第4話 喜劇の聖女、悲劇の医聖(精霊歴6年)
白死病と名付けられた伝染病は、瞬く間に大陸を座巻した。碌な医療技術のないリ=アースは防ぐ手立てがなくバタバタと人が死んでいった――勇者の里を除いて。
「いやあ、順調順調」
「精霊への信仰がすごいことになってるわ。すごく信仰パワーが流れ込んできているもの!」
「人間ってのは現金だから、命が助かると聞けば、教会に逆らってでも精霊にすがるのものさ」
「ふーん」
生まれてからずっと神様をやっていたレースにはいまいちピンとこないようだ。けれども、無欲が信仰のすべてではない。
むしろ、現世において利益があるからこそ、人は神にすがるのだ。
地獄へ落ちたくない、病気を治してほしい。願い事があるから神に祈るのである。
「だからこそ、分かりやすい形で利益を示せる精霊は、非常によい信仰対象たりうるのさ」
勇者の妻――エリザベートだったか――が水の精霊使いとして大活躍している。
まさに聖女に相応しい仕事ぶりだ。作戦大成功!
「ヤト、そろそろあの子一人じゃ限界じゃない?」
「そうだね。信仰の対象を絞るために、あえて聖女一人しか契約していなかったけれど、そろそろ水精霊使いを増やすか」
もっともっと、精霊に依存した社会を作って見せるぞ!
◆
【精霊歴6年】
「お母さん、もう少しの辛抱だからね」
私は東方フロンティアへと向かっている。元は帝都に住んでいる平民だったが、戦火で荒れ、さらに謎の奇病が流行ったことで帝都を離れる決意をした。運悪く母が罹患したが、治癒魔法の代金を払えるだけの余裕はない。
東方フロンティアでは精霊が治癒してくれるという噂に一縷の望むをかけて、向かっていた。
「パミラ、ごめんね」
「気にしないで、お母さん」
弱弱しくを私の名前――私はパミラという名前の15歳の女の子だ――を呼んで気遣う母を見て、胸が締め付けられる思いだ。
女手一つで私を育ててくれた母をなんとしても救って見せる。運がいいことに、流行病から逃げるために勇者の里へと向かうキャラバンに同行することができた。
同じく流行病の人たちがたくさんいて、励ましあいながら道を進む。魔物の襲撃が一番の問題だったけれど、護衛の冒険者と少数の精霊使いによって守られていた。
私は、精霊使いを初めてみたが火や土で魔物を攻撃する姿に圧倒された。彼らは迫害を逃れるために同行しているそうだ。
確かに、魔法至上主義の帝国では精霊使いなど認められないだろうね。
「見えてきたぞ!」
おおおおお! にわかにキャラバンが活気づいた。遠くに思っていたよりもずっと大きな村が見える。
周囲を柵や壁で覆っており、小規模な都市といっても通用しそう。
勇者の村からはあっさりと歓迎を受けた。病人を多数連れてきたにもかかわらず、笑って受け入れてくれた。
さっそく患者は立派な病棟へと連れていかれ治療を始める。そして、無事母さんも治った。
精霊魔法ってすごい!
「お母さん、もう大丈夫?」
「ありがとう、パミラ。なんだか前よりも元気みたい」
「流行病以外にも身体に悪いところがありましたから、まとめて治療させていただきました」
「そうなんですか? 通りで調子がいいと思いました。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
お礼を言うと照れたように笑うこの女性こそ、元王女エリザベート様その人だった。帝都ではあまりいい噂を聞かなかったけど、噂を信じてはいけないね。無償でお母さんを治療してくれた。けれども、だいぶお疲れのよう。
水の精霊魔法使いはまだエリザベート様お一人で、大きな負担になっていた。
傍仕えのセバスチャン様からしきりに心配されているのに、一人でも多くの人を救いたいと笑顔を浮かべて治療をしていく。
「……聖女様だ」
エリザベート様は本物の聖女様だと思う。私も何かできないかと無理を言って、エリザベート様のお手伝いをさせてもらっていた。他の皆も同じみたいで、聖女様のために喜んで仕事を手伝っていた。
男連中は聖女様に夢中だが、本人は勇者様にぞっこん。勇者様は一見普通の外見だったけれど、とても素朴で優しい人だった。勇者と聖女、お似合いだと思う。しばらくして流行病は終息した。今は、お母さんは元気に働いている。
「――――<ヒール>」
「パミラちゃん、ありがとうね」
「おばあちゃん、無理しないでね」
「いやあ、無理してもウンディーネ様が治して下さるからね。ついついはりきちゃっうんだよ」
そして――なんと私は精霊使いになった!
しかも、エリザベード様と同じ水の精霊ウンディーネ!
いっしょに病院で働くことができて、ああ、私は幸せだ。水の精霊魔法は本当にすごい。
いま私が治療したおばあちゃんはもう80歳を越えているのにピンピンしている。ここに来てから長年の腰痛や身体の悪いところがなくなって、いまだに農作業をしてるんだよ。
帝都から逃げてきてよかった。暖かい食事と優しい人々。
私はここを守りたい。きっと欲深い帝国貴族は食指を伸ばしてくるだろう。そのときのために、戦闘訓練をしている。他の人達と一緒に、自警団のデュラン団長に頼みに行った。訓練は大変だけれど毎日が楽しい。
「でも、精霊使いだけじゃ数が足りない。エリー様もデュラン団長も大変そう。何とかしないと……」
さあ、今日も頑張るか!
◆
【偉人シリーズ④:エリー・スズキ 著アリオス・バルテルミ】
……白死病の治癒に世界で初めて成功したのである。
しかしながら、その後の帝国からの難民の受け入れは、勇者の回顧録の中で、苦渋の決断であったと記されている。
精霊歴5年。数百人規模の開拓村に数千人の帝国難民が押し寄せてきたのである。
対して、水の精霊使いはエリーひとりだった。
エリーの希望により、たったひとりで治療を続けた。が、彼女の英断こそが、難民たちの心を掴んだのである。
彼らは、帝国で裏切り者呼ばわりされていた元王女の献身的な姿に胸を打たれた。
衣食住に恵まれ、勇者と聖女たちの献身をみた人々は、それまでの偏見を捨て、種族の垣根を超えた連帯をみせるようになったのである。ここに精霊の里が立つ条件が整ったといったよい。
エリーに続く水の精霊使いは、医療集団として精霊国の礎を築いた。
なお、その中には、悪名高いパミラ・シルバーマンがいたことを記しておく。
【医聖パミラ・シルバーマン ~栄光と堕落~ 著アリオス・バルテルミ】
勇者が率いる一団が開拓を始めた当初、数々の危機が襲った。食料不足、魔物の襲撃、白死病、オークのスタンピート。
このうち、白死病を水の精霊が治療し、大陸全土の民草の希望となったことは誰もが知る事実である。
そして、聖女エリーの献身が多くの人命を救った奇跡は、精霊国において有名な話であろう(たとえば、拙著『偉人シリーズ4巻』を参照されたい)。
このとき生まれた水の精霊使いの一人が、パミラ・シルバーマンである。
パミラの功績は、聖女の片腕として医療現場で辣腕を振るったこと以上に、その研究である。
白死病の原因がねずみであることを解明したのはパミラだ。彼女の研究テーマは、精霊使いに頼らない医療技術だった。
科学文明、神聖文明、魔法文明に至るまでの医療技術を収集し、精霊国に役立てようとしたのである。
しかし、この動きは異端とされ、排斥されることはなかったものの孤立した。
事実、水精霊魔法で対処できているのだから、需要がない。精霊国民を苦しめた他文明の遺産を利用することへ忌避感もあった。
「精霊に依存しない社会を作ってみせる」
これがパミラの口癖だった。彼女は、社会の精霊への依存が高すぎることへの疑問をもっていた。
現代まで続く精霊主義と人間主義の論争は、パミラの時代に始まったのである。
なぜこのような考えに至ったのか。そもそも彼女の生い立ちは……
(中略)
医療技術の発展に寄与した数々の――彼女曰く合意の上での人道的な――人体実験が明るみにでたのである。
こうして異端審問によりパミラは罪を認めた。彼女には弁明のしようがなかった。
――――精霊に見放されてしまったのだから。
精霊使いにとって ”精霊に契約を破棄された” ことは、致命的である。自らの悪事を暴露したことに他ならない。
『
これが医聖と呼ばれたパミラの最期の言葉だった。
ただし、調書をとった闇の精霊使いによれば、彼女に悪意がなかったのは本当のようだ。たとえ善意であっても、悪行を重ねれば、精霊から見放される、という今日の教訓になっている。
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