で……あり、がと…………」

「おいセリアッ! 返事しろ! おい!」

「……」


 か細い声でつぶやくと、かすかに微笑み、セリアは目を閉じ動かなくなった。顔は死人のように青く、息も徐々に薄れていく。胸が痛い。なんだこの胸の痛みは……彼は気づいた。

 

「……ッ! 誰でもいいから! なんでもするから! なんなら俺の命だってくれてやっていい! どうか、どうかこの娘の命だけは助けてやってくださいッ……!! うあああああぁあああああああああああ!!」


 少女を胸にかき抱くと、彼は子供のように泣き叫んだ。母が死んだ時でさえ、歯を食いしばって耐えた。

 奴隷といわれ鞭にたたかれても、戦場で敵を殺したときも、初めての商売でだまされた時も、どんなときも彼は耐えてきた。

 どんなときでも彼は耐え忍ぶ自信があった。けれども、それは無意味だった。

 守るべきものを失う気持ちが初めて分かった。泣きながら助けてくれと繰り返す。


 と、そのとき、泣き叫ぶ彼が光に包まれる。


 これは、と驚くが、続いて精霊と契約したことを知る。契約すると精霊魔法の使い方がわかるようになると聞いていた。たしかに、いまなら精霊魔法を使えるとなぜか確信できる。水魔法ならセリアを助けられるはずだ。と希望を抱くも落胆する。


 彼が契約したのは風の精霊シルフだったからだ。聞いたことのない新しい精霊である。だが、今の彼には関係ない。いかにセリアを助けるべきかと冷えてきた頭で考えて――――気づく。


 この風魔法なら!


「セリア、もう少しだけがんばれよ! ――――<テレポート>!」


 この日新しい精霊の登場に里はよろこびに沸いた。その中心には困惑気味の獣人の青年と、彼に寄り添う笑顔を浮かべた少女の姿があった。




【 偉人シリーズ⑦ 獣人の大商人グレゴリー・ホープウッド 著 リカルド・エンタール 】


 グレゴリーは、記録に残る限り最初の風精霊シルフとの契約者である。

 

 旧帝国民の彼は、獣人の奴隷だった。解放戦争に従事したという。彼は、姓を持っておらず精霊の里に来てから、ホープウッドを名乗るようになった。その意味は、希望の大樹である。その名のとおり、彼は物流が滞りがちな森林地帯を中心に商売をした。

 

 シルフとの契約者である彼は、他の商会から引く手あまただったが、すべてを断り行商をつづけた。利幅の薄い同地で活動する彼をほかの商人は気にもとめていなかったが、彼は信用という目に見えない財産を築いていった。


 やがて、彼に感銘を受けた人間たちが弟子入りしていき、商会の規模は大きくなっていく。

 特に妻のセリアンティーヌの内助の功を忘れてはならない。商人としての才能は、彼女にこそあった。

 誠実な商売をしようとするグレゴリーと、商会としての利益をあげようとするセリアンティーヌは、車の両輪として商会の原動力となる。


 ついには、彼は精霊国にその功績が認められ精霊指定都市の造成という一大事業に携わった。ホープウッドの名のとおり、あえて森林に建てられた風の都市シルフィスタリア。

 当初は立地の悪さから反対するものも多かったが、風精霊魔法による物流と人の往来の中心地として発展していく。


 なぜなら、自然に満ちた同地は、目論見通り風精霊の力に満ちており、極めて風の精霊魔法の行使が容易だったからだ。たとえば、一般的な中級精霊使いの<テレポート>の距離は倍に伸び、詠唱待機時間も大幅に縮んだ。

 その功績をたたえ、都市中心部にはグレゴリーの像が建っている。また、女商人の間では、セリアンティーヌを信奉する者が多いことも付記しておく。



【 精霊の里黎明期における経済発展の根幹 著アルバ・シュミット】


 精霊国は建国以来急成長を遂げていることは周知の事実である。その端緒に風精霊の登場があった。現代まで続くホープウッド商会の伝説的な初代会頭グレゴリー・ホープウッドが初の契約者だった。

 転移魔法は当時は僻地であった精霊の里の物流を改善し活発な取引が行われるようになった。

 交易品により里は急速に豊かになる。

 

 また、転移魔法による人の往来も徐々に増えていく。精霊使いの数が限られていたため、当初は物流に傾注されたが、余裕がでてくると人の輸送も行うようになる。

 血統魔法よりもはるかに使い勝手がよい精霊魔法は、大陸中にその有用性を知らしめるとととなった。

 風精霊魔法による商業活動は、里の経済成長の原動力となると同時に、精霊の存在を世界に強く印象付けることに成功したのである。



【 風魔法は最強である  著セルゲイ・フィル・アントノーフ 】


 風の精霊魔法は、情報通信、物流のインフラとして、社会に欠かせない存在である。

 戦闘魔法のバリエーションこそ少ないものの、初級魔法のコンタクトは離れた人間との通信を可能にした。

 従来の血統魔法では魔法使い同士でしか連絡できず、範囲も狭かった。他にも、フライで空を飛べ、テレポートで転移できる。何かと便利な精霊魔法だ。


 通信革命、流通革命を起こした風魔法は、実は当初あまり重視されなかった。精霊の隠れ里の規模は小さく、離れた地点との通信も必要なかったからである。

 

 しかし、目ざとい商人は、その有用性を見抜いた。交易を通じて、新しい通信網、物流網を構築したのだ。さらに言えば、社会的な信用が高い精霊使いは、商売上有利である。

 今日まで商人が風精霊を大切にする背景には、社会インフラを担っているという自負が存在する。


 いい商人は風を操る。という格言もそれを示している。


 風の精霊指定都市シルフィスタリアは、大陸随一の商都だというのも頷けよう。かの都市は、大陸中のあらゆる人、物、情報が集まる巨大都市である。大森林の中に存在するという不利な立地でありながらも、転移魔法で他都市との活発な行き来が行われている。

 シルフィスタリアに店をもつことは、商人たちの憧れであり、毎年夢を片手に訪れる若者で溢れている。

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