第5話 英雄の誕生(精霊歴7年)
疫病は収束したか。開拓村――いや、精霊の里は、被害ゼロ、素晴らしい。
そのせいか、精霊信仰がかなり高まった。無事に、聖女も作れたしな。彼女の信仰心は非常に強く、こちらも楽に奇跡を起こせる。勇者とともに逸材だ。
帝国から難民が流れてきたからか、急速に発展してきた。箱庭内政をしているようで、見ていてとても楽しい。隣でレースがニコニコしている。
「ねえねえヤト、次は何するの?」
次は、軍事力かな。国家の最大の使命は、国民の生命と財産を守ることである。
小さな政府を主張する人間でさえ、軍事力の必要性は認識している。外敵から身を守るのも必要だし、国内の治安維持だって大切だ。勇者たちには、いずれ国を作ってもらう予定だ。『神にとって都合のいい』という形容詞がつくが。
内乱真っただ中の帝国は必ず攻めてくるだろうし、魔物の襲撃も頻発するはずだ。難民によって、治安も悪化気味だ。戦力の増強は急務である。
最初期に精霊と契約させた何人かは、英雄として活躍している。才能もあるが、始まりの精霊使いとしての自負が大きい理由だろう。せっかくだから、彼らをさらに強化して、その地位を不動のものにしてもらおう。
善良で信心深い人材は貴重だからな。質の問題はこれでいい。あとは、数の方も増やしてしまおう。
「また英雄を造るのね。楽しみだわ」
◆
【精霊歴7年】
「――――声をもっと上げろ! そこっ! 手を休めるなッ!」
訓練場に怒号が響き渡る。ここは、かつての忘れられた土地。今は緑あふれる土地へと変貌していた。
そして、小さいながら城壁まである。この地はいつしか精霊の里と呼ばれるようになっていた。
人口が増えたことで生産力は上がったが、問題もある。土精霊使いのフル操業によってなんとか食料問題は解決している。住居の建築も、土精霊魔法のゴーレムがやってくれた。水精霊がいるから、衛生状態も極めてよく、生活水にも困らない。
だが、魔物討伐と治安の維持が問題だった。単純に人手が足りないのだ。
「訓練終わり! 各自体を休めるように!」
教導官の指示によって、地獄のような特訓が終わった。年のころは20過ぎ、整った顔、短く刈り込んだシアンブルーの髪にサファイヤの瞳の優男だった。
デュラン団長は今日も容赦ねえな、デュラン様は今日も素敵だわ、などとあちこちでささやき合う声が聞こえる。
彼――――エディン・フィル・デュランは、この精霊の隠れ里の自警団を率いていた。自警団といっても、治安維持から魔物討伐まで行う軍隊といってもいいかもしれない。
「よっ、訓練は順調か?」
「これは、勇者様」
「おいおい、俺とエディンの仲だろう。もっと砕けていいんだぜ」
「けじめですから」
相変わらずお堅いな、と勇者タロウは朗らかに笑った。
自警団は小規模とはいえ軍隊だ。その軍事部門のトップを務めているエディンは、タロウとエリーからそれだけ信頼されていた。
エディン・フィル・デュランは、名前からわかるとおり、元貴族である。エリーとタロウを信奉しており、忠誠心溢れる人間だ。
元近衛騎士でもありエリーの性格が変わる前も後も、変わらずエリーに忠誠を誓っていた。
義理人情に篤く、積極的にタロウたちに味方をしてくれた。彼が味方してくれたからこそ、少数とはいえ騎士や兵士たちが、一緒についてきてくれたのだ。少々融通が利かないところが欠点だが、腕もたち謹厳実直で誰からも頼りにされている。
鬼のような特訓を課しても、自警団員たちが彼を慕っている事実がその証左といえよう。
「姫様はご自宅ですか」
「ああ、娘と一緒だ。かわいくて仕方ないみたいでな。まあ、俺も時間の許す限りずっと一緒にいたいけどさ」
「それはようございました」
「エディンは、結婚とかしないのか? お前ならよりどりみどりだろうに」
「いまは自警団の仕事で一杯でして」
照れたように笑う。その後、いくつか事務的な会話を交わしながら談笑した。自警団は、帝国から付いてきてくれた騎士と兵士が中核となっている。
里の規模が小さかったころは、問題なかったが、大きくなったことで、手が回らなくなってきた。
人が多く集まるようになったらか、魔物の襲撃回数も増えている。勇者という切り札こそあるものの、限界はあった。
わざわざ深夜の見回りをしながら、当直の団員たちに声をかけていく。何か困ったことはないかと一人一人真摯に尋ねてくる。
そんなエディンだからこそ、団員たちも彼を信頼するのだ。 彼の目下の心配事は、精霊使いだった。彼自身火の精霊サラマンダーと最初に契約した人間である。
精霊魔法の強さと有用性は誰よりも理解しており、欠点にも気が付いていた。
いまも暗い夜道を<ファイアランプ>の魔法で照らしている。戦闘においても、身体能力をあげ、強力な攻撃魔法を扱える。見回りはつつがなく終わった。今夜は何事もないようだ。
「団長、難しい顔してどうしたんですか?」
部下の言葉には、ハッとする。どうやら深く考え込んでいたらしい。今日は新しい精霊使いの訓練を視察にきたのだった。
精霊魔法は本当に強力だ。訓練を見て改めて思う。伝統的な血統に依存する魔法――血統魔法――は、もってうまれた才能に大きく依存する。また、魔法を扱えることで増長する人間も多い。
翻って精霊魔法は誰にでもチャンスがあるし、増長するような人間からは精霊は離れて行ってしまう。よくできている。そのように彼は思う。よくできすぎていて作為的とすら感じる。彼はもはやフィル=アッハ教を信じてはいないが、魔王を寄越したという創造神の加護なのかもしれない。とひそかに思っていた。
「お前らは、精霊魔法の欠点はなんだと思う」
「へ? 欠点ですか? ……やっぱり、呪文の詠唱が必要なところですかね」
「私は善人しか使えない点だと思うわ。だって窮屈だもの」
「異なる属性が使えなくなるというのも問題だと思います」
「血統魔法が一切使えなくなるのも辛いわよねえ。両方使えれば便利なのに」
「魔力消費型の魔道具が利用できなくなるのも痛い」
新人たちに問いかけるといろいろと答えが返ってきた。よし、とうなずく。精霊魔法の利点と欠点をよく見極めている。よい新人たちだ。 精霊使いは強力な駒だが、まだまだ運用は試験段階だった。
今日は連携を確認するように、と声をかけようとしたところで、血相を変えた団員が駆け込んできた。
「緊急連絡です! オークの大群がこちらに向かって接近中! 斥候によるとオークキングを確認したとのことです!」
ざわめきが広がった。オークキングといえばBランクの上位にあたる魔物である。
また、オーク自体も侮ることはできない。数を頼みに攻め込まれると小規模な都市でさえ落とされることもある。新人たちは不安を隠せないようだったが、エディンたち古参組は平然としていた。
訓練を積んだ精霊使いならCランク相当の強さであるし、エディンやタロウならBランクであろうと戦える。
そう思ってのことだったが、続く伝令によって戦慄が走った。
「斥候より報告! オークの数は不明! 少なくともせ、千を超えるとのことです!」
これは、厳しい戦になるやもしれん。内心独り言ちながらエディンは部下に指示を飛ばし始めた。
「こいつぁ、すげえ、壮観な眺めだな」
「より取り見取り、入れ食いだ」
ははは、と笑い合う古参兵たち。実は彼らも内心では慄然としていた。
城壁から外に見えるオークの群れ、群れ、群れ。血統魔法使いが飛行魔法によって偵察した結果、およそ3000匹いることがわかった。
普通、オークキングが率いる群れの数は500匹ほど。これだけの群れはありえない。ここから導き出される結論は―――――
「オークエンペラーか」
「伝説には聞いたことがあります。半信半疑でしたが、目の前の光景をみれば得心できます」
「なあ、本当にいいのか?」
「勇者様は姫様をお守りください。オークエンペラーは私が必ずや討ち取って見せますので」
少数精鋭による奇襲攻撃によって、頭を撃破する。劣勢側が勝つための常とう手段だが、それだけにリスクも大きい。
一歩間違えば、奇襲部隊は敵中で孤立し、全滅の憂き目にあう。
この献策は、エディンによるものであり、部隊長に志願したのもエディンだった。問題は隊員に誰を選ぶのかだったが、杞憂に終わった。
「どいつもこいつも、死にたがりめ。訓練とはわけが違うのだぞッ!」
「団長だけにいいとことられちゃだめですぜ」
「水臭いこと言わんでください団長。糞な貴族の命令で死にに行くんじゃねえ。くだらない権力争いでも略奪にいくんでもねえ。俺たちの故郷を守るんだ! 俺は嬉しいんです。今度こそ騎士の誇りにかけて戦えるんだ! なあ、みんな?」
応っ! と威勢のいい響きが返される。
元騎士も、農民も、奴隷であっても、精霊使いも魔法使いも、獣人やエルフ、ドワーフまで。出自も種族もバラバラな彼らだったが、自分たちが作り上げた故郷を守りたい一心は誰にも負けなかった心を一つに。この困難を超えれば里は飛躍できる。激戦を超えれば、軍事力の不足も解消されるだろう。
夜半に出撃していく彼らを見送りながら、里の防衛を任されたタロウは無事を願うのだった。
――――この日多くの新たな英雄が誕生した。
◆
【 鬼神エディン・フィル・デュランの生涯 著ネーレース・シャルノフ 】
英雄デュランとオークエンペラーの戦いは一昼夜続いた。オークエンペラーの膂力はすさまじく、デュランでさえ防戦一方だったという。それでも彼は、里を守るため戦い続けた。
奇襲部隊は精鋭であったが、数が違いすぎた。オークエンペラーに加勢しようとするオークたちに、させまいとする団員たち。
徐々に天秤はオーク側に傾いていくかに見えた。しかし、奇跡が起こる。精霊の力が増し、全員が加護を得たのだ。
団員たちは中級~上級クラスの力を、デュランに至っては特級クラスの精霊使いへと急成長する。
勢いを盛り返した奇襲部隊は、死闘の末オークエンペラーの討伐に成功した。里で防衛指揮をとっていた勇者タロウは、一気に打って出てオークの軍団を殲滅したのだった。
この戦いを称えて、デュランは最初の紅蓮騎士の称号を得るが、「鬼神」の通称のほうが今では一般的である。
彼以外の勇士たちも精霊騎士の称号を得た。この戦いを称えた記念碑が、いまもエレメンタリアに存在している。
(中略)
オークエンペラーを倒した副次的効果として、精霊の里の武威を示したことがある。発展を続ける里に脅威を覚えた帝国上層部は、内乱中にもかかわらず、遠征軍を組織していた。
しかしながら、オークエンペラー討伐の報を受け頓挫したと記録されている。万一、この時期に帝国からの侵略があった場合、里は大打撃を受けたであろう。
帝国と矛を交えるのは建国後であり、その頃には軍備も整っていた。
オークエンペラーの侵攻が逆に里を守ることにつながったのは歴史の皮肉である。
【 精霊騎士団の成り立ち 著ササン・ルシャルペ 】
精霊騎士は、契約している精霊に応じて異なる称号が与えられる。
土属性の鉄血騎士
火属性の紅蓮騎士
水属性の流水騎士
風属性の疾風騎士
光属性の極光騎士
闇属性の暗黒騎士
無属性の始原騎士
一般騎士は白色騎士と呼ばれ精霊騎士とは区別されるが、特に地位の優劣はない。
難関試験を突破した中級以上の精霊使いが、精霊騎士の資格を与えられる。
精霊騎士は、軍属の精霊使いを確保するために考えられた制度である。
精霊使いが社会に浸透することで、生活魔法のみで暮らす精霊使いが多くなる。
その結果、軍事力が低下するのではないか、と懸念されていた。
(中略)
当初は名誉称号でしかなかった、精霊騎士の地位は、軍事力の確保のために利用されるようになったのである。
初代精霊騎士団長がエディン・フィル・デュランであることから、高位軍人の登竜門として位置づけられた。
精霊騎士には著名な人物が多い。たとえば――――
【 魔物大図鑑 第1巻 著冒険者ギルド魔物情報編集委員会 】
・オーク Dランクモンスター
森林、草原、荒野、山地と生息場所を選ばず繁殖力も旺盛な厄介な魔物である。
つぶれた豚の顔は醜悪で、二本の牙が特徴。
雑食で人間も食べるが、繁殖用に拉致することもある危険な生物である。
みかけたらすぐさま討伐することが推奨される。
単独でオークに勝てれば一人前の冒険者といえよう。
・オークキング Bランクモンスター
オークを率いる群れのボス。500匹程度のオークを束ねる上位種。
統率の取れた魔物は驚異的であり、オークごときと侮った小規模都市が蹂躙された過去もあった。
きわめて危険度の高い魔物であり、みかけたら即討伐隊が組まれる。
オークキングそれじたいもBランクモンスター上位の戦闘能力をもつ。
たかがオークと油断すれば死につながるだろう。
・オークエンペラー Aランクモンスター
かつてオークの大帝国を築いたという伝説の魔物。
第二文明崩壊後の暗黒期に誕生したという伝承が残っているのみであった。
しかし、精霊歴7年に精霊の里を突如襲撃し、鬼神デュランによって討伐された記録が残っている。
数千にも及ぶオークを率い、単騎でデュランと死闘を繰り広げたという。
非常に危険な魔物であり、最高位冒険者による討伐隊が必要になるだろう。
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